第20話 不穏なる音
サンターナの人達と話し合ったあの日から、数日が経った。『ウエスト・サンドハーバー』の状況はあまり変わっていない。燃えてしまった倉庫や炎に焼かれて変色した土壁の家はまだそのままだ。破壊された強化蒸気鎧は何とか一カ所に集める事が出来たけれど、ここから港としての機能を復活させるには長い時間が掛かるだろう。
メイさんは、妹さんが住んでいる地区と言うこともあり、今回の襲撃に物凄く怒っていた。奴らと戦うならば、採算を度外視してサポートするって息巻いていた。いや、サンドハーバーに対する攻撃だけに怒りを持っている訳じゃない。船団の仲間を殺され、傷つけられたのだからその怒りは深い。
『ウエスト・サンドハーバー』の人達の怒りと悲しみは深い。そして、今日その怒りが爆発しかけたんだ。その矛先は、スカイスチームより逃れてきたサンターナの人達や彼らに付いてきたスコットさん達に向けてしまう人が出てきた。勿論少数派だけど、襲ってきた連中の仲間じゃないかと激高して怒鳴って。それに対して、ルシオに助けられた人とかは、馬鹿を言うなと怒鳴り返して……一触即発の事態になりかけた。その光景を見ていたら、昔の事を思い出して、妙に心臓がバクバクしてしまったけれど……。そこにレイジーがつかつかとやってきて、その二人を殴ってしまったんだ。そして言い放った。
「うだうだうるせぇっ! 拳で語れってんだっ!」
その後? ギスギスした空気は無くなったけど乱闘騒ぎが起きたよ。もうちょっとやりようが在ったんじゃないかと思うんだけど、その一件以来、変な蟠りは取り敢えずは無くなったみたい。それを一緒に見ていたエリックが、ボソッと言ったんだ。レイジー、割と脳筋だよねって。ボクもそう思う。結局、レイジーは目の回りにあざとか作って、マリオン大佐にしこたま怒られてた。
夜、メイさんの船でご飯を食べている時に、ネイさんがレイチェルと一緒にやってきた。凄く疲れた顔をしていて、何時ものテンションじゃなくて、何だか大人しいのが印象的。ご飯を勧めるメイさんに頭を左右に振って、ネイさんは驚くべき話を始めたんだ。あのレイジーに破壊された蒸気鎧に搭載されていた恐ろしい物について。
火を噴く腕も怖かったけど、あの蒸気鎧の最悪の武器は音なんだって。ある種の非常に小さな音を出すことで人をイライラさせて、酷い状況を引き起こすって。まだ使える幾つかの機械を地下に持って行ったネイさんが、その内の一つを弄っていたら、地下の研究者達がちょっとした事で口論を始めて、終いには殴り合いになったんだそうだ。正直、何て酷い兵器なんだろう……って、引いた。
その騒動にかネイさん自身もイライラして、怒鳴り散らしてしまったらしい。でも、一人冷静なレイチェルが、ネイさんが弄っていた機械から微かな音が出ていることに気付いて、試しに止めた。すると、皆、割とすぐに冷静になったんだそうだ。
それを目元が痛いとか呟きながら聞いていたレイジーは、眉根を顰めて考え込み。そして、ふらっと出掛けて行った。如何したんだろうと思ったけど、ボク達は大事は無いと食事を続けた。まあ、レイジーだしね。食事の間、ネイさんがこの機械如何しようかなとかメイさん愚痴るのを聞き、それも終わる頃合いになってレイジーは戻ってきた。サンターナの会長さんやルシオ、それにスコットさん達スカイスチームの人間を何人か集めて。そして、皆を前にレイジーが言い出した事は、とんでもない事だった。
「以前、スカイスチームに赴いていた伝えきた話や、今回、改めて聞いた話からある結論が導き出せた。それが何かと言えば、襲撃に用いられたと言う蒸気鎧に搭載されていた音響兵器だが、スカイスチームの七年前の大暴動に関係していると思う。」
って。
レイジーは当時を知る人から色々と聞いてそう結論付けたみたいだ。最初はその意味が良く分からなくて、何を言っているんだろって思った。でもね、話を聞くうちに、体が勝手に戦慄きだした。だって、あの日の、家族を失ったあの日の出来事が、仕組まれた物だっていうんだよ! そんなの信じたくない……。
「待ってくれ、レイジー! それは、それは流石に……!」
「聞いてくれ、スコットさん。実はボクは前から奇妙だと思っていたんだ。ヴァレリアノさんは、パストルの旦那のご子息は、喧嘩は強かったんだろうが温厚だったんだろう?」
驚きの言葉を告げるスコットさんを遮るようにレイジーは言葉を続けて、持論を展開した。お父さんの事について、レイジーは何を知っているんだろうか?
