ジュリアスさん対ナタリアさん
ロジュさんとシリル様の試合が終わり、ジュリアスさんとナタリアさんの出番となった。
ナタリアさんが魔法の箒に跨って、ふわりと広場までやってくる。
少し遅れてジュリアスさんが、悠然と歩いてナタリアさんの前へと対峙した。
『第二試合、二回戦目は、世界最強の錬金術師にして魔導士、その上美しさも世界最強、そしてなんと、王都の人間ならみんな知っている街の人気者、美少女錬金術師クロエ・セイグリットの錬金術師の師匠でもある、ナタリア・バートリー!』
ナタリアさんがくるりと箒で空を円を描くようにして飛んだ。
先程のナタリアさんの戦いぶりを見ているからだろう、観客の皆さんが、拍手と口笛と歓声をナタリアさんに送った。
『そして、対戦相手はなんと、ナタリアさんの弟子であるクロエ・セイグリットの最愛の恋人である、ジュリアス・クラフト! まさに、娘さんをくださいと言わんばかりの対戦カード! 果たしてジュリアスはナタリアさんからクロエさんとの結婚の許可を得られるのでしょうか……!』
その紹介は、どうなの。
凄く恥ずかしいし、何一つあっていないし。
会場の皆さんから「ジュリアスさん、頑張れ!」「クロエちゃんを嫁に貰うために勝つんだ!」などといった冷やかしの声があがる。
ジュリアスさんはムジークさんの口上については何も気にしていないように、腰に下げている無窮のオリハルコンの剣を抜くと、ナタリアさんに向けた。
「……ムジークさん、一体何を言ってるんですか……」
ジュリアスさんはこれっぽっちも動揺していないけれど、私はいたたまれない気持ちになって、両手で顔を隠した。
ロキシーさんがくすくす笑っている。
「これでジュリアスさんが勝ったら、師匠公認ってことで、もう結婚するしかないわね」
「うう……」
そもそもジュリアスさんからプロポーズなんてされたことがないし。
何となく恋人みたいな雰囲気になることはあるけれど、好きとか、愛しているとかは言われたことがないし。
いえ、そんなことを言うジュリアスさんは、最早ジュリアスさんじゃない別の何かなので、言わなくて良いのだけれど。
困る私に「まぁ、クロエちゃんたちはもう、結婚しているようなものだけどね」と、ロキシーさんが優しく微笑みながら言った。
「結婚はしていませんけれど……」
「したい?」
「ううん……まだ、それどころじゃないっていうか……」
ロキシーさんに尋ねられて、私はぼそぼそと答えた。
いつもはきはき元気よくを心掛けている私なのに、ものすごく歯切れの悪い返答になってしまった。
でも、仕方ないのよね。
ジュリアスさんと離れることなんて、考えていないけれど。
ディスティアナ皇国のことや、サマエルや、皇帝オズワルドや、亡くなったジュリアスさんのご両親のことを考えると、今はそれどこじゃないって、やっぱり思ってしまうものね。
「ジュリアス、魔法、少しは使えるようになったのよね? 私相手に手加減は不要よ。全力でかかってきなさい」
試合開始の合図と共に、ナタリアさんの声が高々と響いた。
いつもあんまりやる気のないナタリアさんが、すごくやる気を見せている。
ナタリアさんも賞金が欲しいのかしら。ジュリアスさんと一緒で。
「あぁ。さっさと終わらせてやる」
ジュリアスさんは踏み出した足で床を蹴って、ナタリアさんに向かって飛びあがった。
振り下ろした黒い剣を、ナタリアさんは箒で飛びのいて避ける。
「青き雷鳴よ獅子の咆哮の如く轟け、鳴神の槌!」
ジュリアスさんが呪文を詠唱するのを、私ははじめて聞いた。
アストリア王国の学園で習った雷魔法の詠唱と少し似ているけれど、でも、知らない魔法だった。
詠唱とともにジュリアスさんの魔力がひびが入った刻印から零れるようにして、周囲に溢れる。
