おだやかな目覚め
ぱちりと目を開くと、不思議な幾何学模様の壁紙が張られた天井が目に入った。
天井には水滴を模したような錬金ランプがつり下がっていて、柔らかい光を放っている。
(雫型錬金ランプも可愛いわね。今度作ってみましょう)
天井を見上げながらそんなことを考えていると、「クロエ、起きたのか」という耳に馴染んだ声が聞こえたので、私は視線を天井から、声のした方に動かした。
私が横になっているのは、見慣れない部屋の白いベッドだ。
こぢんまりした何も無い部屋の、窓際の椅子にジュリアスさんが座っている。
記憶の中に残る最後に見たジュリアスさんは傷だらけで、両手も焼け焦げていたけれど、いまは綺麗さっぱり快癒して、いつもの特に身だしなみに気を遣っているわけでも無いのに、完璧な美男子のジュリアスさんである。
ただし人相は悪い。
長すぎて収まりの悪い足と腕を組んで座っているジュリアスさんは、お気に入りの黒いゆったりとしたローブ姿だ。
「おはようございます、ジュリアスさん」
「あぁ」
ジュリアスさんは短く返事をしただけだった。
いつもの皮肉が飛んでこない。どことなく、元気が無いように見える。
体の調子が悪いのかしら。大怪我をおっていたものね。まだどこか痛いのかもしれない。
「ここはどこですか?」
「プエルタ研究院の、治療所だ。ファイサルの指示でここにお前を運んでから、三日。……三日、お前は目覚めなかった」
ジュリアスさんは何かを噛んで含めるような口ぶりでそう言った。
歯切れの悪いジュリアスさんなんて珍しいものを寝起きで見てしまった私は、慌ててベッドから起き上がる。
ちょっとふらっとしたけれど、大丈夫そう。
そもそも私はあの戦いで、そんなに怪我をおっていない。
ジュリアスさんの方が重傷だったのに、私の方が長く眠っていたなんて、申し訳ないわね。
病衣なのだろう、私は白いすとんとしたワンピースを着ている。
寝起きで乱れている髪を、手櫛でささっとなおした。
「そんなに寝ていました? 三日も寝たお陰か、私は元気いっぱいです。ジュリアスさんは体は大丈夫ですか? 傷は治りましたか、どこか痛いところは?」
「急に起きるな。俺は問題ない。お前はまだ寝ていろ」
「ジュリアスさんが優しい。何か悪いものを食べましたか、それともやっぱりどこか痛みますか?」
ベッドから降りようとする私を片手で制して、ジュリアスさんが私の元へと来てくれる。
ベッドサイドに座ったジュリアスさんは、私の顔を何かを確認するように、じっと覗き込んだ。
「三日だ、クロエ」
「三日も寝ていたこと、怒ってます? お待たせしてしまってごめんなさい。でも、お陰様で魔力も回復したみたいですし、いつもどおりの万全な元気いっぱい美少女錬金術師クロエちゃんですよ。どこか痛いなら魔法で治しましょうか? それともお腹がすきましたか? それなら早く帰って――」
言葉が途切れる。
ジュリアスさんが徐に私を強く抱きしめたからだ。
痛みを感じるぐらいに強く、腕の中に閉じ込められる。
ジュリアスさんの方が私よりもずっと大きいので、すっぽりと腕の中におさまった私は、息苦しさに小さく身じろいだ。
「本当に、どうしました?」
「怪我は治っていた。それでも、お前は目覚めなかった。体力を根こそぎ奪われるぐらいに魔力を使い果たしたのだと、ナタリアは言っていたが……お前は、もう目覚めないかと」
囁くような声音で、ジュリアスさんは言う。
どことなく苦しそうな声音は、ジュリアスさんと一緒に居るようになった中で、一度も聞いたことのないものだった。
いつも自信に満ちていて、揺らぐことなんてないジュリアスさんなのに、今は違う。
呼吸が苦しいのは、きつく抱きしめられているせいだけじゃないみたいだ。
心臓の音がうるさくて、胸が苦しくて、どうしようもないぐらいに恥ずかしくて、嬉しい。
「あの、……ありがとうございます」
お礼を口にすると、一気に顔に熱があつまった。
「ジュリアスさん、案外心配性ですね。私は大丈夫ですよ。でもそんなに心配してくれるなんて、ジュリアスさん、実は私のこと大好きですね」
恥ずかしさを誤魔化すために、私は冗談めかして矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
そうでもしないと、なんだかよく分からないけれど、泣き出してしまいそうだ。
色んな記憶が、頭を巡る。
皆を守らなきゃと思ったこと。
一人でも頑張らなきゃと思ったこと。
でも、駄目だったこと。お母様の記憶や、声や、優しい気配。
「何を今さら。知らなかったのか」
てっきり、いつもどおり「うるさい。少しは黙れないのか、阿呆」なんて言われるかと思っていた。
けれどジュリアスさんからかえってきた予想外の言葉に、私の感傷は全て吹き飛んでしまった。
何も言えずに言葉に詰まる私を、少し体を離して至近距離で見つめてくるジュリアスさんの瞳は、真剣そのものだ。
夕日みたいな赤い瞳と、青空みたいな青い瞳が、真っ直ぐに私を見ている。
オズワルド・ディスティアナが抉ったジュリアスさんの片目は、今は私の作った錬金義眼が嵌められている。
――紛い物の瞳。
そう、オズワルドは言っていた。
けれど夕日と青空。二つの空の色を持つジュリアスさんが、私にとってのジュリアスさんで、紛い物の瞳かもしれないけれど、とても綺麗だと思う。
「クロエ。……一人で、よく頑張ったな」
「はい……っ」
ジュリアスさんが私を褒めてくれた。
それだけで――やっと、本当に全部が終わった気がして、私は目尻に涙をためながら、にっこり微笑んだ。
気になることは沢山あるけれど、今はゆっくり休もう。
焦っても、心配しても、仕方ない。
私たちは生きていて、世界は今日も穏やかに時を刻んでいる。
部屋の前で待機していたナタリアさんやルトさん、レイラさんたちが部屋になだれ込んでくるのは、それからほんの数秒後。
ジュリアスさんが、大丈夫だと言っても私の側から離れなかったとナタリアさんに言われて、私が盛大に照れるのも、まだほんの数秒、先の話だ。
長らく続いた二章もここで一区切りです。お付き合いくださってありがとうございました!
色々解決していないので、閑話でゆっくり、その後の話を書いていきますね。
三章で終わる予定ですので、次回もお付き合いくださるととっても嬉しいです。
ブクマ・評価ともども、いつも励みになっています、ありがとうございます!
それでは、お読みくださりありがとうございました!




