ナタリアさんとお世話係
クロエ錬金術店に辿り着くと、扉の前の鳥かごの中にふわふわ浮かんでいる防犯用錬金物である『瞳ちゃん』が、『クロエちゃん、ジュリアスさん、おかえり!』と、脳内に直接話しかけてくれた。
「瞳ちゃん、ただいま! ナタリアさんに会いに来たんだけど……」
『中にいるわよ』
瞳ちゃん、私だけじゃなくてジュリアスさんもちゃんと認識できるようになったのね、良い子だわ。
ジュリアスさんは何故か無言で瞳ちゃんを、じっと見つめた。
瞳ちゃん、ちょっと恥ずかしがっているわね。可愛い。
「……いつ見ても奇妙だな」
「可愛いじゃないですか。分かってませんね、ジュリアスさん。私の瞳ちゃんは今日も最高に可愛いんですよ! ね、瞳ちゃん。可愛い!」
『クロエちゃんも可愛いわ』
「そして良い子!」
私はジュリアスさんに文句を言いながら、扉を開いた。
懐かしの元店舗である。
商品は一旦新店舗に移して、元店舗と新店舗の扉を錬金物でつなげてあったのだけれど、ラシード神聖国に行くときに扉の細工は解除しておいた。防犯のために。
だから元店舗には今は何も商品が陳列されていなくて、空っぽになっている筈だけれど。
扉を開くと、慌てたように侍女の服装に身を包んで無造作に髪を縛ったエライザさんが駆け寄ってきた。
「クロエ……! 遅いじゃない、来たのね、クロエ! 待ってたのよ!」
「エライザさん、こんにちは。元気そうですね」
「ええ、元気よ! でも、一体どういうことなの? アンリと一緒にお父様を連れてアストリアに帰ってきて……お父様は知っての通り、もう、多分元気にはならないから、私が全部罪を償わなきゃって思って、お城に向かったら……」
「ここで働くように言われましたか?」
「そうなのよ……シリル様から、国王陛下に伝わっているって。私の罰は、ここでの無期限の奉仕活動だっていうの……それで、どういうことなのって思ってきてみたら、クロエじゃなくてナタリアさんがいて、それはもうこき使われているのよ……!」
在りし日の私の姿が、今のエライザさんに重なって見える。
私はうん、うん、と頷きながらエライザさんの話を聞いた。
泣き言を言いたくなる気持ち、凄く分かるのよ。
それぐらいナタリアさんのお世話は大変だもの。
「私と、アンリ、二人でここで働いているの。アンリは今、買い出しに行っているわ。私は掃除……ナタリアさん、何にもしていないように見えるのに、部屋がすごいことになるのよ。今日綺麗にして、明日の朝起きると、盗人に家を漁られたんじゃないかっていうぐらい、すごいの」
「分かります。頑張ってください」
「うん……これが罰なら、頑張るしかないけれど……正直挫けそうよ」
煌びやかだったお手入れの行き届いていたエライザさんの姿はそこにはもうなくて、疲れたように言った。
空っぽだった陳列棚には、おそらくナタリアさんが各地で収集してきたのだろう、さまざまな素材が所せましと並べられている。
無造作に突っ込んであるだけにみえるけれど、多分無造作に突っ込んだだけなのだろう。
分類とか、整理整頓とかをした方が良いと思うの。どこに何があるか分からなくなってしまうし。
というか、陳列棚に私の錬金物を並べてエライザさんに売ってもらおうと思ったのに、これではとてもお店として経営できそうにない。
「エライザさん、実はエライザさんにはもう一つ仕事をお願いしたいんですけど」
「良いわよ、クロエ。私はあなたに酷いことをしたもの。何でも言って。錬金術の実験とか……怖いけど、私で役に立つのなら頑張るわ……!」
「そ、そんな泣きそうな顔で言わないでくださいよ、そんなことしませんから……!」
私はあわてて両手を振った。
エライザさん、ナタリアさんに何かされていないだろうか。心配ね。
「もともと、私、ここでお店を開いていたんですけれど、エライザさんに店員さんになってもらうと、心置きなく錬金術や素材集めに専念できるなぁって思って。特別な依頼が来た時だけ、私の新居にお客さんを案内してくれると、とっても助かります」
「店番ってこと?」
「そうです、そうそう」
「それなら、できるわ! コールドマン商会で、働く人たちをよく見ていたから。計算とか、お金を数えるのとかは、結構得意なのよ。クロエの役に立てるかしら、私」
「それはもう!」
不安そうにエライザさんが聞いてくるので、私は力強く頷いた。
私たちのやりとりを聞いていたジュリアスさんが、舌打ちをした。
ジュリアスさんはエライザさんの罪を許していないらしい。もう良いのにって思うのだけど。
エライザさんはびくりと震えると、私の後ろに隠れた。
「相変わらず怖いわ、ジュリアス。クロエ、よくあんな怖い男と一緒にいられるわね……」
小さな声でこっそり伝えてくるので、私は苦笑した。
