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第四章 三者三様、学ぶ理由

「王太子殿下もけっこういい性格してるねえ」


 晩餐会が終わり、自室に戻ると、早々にイリーネは寝室のベッドに潜り込んでしまった。


 マルガが少ししゃべり足りないと思っている事に気づいたのか、エラがお茶をいれてくれて、マルガとエラ、メルセデスの三人は、各自の備え付けの椅子を持ち寄って、中央で車座になってお茶を飲みながら少しおしゃべりをする事にした。


「あ、今度のお茶は緑色じゃないんだね」


 マルガが言うと、


「緑茶は、眠る前に飲むにはよくないのよ、利尿作用があるし、眠れなくなるから、……これはハーブティー」


 そう、エラに言われて、マルガが一口飲むと、昼間メルセデスにいれてもらったのとは違った、優しい、草原の香りのようなお茶だった。


「エラはいろいろな事を知ってるんだね」


 マルガが言うと、


「あ、それ言っちゃうか」


 メルセデスがぼやいた。


「どういう意味?」


 マルガが尋ねると、


「その話をエラにふると、ご高説が始まるから」


 メルセデスが肩をすくめた。


「あー、まあ、その話はまた今度、今の話題はやっぱりあれだろう、王太子殿下の話」


 エラはもう少しお茶について語りたそうではあったが、自分から話題を王太子に戻した。


「実際、うっとおしいと思ってたんじゃないかとは思うよ?」


 エラは続ける。


「女子学生は、在校生、新入生全部合わせて六十人ほどいるけれど、あからさまに王太子殿下に粉をかけるような無作法者はいなかった、……イリーネが来るまでは」


 そもそも、王太子妃候補云々というのは、イリーネ自身が言っていたのだ、と、マルガは思い出していた。


「……大丈夫? イリーネ、起きてきたら気を悪くしない?」


 マルガは、寝室の方をうかがうようにして言ったが、


「イリーネは一度寝たら起きない……というか、いびきがひどいんだ、今も聞こえて来るだろ?」


 メルセデスが言った。


「あの地鳴りというか、いびきが聞こえているうちはイリーネは眠っているという事、まあ、イリーネは良くも悪くも少々な事で折れるような人柄では無いと思う、それほど長い付き合いではないけど」


 と、エラも続ける。


「自分でも言ってるしね、王太子妃になるのは自分こそがふさわしいって」


「言い切っちゃうんだ……」


 マルガはつぶやいた。


「私は好きだけどね、イリーネのそういうところ、裏表が無いし、して欲しい事をはっきり言うし」


「そうだね、イリーネがはっきりと敵愾心を出すのは殿下に関する事だけだから」


 メルセデスが続けた。


「ちなみに、マルガはどうなの? やっぱり王太子妃狙い?」


 エラに言われて、マルガははっとした。


「うーん、見初められたら素敵だなあ、とは思っていたんだけど……」


 マルガは自分の感じた事を素直に言った。そう、それこそ、物語のように、無条件に王太子に愛されて、愛をささやかれたら素敵だなあと思ってはいた。

 けれど、たとえばイリーネと妍を競って、寵愛を得たいか、といえば、正直微妙ではあった。


「……よく、わからない、私は、学院に入れば、少なくとも在学中は本を好きなだけ読めると思ってたから」


「マルガは、本が好きなんだね、どんな本が好きなの?」


 メルセデスに尋ねられて、マルガは少し恥ずかしそうに答えた。


「『根源に至る恋物語』とか?」


 男装して入学試験に合格するほどのメルセデスや、一枚布からみごとなドレスを即興で作っていまうようなエラと違って、ロマンス小説を読むことが好き、と、口に出して言うのは少し恥ずかしい気もしたけれど、嘘をついてもしかたないのでマルガは答えた。


「すごいな! 名作じゃないか」


 メルセデスが言った。


「哲学、修辞学的な評価が高いだけでなく、あらゆる分野の芸術にも影響を与えている古典的名著ね。というか、もしかして全巻読んだの?」


 エラも続ける。


「あ……領主館の図書室にあったから……」


「全巻って、五十四巻全部? すごいな、象牙の塔や王立学院以外に全巻揃っているところってあまりないんじゃないかな」


 メルセデスが驚きつつ言った。


「たいていは、有名な下りを書き下した簡易版だったりするから……、私も原典は読んでないな、有名な、『島送り』の話と『花嫁選び』あたりは読んだことあるけど」


 と、エラ。


「え……そうなの?」


 マルガは素直に驚いていた、『根源に至る恋物語』がそんな位置づけの物語だとは思ってもみなかった。確かに、子供の頃は難しいと思って、少しずつしか読めなかったけれど、じっくり何度も読み進めているうちに、だんだんおもしろくなっていって、気が着くと繰り返し読んでいたのだった。


