プロローグ
リベレシュタット女王、ベアトリクスは考えていた。
圧倒的に人材が不足している。……と。
ベアトリクスの父である、先王在位中、王妃であった母の起こした問題を解決する為、父王は宮廷組織に大鉈を振るった。
それは、王妃の一族、長らく外戚として力をふるい、国政に干渉していたグリチーネ一族の一掃だった。
その結果、国王の力は強まり、父の跡を継ぎ、女王となったベアトリクスの親政、かつ善政もあり、国は栄えた。
けれど、執政はともかく、行政には優秀な人材が不可欠だ。
グリチーネ一族の息のかかった者達を排除した結果の人員不足。当面は、女王と、元は彼女の家庭教師でもあった王配のカイ。彼がかつて学んだ象牙の塔を卒業した者達でどうにかなっているが、そもそも象牙の塔に集まる若者たちは学究心は高いものの、政治の中心で腕を振るう事への関心があまり無い。
官僚を養成する専門の機関を早い段階で作っておかなくてはならない。そう考えた女王は、早々に王立学院を創設した。
そして、学院創設より十年、人材育成は成功した。後に、女王は、自身の子どもたちも学院へ入学させる事に決めた。自らは家庭教師についていたが、その彼女自身が、共に学ぶ、学友という存在をずっとうらやましく思っていたのだ。
女王と王配の間には三人の子供がいた。王太子である長男、次男、そして末娘。
いずれは末娘も学院で学んで欲しいと考えた女王は、当初男子のみ入学可能だった王立学院に女子入学もできるよう改めた。
物語は、王立学院に女子入学が可能になったところから始まる……。
リベレシュタット宮中、議会控えの間には、三人の閣僚が顔を付きあわせてしかめつらをしていた。
「さて、このたび、王立学院に女子入学を認める事になったわけだが……」
「王太子、レオンハルト殿下が在学中の今、女子の入学を認める事になったという事は……」
「次期王妃を選ぶ為、……だろうなあ」
女王の母であったヘルミーナ王妃は、実の娘であるベアトリクスを憎んでいた。憎むあまり、隣国の手を借りて、即位前の娘を亡き者にしようと画策した。結果、隣国からの傭兵を手引した事が発覚。
王妃は投獄され、……後に処刑された。
この事件は、王妃の独断で行われたはずだが、王妃一族が裏側で手引したとされ、王妃の兄がまず辺境へ領地を移された。
その後、王妃一族は徐々にその力を削がれていき、今では遠縁、もしくは、事件当時王都にいなかったの一家が残るのみ。
現女王、ベアトリクスの王配、カイは、元は女王の家庭教師であったが、遡れば王族の出であった事が後にわかった。かつて、王の息子と弟によって起こった王位争いで失脚した王の息子の直系に連なる一族最後の生き残りで、係累は居ない。つまり、現王族に近しい貴族、特に政治の中枢に、血縁という繋がりで食い込んでいる者はほぼいないという事だ。
閣僚たちは思った。女王は、王太子の妃を、慎重に慎重を重ねたうえで選ぼうとしている。
第二第三のグリチーネ家を生み出すわけにはいかないのだ。
かくして、王立学院女学生募集の要項が発表された。もちろん、王太子の嫁候補を探すためなどと明文化する事はできない。
しかし、国内いたるところでかけられた女学生募集の要項には、口頭でとある言葉が添えられて流布していた。
『学院へ入学する女子生徒は、王太子の御前に出ることになる、その事、よくよく忖度すべし』
……と。