ロジュさん対シリル様
闘技場の広場に倒れている出場者の方々を、医療班の人たちが担架に乗せて次々と場外へと運んでいく。
命に別状はないのだろうけれど、ぴくぴくと痙攣している方もいれば、白目になって泡を吹いている方なんかもいるので、なんというか、大惨事だった。
ナタリアさんの錬金物である蟲さんのお腹から救出された方々なんかは、半分ぐらいでろでろに溶けかけている。命は無事でも、多分、トラウマにはなるわよね。
だって巨大で真っ白な蟲だもの。
蚕にちょっと似ている。蚕は人間を食べないから可愛いけれど、ナタリアさんの巨大蟲は人間を食べるから可愛くない。
「ナタリアさんって、クロエちゃんの師匠なのよね?」
「そうですよ。師匠です」
「なんていうか、凄く強いのね。これ、ロジュさんとシリル君は、ちょっと厳しいんじゃないかしら。ジュリアスさんとナタリアさんの一騎打ちって感じがするけど」
ロキシーさんが手にしている薄切り肉サンドをもぐもぐ食べながら、戦士の力量を図る評論家みたいな口調で言った。
ロキシーさんは長年お店に集まる冒険者や、傭兵の方々を見ているので、そのあたりなんとなくわかるのだろう。
でも、ロジュさんたちも頑張っているのだし、もしかして、ということもあるし。
ジュリアスさんが負けるところは想像できないのだけれど。
私は「どうでしょうね……」と曖昧に言葉を濁してから、ロキシーさんに習って、もごもごと薄切り肉サンドを食べた。
試合が始まってしまったら軽食を食べている余裕なんて多分ないので、今がチャンスだ。
ジュリアスさんの試合の最中にもぐもぐしていたら、あとで何を言われるか分かったものじゃないし。
『お待たせしました! 二回戦第一試合は、並み居る剣闘士の猛者たちを薙ぎ倒し見事勝ち抜いた、傭兵団で最強と名高い鬼の団長、ロジュ・グレゴリオ!』
すっかり倒れていた選手の皆さんが片付いた広場に、ムジークさんの隣に設けられた控えの席からロジュさんが立ち上がって威風堂々とした佇まいでやってくる。
大剣を軽々と回して片手で掲げるようにすると、観客席から「ロジュさん~!」という黄色い声があがった。
「ロジュさん、モテるんですね」
「そうみたいよ。まぁ、若いし、独身だし、人当たりも良いものね」
「でも恋人いないんですよね。何故でしょうか」
「クロエちゃん……お姉さん、さすがにロジュさんがちょっと哀れになってきたわ」
ロキシーさんがくすんくすんと、泣き真似をした。
きっと何か、深い事情があるのかもしれないわね。ロジュさんに恋人がいないことに関して。
あんまり触れないでおきましょう。
そんなことを考えながら、ほぼ食べ終わりつつある薄切り肉サンドを頬張っていると、ロジュさんと目が合った。
「クロエちゃん、優勝するから見ていてくれ!」
そう大声で言った後、ものすごい勢いで手を振ってくるロジュさんに、私もにこやかに手を振り返した。
私の隣でロキシーさんが、「ジュリアスさんの周囲の温度が、五十度ぐらい下がった気がするわよ」と肩を竦めた。
それが本当なら今頃会場は氷点下なので、多分気のせいだと思う。
『そして対戦者は、元国王にして、現傭兵団の団員。義手の魔法剣士、シリル・アストリア!』
紹介と共にシリル様がロジュさんの正面へとやってくる。
ここからはトーナメント戦なので、試合に勝った方が決勝戦でナタリアさんかジュリアスさん、どちらかと戦うことになる。
ロジュさんの紹介に比べて、シリル様の紹介は簡素で遊び心があんまりない。
生真面目なシリル様らしいといえばらしいわね。
シリル様が広場に現れると、「シリル様~!」という女性たちからの歓声があがった。
「シリル様もモテてますね」
「元国王陛下、美形だからね。なんとなく、影があるところも、母性本能をくすぐる感じがして良いんじゃないかしら」
シリル様はたぶんまだ、アリザのことや、色々を引きずっているわよね。
幸せになって欲しいなんて無責任なことは言えないけれど、ずっと一人でいるよりは、誰か信頼できる人が傍にいてくれたら良いのにと思う。
それは今は、ロジュさんってことになるのかもしれないけれど。
「ロジュ。私は今まで、お前に一度も勝てたことがない」
「そうだったなぁ」
「今日は、勝たせてもらう」
「あぁ、良いぜ。俺は負けないけどな!」
