高級宿泊施設はファイサル様のおごり
レイラさんにお店を案内してもらって、ロキシーさんとロバートさんへのお土産で、魔除けの飾りを二つ買った。
それから、アストリアでは売っていない見たことのない素材や、錬金物もいくつか。
ラシードではお肉をよく食べていて、その他には豆や育てやすい穀類もよく食べるそうだ。
昔は、お肉は保存がきかないから、食卓にのぼるのは干し肉ばかりだったのだという。
けれど今は、金属製の保温性の高い箱の中に、錬金術で作った冷凍石を入れることで素材を冷やしたり凍らせたりして、新鮮なまま長く保存が効くようになっているようだ。
アストリアの場合は干し肉も売っているけれど、お金を出せば新鮮なお肉はいつでも手に入る。野菜もそうだ。お魚は港まで行かないと難しいけれど、特に不自由だと思ったことはない。
けれど、食材を保存できるというのはとても良い。
参考までに、冷凍石も一つ買った。持続期間は数ヶ月程度で、定期的に入れ替える必要があるとお店の人が説明してくれた。
ひとしきりお店を周り、お買い物を終えると、レイラさんとファイサル様は私たちを、聖都の中でも一番高級な宿泊施設がたちならぶ区画へと連れて行ってくれた。
レイラさんとファイサル様もせっかくだから泊まっていくのだという。
てっきり一緒に泊まるのかと思ったけれど、レイラさんは片目を瞑って「落ち着かないでしょ、私たちがいると」と言っていた。
ファイサル様は終始にこにこしていた。レイラさんとのデートが凄く嬉しかったみたいだ。
レイラさんはずっとファイサル様に、シェシフ様の様子がおかしいと訴えていたみたいだから、もしかしたら内乱が起こる前は、その関係性に溝ができていたのかもしれない。
今はすっかりそんなものはないように、とても仲良しに見える。
明日は祝賀会の準備があるので聖王宮に来るようにとファイサル様に言われて、私は頷いた。
祝賀会が終われば、アストリアに帰ることになる。
もう少しで、日常に戻れると思うと、どこか安堵したような心持ちになる。
ファイサル様が宿の受付で全て手配してくれたので、おそらく物凄く高価だろう宿泊費はなんと、ただだった。
宿泊施設の案内役の方に、白い大きな階段をのぼった先にある部屋まで案内していただいた。
荷物はと尋ねられたので、特にないと伝えると、少し驚いたような顔をされたけれど、詳しくは尋ねられなかった。お客さんのことについて、詳しく聞いてはいけない決まりになっているのかもしれない。
そびえたつお城、とまではいかないけれど、貴族の邸宅ぐらいの大きさのある宿泊施設の最上階のフロアが、全て私たちのための部屋だった。
白を基調にした、清潔感のある部屋だ。
ラシードで多く見かけるガラスをモザイクにした色とりどりのランプが、白い部屋によくはえている。
「ジュリアスさん、ベッドルームが五つ、それからお風呂が三つありますよ……!」
「落ち着け」
「二度と泊まれないような最高級の宿ですよ、見てまわりたいじゃないですか。私が今まで泊まっていた、ギシギシうるさい木のベッドが一つだけある部屋とはまるで違います。木のベッドが一つで部屋がいっぱいなんですよ。基本的にベッドの上で生活するんです。寝て起きるだけですけど」
中央にある広いリビングの黒いソファに座ったジュリアスさんが、部屋をうろうろする私を呆れたように見ている。
せっかくだし、隅々まで見たいじゃない。
どこで寝ようかしら。どのベッドも天蓋がついていて、艶やかな花柄のベッドもあれば、落ち着いた黒いベッドや、白とピンク色の女子力が高そうなベッドもある。
私は一人しかいないので、もちろんベッドも一つしか使えない。もったいない。
「宿に泊まったことが?」
「ありますよ、もちろん。魔物討伐の時は、遠出をするので。今はヘリオス君とジュリアスさんのおかげで一っ飛びですけど、その前は、ちょっとした遠征でした。一人旅ですね」
「ディスティアナでは、女の一人旅は危険なものと言われていた。長らく続いている戦争のせいで、警備隊も騎士団も機能していなかったからな。国力が衰えれば、治安が悪化する。特に国境付近の街は、無法地帯と言っても過言ではなかった」
「アストリアも、無法地帯とまではいきませんけど、やっぱりディスティアナとの国境の街は貧しくて、あまり良い状態とは言えなかったようですね。アンリ君の出身も国境の街だと言っていましたけれど、苦労したでしょうね」
「お前は、危険な目には?」
「それは最初は大変でしたよ、だって私、元々戦ったことなんてなかったですし。死んじゃう、とか言いながら、魔物から逃げ回ったこともあります。懐かしいですね」
私はうろうろと部屋を見回りながら、ジュリアスさんに言った。
リビングルームの奥にキッチンがあって、グラスやお皿などが準備されている。ラシードでのお買い物の最中に何度か見かけた食品保存庫もある。
箱の上蓋を開くと、中には冷凍石が入っていて、箱の中は冷えていた。
私は無限収納鞄からジュリアスさん用に購入したお酒の瓶を取り出すと、中に入れた。
アストリアでは、氷の中に瓶を入れて冷やしたりするのだけれど、箱の中に入れて冷やせるというのは良い。氷と違って溶けないし。
「そうか……」
「私よりもジュリアスさんの方がよっぽど大変だったと思いますけど」
「お前は女だ。俺とは違う」
「女性でも男性でも、辛いのも苦しいのも、一緒です。大丈夫ですよ、ジュリアスさん。心配してくれてありがとうございます。アストリアはディスティアナよりは、国が荒れていないのかもしれませんね。特に怖い目にはあいませんでした」
「お前があまり金を使いたくないことは知っているが、安宿に泊まるのはやめろ。一人では」
「気をつけます」
私は大人しく、頷いた。
そうよね、私はたまたま、運が良かっただけかもしれない。
今はジュリアスさんがいるから大丈夫なんて、気が大きくなっているけれど、自衛は大事よね。
「ジュリアスさん、お風呂に入ってきますね。お風呂、たくさんあるので、ジュリアスさんも良かったら入ってきますか? 着替え、おいておきます」
「あぁ」
ジュリアスさんが私を心配してくれるので、なんとなく照れてしまった。
私はいそいそとジュリアスさんの着替えを出してソファの上に置くと、逃げるようにお風呂に向かった。
ロジュさんにも一人旅は危ないと心配されたけれど、あの時はあまり深く考えていなかったように思う。
多分だけれど、あの時は私は失うものは何もなくて。
死にたいと思っていたわけではないけれど、生きる理由も特には見当たらなくて。
ただ、必死で。
だから、自分自身を守ることについて、自分自身を大切にすることについて、疎かになっていたのだと思う。
今は、違う。
それが凄く嬉しかった。ジュリアスさんも私と同じでいてくれると良い。
(……多分、大丈夫よね)
ジュリアスさんは、未来の約束をしてくれた。
一緒にのびた髪を切るという約束が、私の心の中で星の光のように輝いていた。




