本命、大穴、出そろいまして
ジュリアスさんが強いことは十分すぎるぐらいに知っているのだけれど、いざ戦いがはじまると妙に緊張する。
手に持っている薄切り肉サンドを口にするのも忘れて、私は食い入るように広場を見つめた。
歓声と声援が、場内に膨れ上がる。
広場には、年代も身なりも様々な男性たちが、ざっと見渡した限りでは二十人程はいるかしら。
唯一女性なのはナタリアさんぐらいだ。
ナタリアさんは魔法の箒に跨って、ふわふわ浮かびながら広場を見下ろしている。
ジュリアスさんは相変わらず広場の端の方に居て、一歩後ろに下がると観覧席と広場の間にある溝に落ちるんじゃないかと心配になる。
ロジュさんは背丈ほどある剣を軽々と片手で振り回すと、不敵に笑った。
シリル様は、剣を構えている。
私の作った錬金義手の力を使えば、多少の敵ならすぐに倒せるのだろうけれど。
流石に、止められているのかしらね、ロジュさんに。
なにせリクエスト通りに『すごく強くて格好良い』義手を作ったんだもの。
それはもう強いのよ、なんせ私がつくったんだから。
『さぁ、試合開始だ! 多少の怪我は、腕の良い治療師たちを呼んでいるので問題ない! 皆、正々堂々と、力いっぱい勝負をしてくれ!』
「正々堂々と力いっぱい……」
「町内対抗運動会みたいね」
「本当ですね。運動会にしては物騒ですけれど……」
ムジークさんの実況を思わず繰り返した私に、ロキシーさんがしみじみと言った。
これが闘技大会とかじゃなくて、玉入れ大会とか、綱引き大会とかだったら、はらはらせずに見て居られたのに。
というか、すごく見たいわね。
玉入れとか綱引きに参加するジュリアスさん、ものすごく見たいわね。
毎年秋に行われる町内対抗運動会、ジュリアスさんも参加してくれないかしら。
因みに私はパン食い競争がかなり得意だ。だってパンがただで手に入るから。
「ジュリアス、どこだ! 腕章を寄越せ!」
ロジュさんの声が響く。
いきなりジュリアスさんに立ち向かうつもりなのね、ロジュさん。
ロキシーさんのお店で会うと、いつも楽しそうで笑顔の多いロジュさんだけれど、戦いが始まると野生の肉食獣みたいな獰猛さがある。
「ジュリアスには手を出すな、殺されるぞ! いいか、一斉に女を狙うんだ!」
あまり身なりの良くない、恐らくこの闘技場の剣闘士の男性たちのうちの一人が声を張り上げる。
強面で筋肉質な男性たちが「おお!」と、野太い返事をした。
「あらやだ、怖い」
ナタリアさんが男性たちの頭上をくるくる飛びながら、困ったように肩を竦める。
「ロジュ! トーナメントでどうせジュリアスとはあたる。今は周囲の敵から倒し、多くの腕章を集めるべきだろう。勝ち残ったとしても、腕章を手に入れた数が少なければ、失格になってしまう可能性がある」
「俺はジュリアスと戦いたいんだよ、俺の前で俺の天使といっつもいちゃいちゃしやがって……!」
「い、いや、お前のつらい気持ちは分かるが、落ち着け……」
他の相手をそっちのけでジュリアスさんの元に向かおうとするロジュさんを、シリル様がとめている。
ジュリアスさんは腕を組んでしばらく動かないでいたけれど、不意に顔を上げると新しく買ったばかりの剣の柄を手にして、軽く前に踏み込んだ。
目視できない程の一瞬のうちに、剣が抜き身になる。
ジュリアスさんの体が、乱戦になっている剣闘士たちの間をすり抜けるようにしてするりと動いた。
ふわりと、ジュリアスさんが空中に浮きあがり、一拍遅れて、剣闘士たちがばたばたと広場に倒れる。
剣闘士たちの腕から切られて高く舞い上がった腕章を、ジュリアスさんは空中でひとまとめにするようにして掴むと、軽々と広間の床へと着地した。
あろうことか、ロジュさんのすぐ横に着地するジュリアスさんを、ロジュさんが睨みつける。
「いちいち格好良いな、ジュリアス! なんだお前!」
「……参加者は全部で三十人、俺が手に入れた腕章は、十本。残り二十本。わめいている場合か?」
「ジュリアスが俺に話しかけた……! 何だよお前、急に親切か! トーナメントで戦おうな、ジュリアス!」
ロジュさんが凄く嬉しそうだわ。
肉食獣から急に飼い犬になったみたいに快活な笑顔を浮かべて、乱戦中の一団へと切り込んでいく。
ジュリアスさんは、ロジュさんの隣にいたシリル様をちらりと一瞥すると、何も言わずに視線をそらした。
凄く嫌いなのね、シリル様のこと。
そんなに態度に出さなくても。ジュリアスさん、大人なのに。
『元黒太子、今は商店街の天使、美少女錬金術師クロエさんの恋人、ジュリアス・クラフト、鬼神のごとき強さで腕章を十本も奪った! よって一抜けだ!』
ムジークさんの声が響き渡り、私はいたたまれなくなって両手に顔を埋めた。
