久しぶりのお買い物
ファイサル様からの連絡がくるまで私にできることといえば、錬金爆弾の補充や戦闘で使えそうな錬金物の作成ぐらいのものだ。
ラシード神聖国で起こったことはロジュさんやシリル様にロキシーさんのお店で会ったときに話をした。
シリル様は、現国王である弟殿下のジーク様に伝えて、ファイサル様と連絡を取り合うと言っていた。
ロジュさんは、ディスティアナ皇国と戦争になるだろうから、いつでも戦えるように傭兵団を鍛えなおしておくと言ってくれた。
ジュリアスさんは――落ち着いているように見えた。
元々口数がそんなに多くないジュリアスさんだから、考えていることが全部分かるというわけではないけれど、焦っている様子もなければ、皇帝オズワルドに対する憎しみで感情が昂っているような様子もない。
いつものようにヘリオス君とリュメネちゃんを連れて、小型の魔物を食べさせに出かけたり、お庭で二人を洗ったり、私の作った豆のスープやくず肉のパテと薄切りパンを食べたり、ゆっくりお風呂に入ったり、私を抱き枕のようにして腕にすっぽりと抱いて眠ったりしていた。
アストリア王国に戻って数日、ラシード神聖国に長くいたせいか、やっとひと心地ついた私たちは、オズワルドとの戦いで失ってしまったジュリアスさんの剣を買おうと、ロバートさんのお店にやってきていた。
「一体どんな使い方をしたら、あんなに素晴らしい剣が駄目になるんだい、クロエちゃん。危ない目にあう……のは、クロエちゃんの性格だから仕方ないとして、ジュリアス君の剣が駄目になるなんてなぁ」
ロバートさんやロキシーさん、街の人々を怖がらせるのはいけない。
だから、ラシード神聖国で起こったことや見たことは、シリル様とロジュさん以外には言わないつもりだ。
二人も、その方が良いと言っていた。
「その、なんと言えば良いのか、色々ありまして……」
「詳しくは聞かないよ。それに、形あるものはいつか壊れるからね。そうじゃなきゃ、商売あがったりだ。壊れたり劣化するから、みんな買いなおしたり修理をしたり、補強をしてくれる。商人にとって、壊れるというのはそう悪いことじゃない」
ロバートさんがにこやかに言ったあと、「なんと、ジュリアス君にぴったりの剣が最近入荷したばかりでね!」とお店の奥へといそいそと消えていった。
「あの反応、非常に恐ろしいですね……ここぞとばかりに高級品を売りつけようとする顔をしていましたよ、ロバートさん」
「剣などどれも同じ……だと、思っていたが、あれと同じものが良い」
「あの剣、元々の素材は私がつくった久遠の金剛石なんですよね。最近忙しかったから、ロバートさんに売りに来ていないし、同じ剣はないかもしれません」
私の隣でロバートさんを待っているジュリアスさんが、何か言いたげな目で私を見る。
「いますぐ久遠の金剛石を作れって目でみないでくださいよ。結構大変なんですよ、素材を集めるの。それに、劣悪な錬金物からは、質の悪い剣しかできませんし、できれば素材も厳選したいですし。久遠の金剛石を加工して剣ができるまで数日かかりますし……ロバートさんが選んでくれる品は、良い物ばかりなので、一応見てみましょうよ」
何かあったときのために、剣はあったほうが良いと思う。
槍は無事だけれど、騎乗して使うなら良いけれど、狭い場所だと槍よりも剣のほうが使い勝手が良いのだと、ジュリアスさんが言っていた。
それに槍は持ち歩くのには邪魔だとかなんとか言って、ジュリアスさんは今は丸腰である。
今日もお気に入りのゆるゆるの黒いローブを着ているジュリアスさん。
いつも通りの姿になんだか安心する。
「……忌々しいな」
「剣が駄目になっちゃったことがですか?」
「あぁ。もう少し、注意深く戦うべきだった」
「ジュリアスさんが物にこだわるなんて珍しいですね」
「お前と二人でここに来た時のことを、覚えている。色々文句を言いながら、俺に武器を買うお前を、良く喋るうるさい女だと思ったことを」
「急に失礼ですね……! そこは可愛いとか、優しいとか、クロエちゃんの心遣いに惚れたとか、言うべきところじゃないですか」
「お前の愛らしさに、俺は虜になった」
少し考えるようにしたあとに、ジュリアスさんはじっと私を見つめると、ぞわぞわするぐらいに甘ったるい声で言った。
「うわ、似合わない」
笑いながら私が言うと、ジュリアスさんに耳を引っ張られた。冗談だと思ったから笑ったのに。痛い。
「……あれは、お前が俺に買ったものだ。剣など消耗品だと思っていたが、……そうでもないな」
「素晴らしいな、ジュリアス君! いやいや、やはり、おじさんの真心が効いたようだね。ちょっと見ない間に仲良しになって、まるで娘を嫁に出す父の気持ちだよ……!」
「ロバートさんの真心……?」
「クロエちゃん、忘れたのかい? 久遠の金剛石の剣を選んだのは、魔法の使えないジュリアス君とクロエちゃんが二人一緒に戦えるように、剣に魔法が乗るようにしたんだよ。あれは魔法に対する感応性が高いからね」
いつの間に戻ってきたロバートさんが、お店の手前のお会計用のテーブルの奥に立っていた。
ロバートさんの言葉に私は記憶を巡らせる。
そういえば、一番最初にジュリアスさんとここにお買い物に来た時に、ロバートさんはそんなことを言っていた気がするわね。
「そんなわけで、今回おすすめする商品はこれだ!」
ロバートさんは、テーブルの上に立派な鞘に入った剣を出した。