シリル様が真剣な眼差しで、細身の剣を構えた。
ロジュさんは口元に笑みを浮かべて、大剣をシリル様に向ける。
太鼓の音が鳴り響き、ムジークさんの『第二試合、一組目、開始!』という大きな声が、会場に響き渡った。
先に踏み込んだのはシリル様だった。
「全てを飲み込む濁流よ、流れうねり渦巻け、水流渦旋!」
剣を構え走り込みながら、魔法を構成する。
ロジュさんの周囲に青く輝く魔方陣がいくつも現れ、魔方陣から太く長い蛇のような水の奔流が、ロジュさんに襲い掛かる。
水系統の最上位魔法だ。私は使えない。
「甘いな!」
ロジュさんは襲い掛かる水の奔流を、大きな剣で軽々と切り裂いた。
魔法を剣で切ることは本来ならできないのだけど、ロジュさんは魔法が苦手な代わりに、反魔の力を剣に乗せることができるらしい。
反魔とは、剣に魔力を乗せて相手の魔法とぶつけて相殺する方法で、誰にでもできることじゃない。
魔法が使えないロジュさんが、魔導士や、魔法攻撃が得意な魔物を相手にするために努力して身に着けた技なのだという。
これは以前、ロキシーさんのお店で会ったロジュさんの部下の方が教えてくれたことだ。
ロジュさんはあんまり自分の戦い方とか、強さについて饒舌に話したりしないので、詳しくは知らない。
冗談めかして自分は強いと言うことはあるけれど、基本的には強さや功績をあんまり自慢しないのがロジュさんの良いところなのよね。
「魔法は、俺には効かねぇな! シリル、義手を使っても構わねぇよ!」
水魔法を切り裂くロジュさんに、水魔法に隠れるようにして素早く走り込んだシリル様の剣を、ロジュさんは大剣で弾き飛ばした。
重たい一撃に、シリル様の体が宙に吹き飛ばされる。
場外に落ちそうになったシリル様は空中でくるりと反転すると、魔法を構成しようとして片手を伸ばす。
そこにシリル様を追いかけるようにして飛び上がり、一瞬のうちにシリル様より上空に移動したロジュさんの大剣が、シリル様に振り下ろされる。
「……っ、氷の壁よ!」
短い詠唱で現れた氷壁が、ロジュさんの剣からシリル様を守った。
けれど、その氷壁にはロジュさんの一撃でひびが入り、砕け散ってしまう。
剣の大きさを感じさせないほど軽々とした身のこなしで振り下ろされた一撃は、剣の重さにロジュさんの力が乗って、とても重い。
シリル様は咄嗟に剣で受けたけれど、広場の石畳の床に叩きつけられる。
「ぐ、ぁ……っ」
息が詰まるような呻き声が聞こえる。
胸の痛くなるような衝撃音と共に床に倒れたシリル様の横に立って、ロジュさんがその首へと大剣をつきつけた。
一瞬のうちに勝敗は決まったかのように見えた。
固唾を飲んで見守る私たちをよそに、ロジュさんは納得いかなそうに眉根を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべている。
「シリル、義手を使え。強い武器を使わないお前に勝っても、勝った気がしねぇんだよ」
「……義手の力は、クロエに頼んで手に入れた、皆を守るためのもの。ここで使うのは、違う」
「じゃあ、俺の勝ちだな」
「あぁ。……やはり、勝てないな」
ロジュさんは深い溜息と共に、剣をシリル様から離した。
シリル様はどことなく晴れやかな表情で口元に笑みを浮かべた。
『勝者、ロジュ・グレゴリオ! やはり鬼の団長の名は、伊達じゃなかった!』
ムジークさんの嬉しそうな声が響いた。
『奴隷剣闘士たちを従えるのにふさわしい強さだ、ロジュ・グレゴリオ! この調子で決勝戦も勝ち残って欲しいものだ!』
会場から拍手と歓声と、ざわめきが上がる。
ムジークさんの本来の目的は、奴隷闘技場の開放。
これからを任せることになるロジュさんには、それは勝って欲しいわよね。
ロジュさんは戦っている最中とはまるで違ういつも通りの笑顔を浮かべて、両手を振って歓声にこたえた。
これでロジュさんが決勝進出。
ジュリアスさんの方を見ると、相変わらずジュリアスさんは不遜な態度で椅子に座って、目を閉じて腕を組んでいる。
ジュリアスさんの隣で、ナタリアさんは完全に寝ていた。
二人とも、王者の貫禄があるわね。
けれど、次はナタリアさんとジュリアスさんが戦うのよね。
不安しかないし、どちらを応援しても角が立つ気がしてならなかった。見なかったことにしたいわねと、心底思った。




