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序章

  月下に照らされた夜の森に足音が木霊する。

  草を掻き分け枝を払い、小さな影が走り行く。

  月夜に写るその影は小さな背丈の少女であった。腰まで延びた蒼い髪を振り乱し、黄色い瞳は真っ直ぐに前へと向く。吐き出す息は荒く、その足を止めることはない。


「はぁはぁ……、お母さんごめんなさい!」



 荒い息と共に吐き出されたのは、懺悔の言葉である。

 目尻に涙が浮かび、後悔の念が少女の胸を締め付ける。


 走る度に揺れる蒼い髪の隙間から少女の長い耳が飛び出す、それはエルフ族の特徴であり、少女がエルフ族であることをなによりも示した。


 少女の胸の奥で母の言葉が思い返される。


 ーー絶対に里の外に出ちゃだめよ。外には危険がいっぱいなんだから、リーナわかったわね?ーー


 リーナは分かっていなかった、エルフに生まれ里の中で過ごすとこ10年経つが里の外がどれほど危険であるのかを。


  吐息を吐き出しながら、リーナは黄色い視線を後ろへ飛ばした。


 視線の向こうへそれはいた。

 それは、人間の男だ。数は4人、どれもが成人した男であるのはリーナの持ち合わせる知識でも理解できた。

 全員が薄汚れた布の衣服を身に纏い、腰には月明かりを反射した鋭いナイフが下げられている。


 ーー人間は善人と悪人の差が酷い、特に成人した男を森で見かけたら盗賊と思いなさい、捕まったら最後2度と里には帰ってこれないわよーー


 リーナの母はよく危険について話してくれた。

 その知識のお陰から、リーナはある程度里の外についての危険性を知っていたが、外の世界を実際に歩きたいと言う衝動も等しくあった。


 運が悪いといえばそうだろう。たまたまリーナは里の外へ興味を持ち、母の留守を見計らいほんの少し里から外へ散歩していただけなのだ。日が落ち始め里へ帰ろうとした矢先に盗賊の一向と運悪く出くわし、リーナを見つけ追い回したのが全てなのだから。


「いい加減飽きたぜ俺等もよ!なぁエルフのお嬢ちゃん、鬼ごっこは疲れたろ?そろそろやめようぜ」


 盗賊達は嘲笑混じりの声を掛ける、リーナの逃走劇に男達は感心しながらもそれが終わりに近づいてるのを察していた。


 エルフのリーナは森の移動に長けている、だが男達の体力はリーナの倍以上、持久戦を強いれば捕まえられない道理はない。


「そろそろ終いだ!ーー武術ーー疾風猛進!」


 先頭をいく男は声をあげる。瞬間、男の体が大地を大きく蹴りあげ大きくはねあがった。


 まるで突風のように真っ直ぐに男の体は突き進む、木々を吹き飛ばし森の障害物など関係なしにリーナの間合いを一気に詰めた。そして、伸ばされた腕は少女の細い体を捕らえた。