どうしよう。穴があったら入りたい。
恥ずかしくて死にそう。
一体誰がその紹介を考えたのかしら。確かに私は自分で美少女錬金術師と名乗っているけれど、こうも大々的に言われると顔から火が出るぐらいに恥ずかしいし、しかも、恋人っていうのは。
見事に一抜けしたジュリアスさんが、案内係の方に案内されて広場から降りる。
ムジークさんの席の横に設けられた待機所で、長い足と腕を組んで座るジュリアスさん、将軍の貫禄があるわね。元将軍だけれど。
「紹介文、選手登録の時に自分で決めるんじゃなかったかしら」
「……え?」
「確かそうよ。お店開きながら眺めてたけれど、自分で記入していた筈よ。どこのだれかを明確にするために、一言を添えるのよね、名前といっしょに」
「まさか、そんな……」
ロキシーさんが「ジュリアスさん、寡黙だと思っていたけれど、結構面白いのね」と笑いながら言うので、私はそんなはずはないとぶんぶん首を振った。
慌てる私を遠く離れた場所からジュリアスさんが眺めている気がする。凄く小馬鹿にした顔で。
ジュリアスさん、私を揶揄うことに精神力を全振りしているわね。
ロキシーさんが「本当に仲良しね、クロエちゃんたち」と、お腹を抱えて笑い出して、私は再び恥ずかしさで死にそうになる。
涼しい顔をしているジュリアスさんが憎い。
「この空前絶後の最強美魔女錬金術師ナタリア様に勝てると思うなんて、一億万年早いのよ! さぁ、おいきなさい、空腹飛蟲。食べちゃって良いわよ」
ナタリアさんが何もない空間に手を突っ込んで、手のひらの中に小さな長細くて白い蟲のようなものを取り出した。
「空腹飛蟲!」
「知ってるの、クロエちゃん」
「知っていますよ、ナタリアさんのつくった錬金物ですね。ナタリアさんの家に昔あれがいっぱいましてね。ご飯の食べ残しとか、何でも食べてくれるのは良いんですけれど、なんせうじゃうじゃいましたし、満腹になるとそのへんの虫と存在が変わらなくなってしまうので、お掃除するのに苦労しました」
「それって、クロエちゃん。油む……」
「ロキシーさん、それ以上言ったらだめです」
私は首をぶんぶん振った。
ナタリアさんが空腹飛蟲を剣闘士たちに向かって投げると、蟲は途端に巨大化して、剣闘士たちを一息に飲み込んでしまった。
もぐもぐごくんと咀嚼した後に、ぺっと、赤い腕章を吐き出す。
ナタリアさんはその腕章に手を伸ばして、ふわふわと空中を泳がせて自分の方へ持ってきた。
『なんと、二人目は、ええと、空前絶後の世界最強この世で一番美しい麗しの錬金術師、ナタリア・バートリー! 誉め言葉が長いが確かに美しく、そして強い! あの、その化け物に食べられた奴らは死んでませんか、ナタリアさん、大丈夫でしょうか』
「大丈夫よ。でもどうせ元罪人なんでしょ? 私の飛蟲のお腹の中で半分消化されたぐらいで外に出すのが、ちょうど良いのではないかしら。きっと捻じ曲がった性格が治るわよ」
ナタリアさんはジュリアスさんの隣にすいっと魔法の箒で飛んで行って、箒から降りると優雅に椅子に座った。
私はつい先日話した時のエライザさんの怯えた様子を思い出した。
まさかナタリアさん、エライザさんを空腹飛蟲に食べさせてないでしょうね。
ナタリアさんならやりそうなところが怖い。
「あぁ、くそ、なんて強いんだ……! それならあの男を狙え、元国王だ! 血祭りにあげてやろう!」
ロジュさんが大剣を振り回して暴れている場所から逃れてきた者たちが、シリル様に一斉に襲い掛かる。
シリル様は剣を構えると、鞘に入ったままの剣で襲い掛かってきた者たちを軽々と床に沈めた。
「あら。強いのね、元王様」
「シリル様、剣術や魔法、とっても優秀だったんですよ。それにあの義手の力を開放したら、ものすごく強いです。なんたって私がつくった凄く強い義手なので」
私が得意気に言うと、ロキシーさんは困ったように眉を寄せた。
「こら、クロエちゃん。元婚約者をそんなに褒めたら駄目よ。ジュリアスさんが怒るわよ?」
「シリル様がどうっていうか、義手が強いんですけど。私がつくったので。ジュリアスさんは怒ったりしませんよ、というか大抵怒っているので、大丈夫ですよ、多分」
「ジュリアスさんも大変ねぇ」
大変なのはジュリアスさんじゃなくて、大抵の場合私だと思うのだけれど。
ロキシーさんと話をしている間に、第一試合が終了したようだった。
勝ち残ったのは、ジュリアスさんと、ナタリアさん。
ロジュさんと、シリル様。
どう考えてもジュリアスさんとナタリアさんが戦うことになりそうなのよね。
折角復興した街が、もう一度壊れたりしませんようにと、私は心の中で祈った。
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