鞘は黒く、赤い紐が巻いてある。
ロバートさんは鞘から剣を抜いて見せてくれた。
刀身は、以前使用していた久遠の金剛石の剣と同じように黒い。
「……ロバートさん、これって」
「無窮のオリハルコンの剣だよ」
「……無窮のオリハルコン」
私は青ざめた。
これ、絶対高いやつだ。
そして無窮のオリハルコンとは、久遠の金剛石の更に上位互換の武器や防具に加工するための錬金物である。
制作難度は、久遠の金剛石よりも数倍上。
私も何度か作ろうとしたけれど、結局失敗して、素材を全部駄目にしてしまったのよね。
大赤字である。
でも、私の久遠の金剛石だってかなり凄いのよ。アストリア王国で質の良い久遠の金剛石を作ることができるのは、私ぐらいで――ということは、つまり。
「絶対ナタリアさんじゃないですか……!」
「そうだよ、クロエちゃん。いやぁ、凄い人がいたもんだね。もともとはクロエちゃんの師匠だったんだって? 知らなかったな。それに絶世の美女だ」
私は無窮のオリハルコンの、鈍く光る刀身を穴のあくほど見つめる。
一目でわかる。すごく良い品だ。
ちゃんと自宅に戻ってきてるのね、ナタリアさん。会いに行かなきゃ。
ナタリアさん、アストリアからいなくなる前はずっと中央広場の自宅にこもり切りで、私が綺麗にする前はあの店舗兼住居は廃墟みたいなものだったので、街の人たちは中に人が住んでいることも知らなかったのよね。
ナタリアさんは人と関わることもあまりなかったし、ナタリアさんに代わって私が外に出るようになって――そのうち、どこかにいなくなってしまったから。
街のことをほとんど知っているロバートさんさえ、ナタリアさんのことを良く知らないのね。
「それに、コールドマン商会の娘さん、エライザさんだったかな……が、ナタリアさんのところで働いているみたいだね。エライザさんが無窮のオリハルコンをここに売りに来た時に、剣に加工してくれってナタリアさんが言っていたと教えてくれた。ジュリアス君たちが買いに来るだろうからってね」
「……すごく良い話に聞こえるんですけど、お金、とるんですよね?」
「それはそうだよ。クロエちゃん、ただより高いものはないんだよ? 無窮のオリハルコンは正規の値段で購入して、そこにアストリアでも一番と言われている武器職人の手が加わったんだから、そうおうの価値がある剣だよ、これは」
「それはわかりますけど、私たちのために作ってくれたんですよね?」
「そうだよ。でも、ナタリアさんにも、僕も生活がある。これは商売だよ、クロエちゃん」
「値段、聞くのが怖いですが、いくらですか……?」
「九千万ゴールド」
「ほぼ一億じゃないですか……!」
「と、いいたいところだけれど、クロエちゃんはお得意様だからね、五千万ゴールドにしてあげよう」
「わぁい!」
雰囲気に飲まれて、両手をあげて喜んでしまった。
喜んでいる場合ではないわよ、私。
謝礼金を貰ったり、ファイサル様からは宝石を沢山もらったりしたわけだけれど、一瞬のうちにお金が溶けていくわね。
仕方ないのだけれど。
「……致し方ありません、買いましょう。ジュリアスさん、これは久遠の金剛石の剣の上位互換で、なんと私の師匠である空前絶後の最強錬金術師ナタリアさんのお手製の、無窮のオリハルコンで出来た剣です。久遠の金剛石のもっと凄いやつって思ってください」
「お前の作った石でできた剣の方が良い」
「凄いんですから、我儘言わないでくださいよ。そ、それは、その、嬉しいですけど……!」
「じゃあ、近々久遠の金剛石を納品してくれたら、それも剣に加工してあげよう。買ってくれるということだね、クロエちゃん」
「破産しますよ」
ロバートさんが嬉しそうに言うので、私は首を振った。
「まぁ、どちらの剣を使用するかはジュリアス君次第ということで。でも、剣は買っておいた方が良い。ロジュ君から聞いているだろう? 王都も魔物の脅威から逃れて少し落ち着きを取り戻した。今は復興祭りの準備で忙しくて、そのメインイベントに、闘技大会があるんだよ」
「闘技大会ですか?」
ロジュさんとはロキシーさんのお店で話したけれど、その時はそんなことは言っていなかったわね。
言い忘れていた可能性は高いわね。
私とジュリアスさんが無事に帰ってきたのが嬉しいとか言って、ロジュさん、でろでろに酔っ払っていたし。
「そうそう。闘技大会。ジュリアス君も誘われるんじゃないかな」
「……俺が? 何故だ」
「それはそうだよ。ジュリアス君はアストリアの英雄なんだから。皆、ジュリアス君の剣技が見れるのを楽しみにしているんだよ。相手は誰になるのかな、ロジュ君か、それとも他の誰かか」
「実際に戦うんですか?」
「模擬試合だけどね。原則は寸止めだけれど、自分の武器を使って良いことになっているみたいだよ。奴隷闘技場の開放も兼ねるとかなんとか。僕も詳しいことまでは知らないんだけどね」
私はジュリアスさんを見上げた。
奴隷闘技場は、ジュリアスさんにとって嫌な思い出しかない場所だろうと思う。
ジュリアスさんは特に表情を変えることなく、ロバートさんから剣をうけとって、何かを確かめるようにして、刀身を見つめている。
ジュリアスさん、模擬試合なんて面倒だと言って参加しない可能性が高いけれど、でも、お祭りは少し楽しみ。
少しだけ向き合わなくてはいけない現実から離れて、息抜きができるかもしれない。