それは――刻印にひびが入ったときに感じた、鳥肌が立つような強大な魔力だった。
私は思わず、自分の体を自分で抱きしめるようにして腕を掴んだ。
轟音とともに、ナタリアさんの頭上から何本もの青い雷が落ちて、広場の床をえぐり取る。
「凄いわね。半端に解かれた封印で、これほどの威力を出せるなんて。封印が解かれたら……それこそ、国を亡ぼす兵器のようなものだったのでしょうね、黒太子ジュリアス!」
雷の柱の合間をぬうようにしてナタリアさんが空高く舞い上がると、空腹飛蟲をいくつもジュリアスさんに向かってばらばらと落とした。
「その名は、過去の物だ」
ジュリアスさんを食べようと飛びかかってくる空腹飛蟲を、ジュリアスさんは軽々と切り落とした。
無数の空腹飛蟲が、ぼとぼとと床に落ちていく。
材料費、確かかなりしたと思うのだけれど、あんなに豪勢に使ってしまって大丈夫なのかしら、ナタリアさん。
ナタリアさんのことだから気にしてないのでしょうけれど。
「今は――俺の剣も、魔法も、クロエを守るためにある」
空腹飛蟲を全て切り落としたジュリアスさんは、ナタリアさんに向かって駆ける。
「それは、とっても頼もしいわね!」
「えぇ……っ」
今何か、すごいことを言われなかったかしら。
ジュリアスさんが絶対に言わなそうなことを、堂々と宣言されなかったかしら。
戦いを見ている緊張感とは別に、心臓の音がうるさく響いた。
どうしよう。戦いに、まるで集中できない。
顔に熱があつまって、急激に体が熱くなるのを感じた。
「私の弟子を預けるんだから、それぐらいの覚悟がなきゃね」
ナタリアさんはそう嬉しそうに言うと、無詠唱で魔法を構築した。
ジュリアスさんに向かって放たれた最上位の炎魔法を、ジュリアスさんは剣で切って散らした。
たぶん、ロジュさんと同じ。
魔力が戻ったから、自分の魔力を魔法にぶつけて相殺させることもできるのだろう。
そんなことができる知り合いはロジュさんぐらいだと思っていたのだけれど、ジュリアスさんも、軽々と同じとをしてみせた。
「っ、早い……!」
ナタリアさんが箒を翻して逃げる前に、ジュリアスさんは空中でくるりと宙返りして、ナタリアさんの背後へと移動する。
そのまま剣の柄で、ナタリアさんの首を、とん、と軽く叩いたように見えた。
ナタリアさんの体がずるりと箒の上で滑り、そのまま箒が蛇行しながら、ナタリアさんを乗せて床に落ちていく。
ジュリアスさんは床に降り立って剣をしまうと、落ちてくるナタリアさんを受け止めてからそっと床に降ろした。
ナタリアさんの横に、魔法の箒が力を失ったようにばたりと倒れる。
「……痛いじゃないの。美女を殴るとか、どうかしているわよ、ジュリアス」
床に仰向けで寝ころびながら、ナタリアさんはジュリアスさんに文句を言った。
良かった。大きな怪我はなさそうね。
試合とはいえ、ナタリアさんが、ジュリアスさんもだけれど、怪我をするところは見たくない。
「お前は、本気を出していなかったな」
「それはお互い様でしょ。こんな人の多いところで、本気でやりあえないわよ」
「そうだな」
ナタリアさんはよいしょと起き上がると、乱れた服をぱんぱんとはたいて直して、倒れている箒を手にした。
それからムジークさんに向かって手をひらひらと振ってみせる。
「私の負けね。これ以上戦うと、闘技場が倒壊してしまうから、終わりにするわ」
『それはありがたい! しかし、すさまじい戦いだった! しかしやはり、勝者はジュリアス・クラフト!』
ムジークさんの声が響き渡り、会場が拍手に包まれる。
――その時だった。
低く唸るような、「ギュイイ」という声が、遠くの空から聞こえた。