「だって、挿絵もあって、親しみやすかったし」


「挿絵付きの『根源に至る恋物語』全巻通巻って、それ、かなりの値打ち物じゃない?」


 エラが驚いて様子で言うと、


「『根源に至る恋物語』だったら、専門に研究している人がいるはずだよ、ここじゃなくて、象牙の塔の方だった思うけど」


 メルセデスが捕捉するように言った。


「専門に研究……そんな事ができるんだ……」


 マルガは自分でも反芻してみた。


「象牙の塔と言えば、メルセデスこそ、王立学院では無く、象牙の塔を目指した方がよかったんじゃないの? あそこは確か男女の別無く学べると聞いているけど」


「うん、……ここに、王立学院に来たかったんだよ、私」


「それは、王太子妃狙いってやつで?」


「あー、イヤ、そうじゃないんだ、そうじゃあないんだけどね……」


 メルセデスは、それ以上の追求を避けるように、自分から語った。


「教えを請いたい先生がいるんだよ、王立学院に」


 少し頬を上気させて、恥ずかしそうにそう言うメルセデスはキレイだった。さっきエラがシーツで作ったドレスを着ている時よりも。

 もしかしたら、メルセデスはその先生に恋をしているんじゃないだろうか、マルガは思った。


 そして、そんなメルセデスを少しうらやましいとも思った。


 そうか、恋をする事だってできるのかもしれないんだ。マルガは、そんなあたりまえの事にいまさら気がついた。


「エラは?」


 今度はメルセデスがエラに尋ねた。


「あー、私? 私は、単に修道院を出たかったというのと、家政学を体系的にまとめてみたくて」


「家政学?」


「まあ、家庭における家事全般を学問として昇華したものの総称とでも言えばいいのかな、子供を育てるには、教育の基礎的な部分や、医学、薬学、家事としての料理には栄養学だったり、今までは経験則で行っていた部分を学問的に解析して、経験知を学識まで高めたい、というか……」


 マルガは、エラの言葉にいまひとつピンときていないのだが、要は今は何となく、『昔からこうだから』という理由のみでやっている事を、理論的に解析して、知識として体系化したい、という事なのかなと理解した。


「……なんか、壮大だね」


「なんか、偉そうに言ってるけど、要は、口うるさい婆さん連中を論理でひっぱたきたいってだけなんだよ、私」


 照れくさそうにエラは笑った。


「私、孤児だったって言ったでしょ? 生まれてすぐに修道院に預けられて、そこで育ったんだけど、まあ、修道女と言っても女の世界なわけよ」


 そして、一区切りおいて、言った。


「古株のババアの発言力がものを言うんだよねえ……」


「もちろん、理にかなった事も言うんだけどさ、それ本当に必要? みたいな事もあるわけでさ、私も子供のうちは素直にそういうのに従ってたんだけど、成長して、あれ? それって、本当に正解なの? みたいに考えるようになっちゃったんだよねえ……」


「……閉鎖された修道院でよくそういう第三者的な視点に思い至れたね……」


 メルセデスが合いの手を入れた。


「そこは、ほら、私ってば一番の下っ端だったからさ、かといって、それに甘んじるのはイヤだったというか、虐げられた時に、何で自分はこんなに虐げられるんだろうって自分なりに考えた結果っていうか」


 そう言って、エラは笑った。


 たった一人で、一番弱いもので、それでも、自分の立場の理不尽さに気づけたエラを、マルガはすごいと思った。


「二人とも、やりたいこと、というか、ちゃんと目指すものがあって、すごいなあ……」


 マルガは素直に言葉にした。


「私にも、見つかるかな、二人みたく」


「いや、私は、教えを請いたい先生がいるってだけで、エラみたいに学問を修めたいという気持ちは、まだ……」


「私だって、口先ばっかりだよ」


 メルセデスもエラも照れたように笑う。


 それこそ、イリーネだって、王太子妃になりたいという明確な目的があるのだと思うと、少し気持ちのあせってしまうマルガだった。


 それでも、ここへ来てよかった、と、マルガは思っている。


 自分も、三人のように『何か』を見つけたいと、『何か』が見つかるのではないかと、幸せな気持ちでマルガはベッドに入った。


 そして、ふと、思った。そういえば、ユリアーナは、何故学院に入ったんだろうと。


 王妃事件については、マルガですら知っている。グリチーネ一族のその後も。


 エラのように、不遇な身の上から這い上がる為の手段だろうか。


 それとも……。


 メルセデスのように、学院に思い人がいるのではないだろうか。


 あの時の、王太子殿下の視線は誰に注がれていただろうか。ユリアーナを救う為に、殿下は出てきたのではないだろうか。


 漆黒の髪の殿下と、金色の髪のユリアーナ、二人並ぶと似合いの一対のようだ。それこそ、物語に出てくる恋人同士のように。


 ぼんやり、そんな事を考えながら、マルガはうとうとと眠りに落ちていった。


 時折、イリーネの「んがっ」という息の切れるような声も、次第に気にならなくなってきた。

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