新商品開発会議
私はきっかり五千万ゴールドを、無限収納鞄から取り出して震える手でロバートさんに支払った。
ロバートさんは満面の笑みでそれを受け取って、「クロエちゃんも新しい杖が必要じゃないかな?」などと言ってきたので、無窮のオリハルコンの剣を手に入れると、私はそそくさとロバートさんのお店を退散することにした。
「良い剣が手に入って良かったですね、ジュリアスさん。ナタリアさんは本当に凄い錬金術師なんですよ、弟子の私が言うからには間違いがありません」
「元の剣の方が良かった」
「使っていくうちに慣れますって」
帯剣したジュリアスさんを見るのは久しぶりだ。
首後ろの刻印にひびが入ってから今に至るまで、まだジュリアスさんが魔法を使うところは見たことがないけれど、剣も魔法も使えて飛竜に乗る最強の竜騎士なんて、戦争を抜きにすれば――童心をくすぐられる格好良さがある。
刻印が割れて魔法が使えるようになったのは確かだろうけれど、ジュリアスさんはロジュさんに「魔法見せて」とせがまれて、「見世物じゃない」と怒っていたので、あまり触れない方が良いのだろう。
「このままナタリアさんの顔、見に行って良いですか? エライザさんが働いているって言ってましたし」
「甘いな。あの子供が犯したのは、本来なら投獄されて良いほどの罪だ」
「まぁまぁ、そう怒らないでくださいよ。それに、エライザさんはもう十分苦しい思いも悲しい思いもしたと思いますから」
ロキシーさんのお店でシリル様と会って、ラシード神聖国で起きたことを話した時に、エライザさんの処遇についてもお願いしておいた。
もし罰を与えるというのなら、ナタリアさんのお店で奉仕活動をさせて欲しいと。
ナタリアさんには基本的に生活能力がない。
ほうっておくとご飯も食べないし、お酒ばっかり飲んで寝ていて、服も着ないし掃除もしない。お風呂だって入らないで、魔法で自分の体だけは清潔にしているけれど、部屋が部屋として機能しなくなるぐらいに散らかして汚すのである。
私はもうナタリアさんのお世話係はできないし、せっかくクロエ錬金術店として綺麗にした王都の中央広場にある店舗兼お店を、再び廃墟にされたらたまらない。
それに私もちょうど店員さんが欲しいなって思っていたのよね。
ナタリアさんには商売する気がたぶんないから、私の錬金物を元の店舗でエライザさんに売ってもらおうかなって思っている。
あの家はもともとナタリアさんの物なので、売り上げから店舗代はナタリアさんに渡すつもりだ。
それに奉仕活動とはいえアルバイトなので、エライザさんにもお給金を支払ってあげないといけない。
「エライザさん、見た目は可愛いんですよ。性格はちょっと困ったところがありましたし、男運が悪そうだなって思いますけど。見た目は可愛いんです。だからきっと男性客が増えますよ」
「お前が一人で働いていたときは、男の客は多くなかったのか。美少女なのに?」
「急に面白いこと言うのやめてくださいよ……! 私は美少女ですけど、ジュリアスさんが口にすると唐突に面白いので。それは、私だって男性のお客様を呼び込む力は結構ありましたよ。武器に錬金術で特殊な効果をつけてもらいたい、傭兵の皆さんとか、冒険者の皆さんとか……とても実用的な依頼が数多く舞い込みました」
「一般的な男性客はいなかったのか」
「お嬢さん方は、錬金ランプとか、神秘の香水とか、痩せるクッキーとか、楽園の美容液とかを良く買いに来ましたし、忙しい主婦の方々は超強力除草剤とか、超強力殺虫剤とか買いにきてくれましたけど、男性客が欲しがるものが良く分からないんですよね。私、女の子なので」
「女の子」
「……立派な女性なので」
今日のジュリアスさんは突っ込みが厳しいわね。
私たちは久々に王都をゆっくりと歩いている。
ラシード神聖国に向かう前は、壊れた建物や割れた道などが目についたけれど、みんなで力を合わせて復興に取り組んだからか、元の街並みを取り戻しつつあるようだ。
道行く人々が、「クロエちゃん、久しぶり」と挨拶してくれる。
おばさま方に大人気のジュリアスさんは、「ジュリアス君、今日も格好良いわねぇ」とうっとり言われて、軽く会釈を返しては、飴などを押し付けられていた。どういうわけか、おばさまたちにジュリアスさんは孫扱いされている。
貰った飴をジュリアスさんは私のエプロンドレスのポケットに突っ込んでくる。
そこは荷物入れとかじゃないのだけれど、飴だし、美味しいから別に良いか。
「ジュリアスさんは男性ですよね。男性客が増えることを見越して、何が欲しいと思います? 武器とか防具以外で」
「……欲しい物?」
「そうです、そうそう。特殊な能力が付与された装飾品なんかは、それなりに人気がありましたけど、そういうものを欲しがる戦いに携わるひとたちよりも、戦ったことのないひとのほうがずっと多いんですよね。そういった方々もお客さんにできれば、失った五千万ゴールドをすぐに取り戻せるかもしれません」
「欲しい物か。あまり、考えたことはなかったが」
「参考にしますから、考えてみてくださいよ」
私がお願いするとジュリアスさんは押し黙った。
真剣に考えてくれているわね。
それでこそクロエ錬金術店の共同経営者であるジュリアスさんだ。
錬金術というのは発想力が勝負なので、意見をくれるととても助かる。
しばらく考えた後、ジュリアスさんは唇をひらいた。
「そうだな。寝心地の良い枕か、一生酒が冷えるグラス……それぐらいしか思い浮かばない」
「男性に必要なものは、睡眠とお酒ですね、すごくわかりやすいです。良いですね、それ」
枕に頭を置いたとたんにすぐに寝付くことができるとか、良いかもしれないわね。
一生入れた飲み物が冷えるグラスは、かなり喜ばれそう。
ジュリアスさんはやれやれ、というように軽く頭をふった。
「適当に言っただけだ」
「なんとなくのアイデアに、新しい商品開発の鍵があるんですよ。私なんて結構どこでも眠ることができるし、お酒もそんなに飲まないので、考えたことがなかったです。こう、枕に頭をおくと、一瞬で朝まで眠れるとか、良いですよね」
「それは、かなり良し悪しだな」
「どうしてです?」
「迂闊に横になることができない。強制的に眠らされるからな」
「それもそうですね」
ベッドに寝転がって枕に頭を置いた途端、次の瞬間には朝とか、結構怖いわね。
ちょっと考え直す必要があるかもしれない。