ジュリアスさん、結構だれにでもこうなのだけれど、優しいところもあるのよ。
今日は王都のおばさま方から私のポケットがぱんぱんになるぐらいの飴を、何も言わずに受け取っていたし。
私は飴の存在を思い出して、エライザさんに半分わけてあげた。
エライザさんは「久々に甘いものを見たわ。お金、自由に使えないから、買えないのよ」と言って、喜んでいた。
掃除と片づけを続けるエライザさんと別れて、お店の奥に向かう。
私が錬金術のために使用していた作業部屋である。
嫌な予感がする。
扉を開くと広がっていた光景に、私は一度扉をしめた。
深呼吸をひとつ。
「……ジュリアスさん、衝撃的な光景が広がっていた気がしたんですが、気のせいでしょうか」
「いや。想像以上だな」
ジュリアスさんがぽつりと言った。
いつも冷静なジュリアスさんが、驚いているわよ。
すごいわ、ナタリアさん。さすがは私の師匠。
なんて感心している場合じゃなかった。意を決してもう一度扉を開くと、そこには作業部屋の真ん中に置かれたソファに寝ころぶ下着みたいな服を着たナタリアさんと、なんだか良く分からないぐちゃぐちゃした錬金物や素材たちが、足の踏み場がないぐらいに床を埋め尽くして、天井まで山を作っていた。
「あら。クロエ。いらっしゃい」
「いらっしゃいじゃないですよ……どうしたらこんなことになるんですか」
なんでもないように挨拶をしてくるナタリアさんに、私は入り口から文句を言った。
近づきたかったけれど、足元に転がっている色々を踏みたくなかったので、仕方ない。
ナタリアさんはのそりとソファの上から体を起こした。
「どうしたらって……今まで、異空間収納に入れていた素材が溢れそうになったから、外に出したのよ。異空間収納があふれると、よくないのよね。空間を捻じ曲げてそこに物体を突っ込んでいるから、世界に歪が産まれてなんでも吸い込んでしまう虚無空間が誕生してしまうのよ」
「そんな、世界が滅ぶみたいな話をさらっと言わないでくださいよ」
「冗談よ」
「冗談なんですか……」
「それよりも、ジュリアス。調子はどう? その後体に変化はないかしら」
ナタリアさんに聞かれて、ジュリアスさんは首を振った。
ジュリアスさんの刻印除去をおこなったのはナタリアさんなので、心配してくれているのだろう。
「特に変わりはない」
「そうなの。ひび割れから魔力があふれて、勝手に封印がとけたりしないかしらねって思ったんだけど。残念」
ナタリアさんは本当に残念そうに言った。
ジュリアスさんの体の心配をしているというよりは、珍しい事例について興味を持っている研究者みたいな口ぶりだった。
「ナタリアさんの部屋の大惨事の理由は分かりましたけど、店舗の方まで素材を置くのはやめてくださいよ。せっかく綺麗にしたのに」
「聞こえてたわよ。エラちゃんにお店を任せるらしいわね」
「ちゃんと売上金から、ナタリアさんに店舗代を支払いますよ」
「半額ね」
「破産しますよ……! 一割でお願いします! さっきロバートさんのお店で、ナタリアさん特製の無窮のオリハルコンの剣を買ってきたばっかりなんですよ」
「ああ、そうなの。良い値段で買ってくれたわよ。確か、四千万ゴールドぐらいだったかしら。ま、お金は酒代に消えたけど」
「どんだけ飲んだんですか……それにロバートさん、安くするとかいって、ほぼ定価じゃないですか……」
私は溜息をついた。
良かった、九千万ゴールドで買わなくて良かった。酷い目にあうところだった。
「なんでも良いけど、エラちゃんが頑張って整理整頓しようとしてるから、私は散らかしてあげてるのよ? 奉仕活動は罪滅ぼしなんでしょう。仕事は多い方が良いじゃない」
ナタリアさんが肩をすくめる。
エライザさんが挫けそうと言っていた意味が良く分かるわね。ナタリアさんは私と暮らしていた時もこんな感じだった。
「まぁ、しばらくは……ディスティアナの動向は気になるけど、一人で偵察に行くほど私は命知らずじゃないし、ファイサルに大人しくしているようにうるさく言われたし、ここで適当に暮らすわ。近々復興祭りがあるとかで、ロバートに、闘技大会に参加したらって言われたのよね。賞金が出るそうよ」
「賞金!」
「ええ。百万ゴールドだったかしらね。はした金だけど、酒代にはなるわよ」
「出るんですか、ナタリアさん……」
「ジュリアスも出るわよね? 魔法が使えるようになったジュリアスと、戦ってみたいなって思っていたのよ」
「王都が滅びますよ……!」
ナタリアさんとジュリアスさんが本気で戦ったら、模擬試合とはいえ大変なことになる。
私は首をぶんぶんふった。
ジュリアスさんは腕を組みながら「面倒だが、賞金が手に入るのか」と、私みたいなことを言っていた。




