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第七章 寮祭実行委員会

 寮祭において、三棟ある男子寮は四階の、各階ごとで企画を行う事になっている。女子寮である野薔薇寮は、過去二年間は企画を行っていなかった。人数が少なかった事も理由のひとつだが、そもそも『なにかしよう』と声をあげる者がいなかったのだ。


 マルガは、ゲルトから、過去の寮祭の記録を借りて、いままで行われてきた寮祭の企画について自分なりに傾向を把握した。


 おおまかに言って実施されるのは、模擬店、劇や歌など、舞台を使った出し物だ。

 寮祭当日は、食堂に舞台を作り、そこで各々企画を行う。模擬店は、共有部分であるサロンや、庭にテントをはって行う。舞台の時間割り振りや、模擬店の場所については、あらかじめ選出された実行委員によって割り振らる。


 もし、野薔薇寮から寮祭に参加するのであれば、まず実行委員に誰かを送り込む必要があった。


「そんなの、私がふさわしいに決まってるじゃないの!」


 意気揚々と、イリーネが宣言した。……話は、少しだけ遡る。


 寮祭に参加してみないか、マルガはまず同室の二人に相談した。

 メルセデスもエラも、大いに興味を示し、マルガはひとまず安心した。ゲルトから借りた昔の記録を広げながら、二人へ自分なりに整理した話を交えつつしていると、自分の机で課題をやっているイリーネがちらちらと様子を伺っている。


 なんとなく、マルガは、イリーネはこちらから誘うよりも、自分から『入ってあげる』という体を作る必要があるのではないかと考えて、『敢えて』直接声はかけなかった。


「模擬店はいいかもしれないわね、男に給仕されるより、女性から給仕を受けたい人の方が多いような気がするもの」


 修道院育ちのはずなのに、やけに世間擦れしたエラが言った。


「お芝居よりは、参加しやすい気がするね、協力してくれる人も多いんじゃないだろうか」


 メルセデスも、興味を持っている様子だ。


「給仕用のエプロンをおそろいに作るのも楽しいかもしれないね、衣装がかわいければ、皆が参加したがるかも」


 マルガは、そう言ってチラと、イリーネの方を見た。あわてて本で顔を隠すような素振りをするが、椅子が三人の方を向いている。


 ここだ、と、思って、マルガはイリーネに声をかけた。


「イリーネは、こういうの興味ないよね? あなたなら友人知人も多いし、参加してもらえたら、多分とても助かると思うのだけど」


 マルガが言うと、エラとメルセデスも次々と併せるようにして言った。


「あー、確かに、準備をしても、誰も来ないのでは……ね」


 マルガの意図に気づいてエラが言い、すぐ横にいたメルセデスを小突く。


「そうそう! 私達、友達少ないもんね~」


 三人声を揃えてイリーネを持ち上げると、


「しょうがないわね、あなたたちときたら!」


 待ってました! と、ばかりに、イリーネは本を置き、いそいそと自分の椅子を持ってきて、話の輪に加わった。


 企画の概要についての話し合いはもちろんだが、寮祭に参加するのであれば、野薔薇寮を代表して委員をたてる必要があるだろう、という話になった。


 ……結果、イリーネが立候補したのだが……。


「その前にユリアーナに話を通しておかないと」


 マルガが言った。


「そんなの! 不要よ!」


 ユリアーナを一方的に敵視しているイリーネがそう言い出すのは想定の範囲内の事だった。


「でも、参加するとなったら、野薔薇寮として参加って事になるでしょう? 監督生がそれを把握していないのはおかしいわ」


 マルガが言うと、さすがのイリーネも沈黙してしまう。


「では、こうしたらどうだろう」


 メルセデスが言い出した。


「まず、マルガとイリーネでユリアーナの元へいき、ここまでの顛末を説明してみれば? その上で、イリーネが野薔薇寮代表で実行委員として寮祭に参加すると言えば、ユリアーナ自身で何かしら動く必要もないし、否とは言わないんじゃないだろうか」