「気持ち悪い!はなして!」


 細身の体に男の腕は大きく、体を包容するように全身をからめとられる。


 腕から伝う熱が酷く少女の気分を害した。

 男の腕から逃げることも叶わず、もがいていると後より三人の仲間が辿り来る。

  四人の男に囲われる、衣服のどこかからか、男達の汗に混じって血の臭いが微かにリーナの鼻孔を刺激する。


 圧倒的なまでの恐怖がリーナを襲い、全身が強張り震える。腕を回した男はその感触に思わず口許を歪め笑う。


 その惨めにもみえるエルフを前に男達は下品に口許を歪め笑みを浮かべた。


「どうすんだぁ?久しぶりに回してみるか?」



「おいおい、新品で変態貴族に売り付けるってはなしじゃなかったのかよ」



「最近ご無沙汰でよ、俺等もたまには摘まみ食いしたってよバチはあたらねぇだろ」


 少女の全身に男達の視線が刺さる、男達の会話の意図を理解できるほど少女は成熟していない。


 ただ、男達がエルフを拐う盗賊であるのは明白である。

  捕まったエルフは二度と里へは帰れない、リーナは親の言葉を思い出す。


「やめて!はなしてよ!」


 思考を巡らせ答えが出ると少女は体を大きく動かし抵抗した。


「へへ、暴れんなって!大人しくすりゃ意外と早く終わるかもしんねぇぞ、お前も痛くされたくないだろ?」


 腕を回した男が、強く少女を抱き締め抵抗を防ぐ。

 その間に他の男が少女の衣服を剥いでいく。


 叫ぶ少女の悲鳴など微塵にも動じず、男達は口のはし涎を足らしながら欲望に身を任せる。


 全ての衣服を剥がされると男の一人が布地のズボンを脱ぎ下ろす。

 小汚ない下着を露にすると、少女の知らない何かが大きな山を気付いていた。


 リーナの本能だろうか、全身に鳥肌が立ち今までで一番の恐怖が押し寄せた。


「だ、だれかぁ、誰か助けて!!」


 夜の森に悲鳴が浸透する。


 ここはエルフの里近隣、だがエルフ族は夜に里の外を出歩かない。もしかしたら自分を探しに母が歩いているかも知れないが、その悲鳴に応える声はない。


「なに、痛みは一瞬だ。直ぐに慣れる」


 もう嫌だ、少女は恐怖に負け涙を流し瞳を閉じた。

 これが悪夢なら覚めてほしい、そうすれば二度と母の言いつけを破ることはないだろう。


 お願いだから……、誰か助けて。


 涙を流す少女の顔に何かがかけられる。


 それは生暖かく、ドロドロとした液体である。


「ぐあっ!?」


 次いで男の短い悲鳴が漏れる。


 いったい何が起こったのか、少女の頭は混乱しつつも液体と男の悲鳴の正体を知るため恐る恐る瞳を開けた。


「……えっ?」


 それは血であった。


 真っ赤な血が少女の顔を濡らしていた。


 目の前の男は胸に大きな穴をあけ、そこから大量の血液が溢れでていた。血を流す男の背で気配が動く。



 その気配をリーナの黄色い瞳が捉える、そこにいたのは血のように赤い獣であった。


 赤い翼と赤い尻尾、赤い四肢に黒い瞳。

 体は人より一回り小さいが、頭部に二本の短い角を生やしたそれは、リーナの記憶であるところーードラゴンという種族であった。


 血を吹き出す男の亡骸を前にドラゴンの尻尾の先からは鮮血が溢れ落ちる、この事態を招いたのはドラゴンであるのは確かだろう。


「っな!こいつ!」


 盗賊の一団は声を荒げる、不足の事態に男たちは声に焦燥を混ぜながら、リーナを手放し腰の獲物へと手を伸ばした。


「ドラゴンは全滅したはずだろうが!しね亡霊がぁ!」


 残る三人の盗賊がナイフを片手にドラゴンを囲み、一斉に飛びかかった。


 体は身軽、ナイフの扱いも殺しの段取りも不馴れではない、盗賊はこの不足の事態へ焦りを覚えるも、思考を切り替えドラゴンを始末する。はずであった。


 それは刹那の出来事である、盗賊がナイフを持ち大地を蹴りあげた少しの時間、対するドラゴンは腰を捻り尻尾を男達めがけ振るった。


 空気が震えると、大地を蹴りあげ飛びかかっていた盗賊達の胸が裂ける。


 血を吹き出したそれは、力なくドラゴンの足元へと転がり立ち上がることはなかった。


 盗賊を圧倒したその存在は黒い眼をリーナへ合わせる、リーナもまた応えるようにそれを見つめ返す。気付けは瞳の涙が止まっていた。


 本来ならば恐れるはずの力をもったそのドラゴンを前にして、リーナは自然と安堵を覚えた、それはその瞳に盗賊以上の知性を感じられたからである。


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