第16話 死の灰を撒く八人
偶然だろう、そう思うしかない。戦争時代のメモリギアからフラハティの名前が告げられたのは、偶々同じ性の人間だったと言うだけの筈。それが一番可能性があるし、当然の判断の筈なのに。何で、こんなに重苦しい空気がこの場を包んでいるの?
「死の灰を撒く八人とは?」
レイジーは口元をへの字にしながらも、小型蒸気計算機に声を掛ける。驚いた事に、レイジーの声を聴いてメモリギア『フブキ』は返答を返したんだ。
「|蒸気計算情報網統括計算機、ギブスン・スターリングの先兵。人類排斥の判断を下したギブスン・スターリングにより選別された八人の兵士。各人が専用の蒸気鎧を持ち、戦闘能力が高く一機で百機の蒸気鎧を相手に勝利しています。」
は? 意味が全く分からない。蒸気計算機が人は要らないって決めたの? それに、幾らなんでもそんな戦力差を覆せるわけがない。一機で百機? そんな馬鹿な事は……。
「『フェイスレス』フラハティとは?」
レイジーの問いかけに、メモリギア『フブキ』は暫し考え込むように黙り。
「諜報活動、破壊工作に長け、扇動家としても優秀。ステルス性能に優れた機動蒸気鎧デサピアを纏う。」
「最後に交戦したと報告していたが?」
「ありえぬ場所より攻撃を受けて腕部、胸部破損。攻撃の直前まで感知できませんでした。」
レイジーはそこまで聞いてため息をついた。そして、聞きたいことがある人は色々と聞いてみると良い、そう言ってモニタから離れたんだ。案の定、ネイさんが齧り付く様にモニタの前に陣取れば、あれこれと質問を始めた。ちょっと専門的過ぎて良く分からないや。
一方のレイジーは、小さく息を吐き出して険しい表情で、あらぬ方を向いている。如何したのかと問いかけようにも、随分と険しい表情に誰もが言葉を掛けるのを躊躇った。その時だ、何か小さなものが落ちる音が響いた。石で出来ているけど、それ程重くない物が、ことりと地面に落ちたような音。
何かと思ってそっちを見ると……レイジーの神様の像が落ちていた。あの柔らかそうな毛に覆われたカエルの様な、それでいて蝙蝠の羽のようなものが背中についている、あの石造りの像。見つけた瞬間、ぎょっとした。だって、あれはレイジーの寝室に。つまり、今はサンドクルーザーの一室にある筈なんだ。皆も気付きだしたのか、小さな声を上げて押し黙ったり、ただただ訝しんだりしている。
レイジーも気付いたのか、その石像の元に歩いていき、拾い上げた途端。あの音が響いた。バンカーが襲撃される前に響いたあの音。金属と金属をこすり付けて金切声でも上げさせたかのような不快な音が一瞬響き、消えた。レイジーは石像を懐に大事にしまえば、考え込むように瞑目して。それから不意に目を開けば言った。
「見た事のない蒸気鎧が凄まじい速度で迫ってくる。……セイヴァリのメモリギアが起動したことを感知したのかも知れないな。」
メイさんは、何の事だと言う顔をしていたが、ボク等にはレイジーの言葉が真実だと分った。レイジーの神様が態々知らせに来たんだと言うことも。
「……余程の大物か。スカイスチームのフラハティとやらは、件のフラハティ自身かも知れんな。」
信じがたい言葉だけど、ボクはなぜかその言葉に得心していた。それが、正しいと感じてしまった。すると不意に、頭の中に声が響いた。時々聞くお爺さんの声。ここ最近聞いていなかったけど、また聞こえるようになったみたいだ。
「消えゆく意識のまま、死を受け入れんとしていたのでな。……しかし、ライネよ、若い娘よ。お主、場合によっては玲人に教えを乞うべきかもしれんな。中々の才がある。」
何の才があり、何の教えを請えと言うのだろう、このお爺さんの声は。いや、依然見た夢の記憶が確かならばこの声は……。
「ライネ、如何したの? 早く戻ろうよ。」
不意にエリックに声を掛けられた。はっとして其方を見ると考え込んでいたボクを訝しそうに皆が見ている。
「ご、ごめん。」
謝ってから、何処に行くのか聞いて居なかった事に気付いた。……ここは、黙ってついて行こう。変な事を言って心配かけても不味いし、それに……。
「それに、儂の事はまだ知られない方が良い。特にレイジーにはな。」
……っ。訳知り顔なお爺さんの声に少しだけ苛立ちながら、ボク等は研究者が籠っている地下から地上へと出た。そして、周囲を警戒していたんだけど……特に何も起きなかった。30分、1時間と警戒していたけど何も起きないんだ。流石に今回はレイジーの神様が勘違いしたのかなって思った瞬間。『ウエスト・サンドハーバー』の方から大きな音が響いた。まるで砲声のような激しい音が連続して響いたかと思えば、微かに人々の悲鳴のようなものが聞こえた。
一瞬、何が起きたのか分からず、ただ体を強張らせていたんだけど、『ウエスト・サンドハーバー』に向かってレイジーが突如走り出した。
「人類を根絶させるんなら、行き掛けの駄賃で街の一つは破壊するってか、畜生っ!!」
そう叫びながら。
慌ててボク等も後を追う。走るたびに舞い上がる砂埃。傾き掛けているとは言え太陽は、まだ熱を大地に吹き込んでくる。そんな中、駆けて、駆けて、駆けていくと向こうから砂埃を舞い上げて、美しい蒸気鎧が滑るように進んでくる。二本の足で走っているんじゃない、大地を滑っているんだ! その美しく、そして怖気の走るデザインの蒸気鎧は右手をこちらに向けて伸ばした。シュッと音がしたかと思えば、視界を真っ赤な炎が塞いだ。迫りくる熱を前に、ここで死ぬのかと何処か冷静なボクが考えていた。