「そうね、じゃ、行きましょうか、イリーネ」


 そう言って、マルガが立ち上がった。


「えっ!? もう? 今すぐに?」


 イリーネは驚いて不平を言う。


「あら、こういうのは早い方がいいのよ、イリーネ」


 マルガは、少し腰が引けているイリーネの手をとって、そのまま部屋を出て行った。


 二人を見送ったエラとメルセデスは、互いに目を合わせて拳を合わせ、「よしっ!」と、もくろみの成功を喜んでいた。


「よし、これでまず第一関門は達成、と」


 エラがやれやれといった様子で言った。


「外からぎゃあぎゃあ文句を言われるくらいなら、巻き込んでしまった方が御しやすいからね、マルガもけっこうな策士だなあ」


 腕を組み、メルセデスも関心しているようだった。


 ユリアーナは自室に居た。今日は副監督生のフィーネも在室で、課題の合間の、ちょうど休憩をしているところのようだった。


「……めずらしい組み合わせね」


 マルガと共にやってきたイリーネを見て言ったのはフィーネだった。フィーネは、物珍しそうな様子で話に加わり、彼女自身も寮祭の参加に興味をもったのか、四人で話は始まった。


「私はいいと思うけどな、去年も一昨年も、参加したかったよね、ユリアーナ」


 フィーネは、過去の寮祭を思い出しているのか、残念そうにユリアーナに向かって言った。


「あまり目立つ事をするのもね……」


 ユリアーナは少し消極的な様子だ。


「ユリアーナはあれを心配してるんでしょう? 一部の、王太子殿下にお近づきになりたい面々が牽制し合う事を、ま、ここにも一人いるけどね」


 フィーネはイリーネを見ながら言った。


「失礼な! 私をあんな方々と一緒にしないでください」


 え、何か違い、あったっけ? と、マルガだけでなく、おそらくフィーネも同じ事を考えていたようで、マルガとフィーネは視線を合わせて、目で互いをわかり合った。


「まあ、多分あっちも同じ事を言うんだろうねえ……」


 しみじみとフィーネが言い、もう一度ユリアーナに対して言った。


「けどさ、皆が皆、そうではないって、ユリアーナも知ってるでしょう? せっかく皆、学院に入ったのだから、行事を楽しみたいと思っているよ、少なくとも私は」


 マルガは、自分で言おうと思っていた事を、フィーネが代弁してくれたので、心で拍手喝采をしつつ、小さく手を叩くポーズをフィーネに見せた。


「フィーネの言うことも一利あるわね……」


 唇に指をあてながら、ユリアーナは思案しているようだ。


「わかったわ、マルガ、イリーネ、ただし、実行委員が一人では、負担が大きいし、大変でしょう? マルガ、あなた、イリーネと一緒に実行委員をやってみる気はない?」


 それも、望むところだった。マルガは狙い通りに事が進んでいる事に少しだけ怖気づきながら、同意した。


 かくして、ひとまずマルガの狙い通り、マルガとイリーネは野薔薇寮代表として、寮祭実行委員会へもぐりこむ事に決まった。


 実行委員会は、南寮一階にある会議室が使われる。


 南寮一階は、西寮、東寮、南寮からそれぞれ代表を出し、一年間、監督生がまとまって起居する一角がある。


 本来の部屋はそれぞれの寮内にありながら、監督生として各寮の調整をする為、一年だけ南寮一階にある監督生用の部屋で生活する事になっているのだ。


 この制度は、寮の運営、自治を行う為に定められた制度で、監督生を経て後、宮廷官僚として頭角を示す者も多い。


 ユリアーナとフィーネは、女子寮の監督生である為、南寮一階で起居する事はしていないが、週に一度、野薔薇寮の代表として、会議にのみ参加はしていた。


 王太子レオンハルトも、昨年度は監督生として、南寮一階で寝起きをしていた。もちろん、将来の官僚候補達と親交を深める為だ。


 寮祭の実行委員は、監督生は含まれていないが、当然、各男子寮の代表が大半を占める。マルガは緊張したおももちで席についていた。イリーネの方は、そつなく、かつまた男子寮生に知り合いが多いゆえか、普段通りの様子で席についていた。