「その彼が愛する者を失い、怒りに身を任せる。……分らなくはない、人間そう言う激しい部分はあるだろう。だが、今一人の愛する者を捨てて復讐に全てを捧げられるのかって。危険な目にあっていた子供を残して、母を失い恐怖のどん底に居た子供を残して、何も考えずに、暴れまわれるのか? それこそ全ての命を燃やし尽くして?」
レイジーの言葉は、ある意味ナイフのような鋭さを持って、ボクの胸に、心に刺さった。あの時の事をレイジーは語っている……。あの夜の事を。仕組まれた事だと言うレイジーに反発したい気持ちと、妙に納得している気持ちとがごちゃ混ぜになって、何を言えば良いのか分からない。
「ボクはそうは思わない。通常の状態だったら、子供がストッパーになり、そこまで出来ないはずだ。人間、狂おうにも簡単には狂えやしない。何か一押しがあったんじゃないかって、考えていた。」
無論、愛する者二人をを同時に失えば、そうなるのも頷けるんだがと呟きながら、レイジーはうろうろと室内を歩きだす。自分の胸元辺りで指先をぐるぐると回しながら、語り続ける。
「それに、暴動の流れもおかしい。終いには民家に侵入してやりたい放題だぜ? 店や炭鉱府の建物じゃなくて。幾ら鉱夫が荒くれ者だからって、大抵家では良き息子、良き夫だ。そいつらが、賃上げを願ってデモをして、なんで暴徒に変わってるんだ?」
「そうは言うが、数日前から不穏な空気で……。」
スコットさんの抗弁は、しかし力がない。確かにあの数日は異様な空気だった。最下層のスラムでだって、あそこまでの空気を感じた事は無い。皆が苛立ち、或いは怯えて過ごした……。
「まってよ、レイジー! ボクは、ボクや母さんはイライラなんてしてないし、怖かっただけなんだよ? 流石に考えすぎじゃ……。」
「個人差の範囲内だと思う。或いは、発生源から遠かったのか。」
ボクの言葉はにべもなく否定された。何だよ、そこまで言うなら何か証拠でもあるのかよ……。拗ねると言うよりは、苛立がボクの心の中に生まれる。何か言い返そうか、いや、言い負かそうかと考えだした矢先に、ベアトリクスとマリオン大佐が表へ出て行った。突然の行動に拍子抜けしたボクの耳に、ルシオの声が届く。
「おい……不快な音が風に乗り聞こえてくるんだが。」
「ここにも二機いるだろう? 例え侵攻が失敗しても、残骸は残る。蒸気鎧が破壊されれば、壊れる可能性もあるが……それでも、数機から数十機分の音響兵器が一つの街で響き渡ればどうなるかね? 残骸処理なんて、後回しだろうし。」
音……。ボクには聞こえないけれど……。まさかマリオン大佐たちはそれに気付いて止めに行ったのかな? え、何? するともしかしてさっきのボクの気持ちとかもそれの所為なの? もしかして、昼間の騒ぎも……? ……余程ボクが酷い顔色だったのか、サンドラがボクの傍に来て肩を抱いてくれた。ありがとう、サンドラ。少し落ち着いたよ……。
「これも……?」
「フラハティでしょうね。……流石にあの二人は仕事が早い、止まった。」
パストルさん、サンターナ製鉄の会長さんの言葉にレイジーは頷いて、それから音が聞こえなくなった事を確認したのか、そんな事を呟いた。そうして、ルシオの方に視線を向けて言ったんだ。
「お前さ、何でフラハティから離れた? ボクの忠言に従っただけじゃないだろう? 何を見て、何を知った? それが今後に重要だ。」
「……そうだな。信じてもらえるか分からねぇが……。あの後、俺はフラハティに襲撃失敗を報告した。奴は鷹揚に頷いただけだったんだが……。俺の怪我を手当てした機械兵を覚えているか?」
「ああ、止血してたやつな。あの子はどうしたんだ?」
「メモリギアを破壊された、フラハティに。感情など不要だと言ってな。俺を勝手に手当てした事であいつは殺されちまった。……それに対す憤りと、レイジー、アンタの言葉、それにぼろくそに負けた事で熱から覚めた感じになって、野郎を見たら……顔が無かった。いや、頭はあるんだがまるで鏡面の様な仮面をつけた何かが其処に居たんだ。……俺は今では奴がどんな顔だったかすら思い出せない。だが、あの鏡面の様な仮面だけは忘れないだろう。」
そう絞り出すように告げたルシオの顔には、紛れもない恐怖の表情が浮かんでいた。矢張り、そうだったんだ。顔の無いフラハティ……『フェイスレス』フラハティ。奴こそが戦争の際に人類と戦った恐るべき敵の一人……。




