決別
だから、私は君が嫌い。
昔は違ったけど、今は嫌い。楽しく遊んだ記憶もあるし、一緒にご飯も食べた。
周りも別段気にしていなかったはずだ。いや、今だからその考えに至れるが、私達が小さい頃から大人達は意識していたのだろう。だからこその現状なんだ。
私の目の前に立つのは、顔の整った青年。服装からしても、家柄の良い坊ちゃんだと分かるだろう。
話術も巧みで、こちらを楽しませる配慮が感じられる。武術にも力を入れていて、国中の騎士の中でもそれなりらしい。未だ若いが、将来も期待されているという。
そんな男が、私の未来の旦那さんである。
友と呼べる人物は少ないが、皆こぞって私が羨ましいと口にする。それぞれに相手がいるだろうにもかかわらずだ。
そんな彼が何故、私を選んだのか。昔からの馴染みだからである。勿論それだけではない。私に愛情を持ってくれている。
彼は権力者の子供である。彼くらいの身分だと、大抵は何人かの女性を囲うものだ。それが当たり前の世界である。逆に言えば、家の繁栄のためには重要な仕事でもある。
自由な恋愛など物語の中だけ。両思いな夫婦もあるが、私達くらいの身分では本当に稀だ。少なくとも私の親戚にはいないだろう。そんな縛られた世界に生きるのが私達なのだ。
そんな中で、彼は私だけを愛すると言ってくれた。私も素直に嬉しく思った。彼が私だけを想うのなら、私も彼だけを想い生きるんだと。そう思うことにした。
長い付き合いだ。嫌な部分も沢山あるが、好いている部分もそれ以上にある。
恋愛感情があるのかどうか。そう聞かれれば、私は分からないと答える。この相手を好きだと思う気持ちが恋なのか。それが私には分からない。
お母様も好きだ。昔から世話をしてくれている使用人達も好きだ。それと何が違うのか。私にはまだ分からない。
別に彼が嫌だなんて思ってはいない。彼の嫁になる人は幸せになるだろうと、昔からそう感じていた。
ただ、それが自分に置き換えた時に分からなくなったのだ。私が彼の妻になる。彼の子供を授かる。彼と子供と、幸せに暮らしていく。私でいいのだろうか。
不安にも似たこの気持ちを、信頼していた第二の母とも思える使用人に相談した。返ってきたのは、彼を大事に思っている証拠。お嬢様にはまだ早かったのかしら? という言葉。
子供扱いされて、少しムッときたのを覚えている。一応、私の方から積極的に行動してみては。というアドバイスも貰ったので実戦した。
彼が遠方へ行けば手紙を出し、彼と会うたびに隣に寄り添い。急な変わり様に、彼も驚いたようだった。
でも、それでも彼が好きなんだと。愛しているんだと胸を張って言えない。
……
……
……
……
原因など最初から一つだった。最初から私は分かっていたんだ。ひたすらに隠そうとして、ひたすらに自分に嘘をついて。
私はあいつが嫌い。私はあいつが嫌い。私はあいつが嫌い。
そう言い聞かせる毎日だった。
私がどうこうできる問題じゃないのだ。私に選択権などない。彼と結婚すること。それが私にできるたった一つのことだ。
……
……
昔を思い出す。私と、彼と――もう一人。
三人で一緒に遊んだ日々。三人で一緒に食事をした日々。大人になるにつれ、三人では遊べなくなった。
身分の違いだ。
私が生まれたばかり頃だ。お父様は遠方へ出かけた帰りで、事故に遭った。幸い怪我は軽かったが、重傷者は何人かいた。
その中の一人。小さな赤ん坊を抱えた母親がいたのだ。お父様が駆け寄った時に一言だけ。
「この子を……どうか……」
最後の一瞬を、自身の子供への愛情に使ったのだ。
お父様はその子を孤児院へと預けることはしなかった。一層にお父様が優しかったし、私という赤ん坊が生まれたばかりなのもあったのだろう。その母親に情が移ったのだ。
周りが反対したこともあり、家族として迎え入れることは出来なかった。使用人として育てることになったのだ。
ほぼ兄妹のようなものだったように思う。何をするにも一緒で、離れることのほうが少なかった。
私にとって、唯一の特別だったのだ。
一歩先を行く存在に、いつも助けられていた。本当の兄妹の関係ではないことも小さい頃から教えられていたが、そんなの関係なかった。
小さい私は、そんなことで何かが変わるとも思っていなかった。
数年が経った頃、親の繋がりで一人の男の子が加わった。それが婚約者である彼だった。
二人だったのが三人に増え、いつまでもそうだと思っていた。でも違った。
元々使用人として迎え入れた男の子だ。一線を引かれ、立場を明確に分けられた。教育の日々の中で、ちょっと話すくらいならできた。だが、一緒に遊ぶことは一切できなくなった。
三人が二人に減ったのだ。お父様にも頼んだが、前みたいに戻ることは無理だった。寂しくはあったが、こればかりはどうしようもなかった。
たった一人が離れただけ。それだけでも私の生活は変わってしまった。何をしても身が入らず、楽しさを感じることも少なくなったのだ。
その内に慣れるだろうと考えてはいた。しかし、家族とも言える男の子の存在は、思った以上に私の心の支えになっていたらしい。
声をかけても昔のように会話ができない。遊びに誘っても断られる。食事も共にできない。
兄のように慕う存在が離れて、何年もの時間が過ぎた。活発な娘だったが、今は落ち着いて礼儀正しいお嬢様になられた。彼にプロポーズされたのは、そう言われるようになった頃だった。
彼も勿論大切な存在ではあった。でも、彼は特別な存在ではなかった。いつかは離れてしまうだろうと、心の中で思っていたのだ。彼も結婚し、家庭を持つ。私も同じだと、諦めないし覚悟はできていた。
それが、いつまでも一緒にいられるようになった。夫婦という特別な関係になれたのだ。
喜びに幸せに満ち溢れるはずなんだ。
嬉しかった。それは本心から思えた。もう、あんなに辛い思いをしなくていいんだと。
だから私はこうして彼にキスをする。皆に祝福され、涙を流し、夫婦の契りを結ぶ。
彼と結婚できて本当に良かった。でもそれは、私が君を嫌いになった理由でもある。
「私は今、幸せになりました」
だから、私は君が嫌い。
これからも世話をしてくれるだろう一人の使用人にそう言い、私は過去の私と決別する。