「やあ、来たね」


 マルガに声をかけてきたのはゲルトだった。

 知らない人ばかりの場所にいたマルガは、見覚えのある顔を見て少しだけほっとした。


「ゲルト、はい、なんとか、ここまでは」


 マルガは少し心が折れそうになっていた為、力なく笑った。


「君らしくないね、少し元気が無いみたいだ」


 そう言うと、ゲルトはマルガの肩をぽんぽん、と、叩いてそのまま議長席の方へ着席した。

 マルガは、ゲルトに触れられた部分が熱くて、鼓動が高まっていくのを自覚した。

 ゲルトは、長身でいかつく、目つきも悪い。初めて見た時の印象は『怖そう』だったのに、今は、それがとても頼もしく見える。


 無事、第一回の会議が終わり、マルガはイリーネと共に野薔薇寮へ向かう廊下を歩いていた。


「……マルガ、あなた、ゲルト様とお知り合いだったの?」


 会議中ずっと気になっていたようで、開口一番、イリーネはマルガに尋ねた。


「あー、うーん、そうだね、ちょっとした事で、まあ」


 ユリアーナと王太子の事で相談にのってもらっているとは言えず、マルガは言葉を濁した。

「あの方、王太子殿下の護衛なんでしょう? おそばを離れていていいものなのかしら」


「ああ、そうなんだ、イリーネは、本当、詳しいね、色々」


 自分が聞かれたくない場合は、相手に話をさせるのが定石とばかりに、マルガはイリーネに話を向けた。


「ゲルト様は、本来は騎士でいらっしゃるのよ」


 なるほど、あの鍛えぬかれた身体は武人のものだったのか、と、マルガは納得した。


「代々軍人を排出されている家の方でね、だから、本当は王立学院ではなくて、士官学校の方へ入る予定だったところを、王太子殿下に請われて共に学院に入学したんですって、文武両道を体現されたような方で、野薔薇寮の中には、王太子妃にはなれなくても、ゲルト様のお目に止まれば……なんて、思っている子も多いんだから」


「へー」


 力なく、マルガは答えた。マルガの知り合いにいる軍人といえば、沿岸警備の騎士達くらいだったけれど、よく言えば無骨、悪く言えば乱暴者が多く、時折父が催すねぎらいの宴でも、少しはめをはずしすぎて、高歌放吟する様子しか思い起こせなかった。


 ゲルトは、一見すると怖そうではあったけれど、実際に話をしてみると、聡明で、知性的な事がよくわかった。物語に出てくる騎士様とは、少し様子の違う外見だったけれど、優しい瞳に、時折吸い込まれそうになる。今日も、触れられた手が大きく、あたたかだった。


 けれど、ゲルトも、本来は美女をはべらせて、酒をあおったりするような、マルガの知っている軍人のような一面があるのだろうか。だとすると少しイヤだな、と、思った。


 会議が終わり、マルガとイリーネが女子寮に戻るのを見届けたゲルトが、会議室に戻ると、書記をやっているルーカスと、副委員長のオラフと、会議後のとりまとめをしていた。


「やっと野薔薇寮の乙女たちは参加する事に決めたんだな」


 そばかすに赤毛、小柄で目端のきくルーカスが、書き終わった記録を束ねながらゲルトに言った。


「王太子殿下とお近づきになりたい勢が、ようやく落ち着いてきたんじゃないか?」


 ゲルトではなく、メガネをかけた副委員長のオラフが、メガネをなおしながら言った。


「せっかく女が近くにいるのに、うかつに声もかけられない状態が何年も続いたからね、今年の寮祭は皆こぞって参加するだろう、ゲルト、お前、何か仕込んだのか?」


「いや、俺は別に何も」


 ゲルトは、純粋にマルガに協力したくて、寮祭参加を勧めたが、結果的に男子学生全体から、女子学生に注意がいくようになりそうな現状は、まずかったのではないかと、少し心配しはじめていた。


 配慮が足りなかったか、と、ゲルトが今更思っても、すでに話は動き始めてしまっている。


「あの、野薔薇寮代表の二人、これから毎回会議に来るんだよなあ、まあ、一人はあからさまに殿下を狙っているようだけど、もう一人の娘、なんていったっけ」


 書記のルーカスに、副委員長のオラフが尋ねる。ルーカスは委員会参加者の名前の記録を取り出して、確認しながら答えた。


「マルガ……かな? ああ、彼女、ちょっといいよな、目端がききそうというか、かしこそうな感じもいいし、おとなしそうなんだけど、芯がありそうな感じっていうの?」


「ゲルト、最初に話しかけてたよな、知り合い?」


「あ、ああ。作文の講義で一緒に」


「あー、俺も作文にすればよかったなー、でも、実験は、器具がいるし、一人じゃできないからなー。まあ、実験の授業はあっちはあっちで、長身の美女と、お硬そうなのが一人、ちょっと目立つのがいるんだよな」


 ルーカスとオラフが、野薔薇寮生の中で誰が美しいか、などと話を広げている中、ゲルトは少しおもしろくなかった。


 マルガが、他の男子学生からじろじろ見られる、それだけで何故かイライラする。ゲルトは思いながら、次に会えるのは、授業だろうか、委員会だろうか、それとも……と、マルガと話をする事を楽しみにしている自分に気づいていた。

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