×月十日
×月十日
ドアを二回、コンコンとノックする。
すると鈍い音が数回聞こえてこの部屋の主がのっそりとドアから顔を出した。
「なに?」
「いや……ちょっと外にでも出ないかなって、話したいことがあるんだけど」
部屋着のダサいスウェットのままで出てきたユイがいぶかしむ様な目で私を見る。そりゃそうだろう、ここ数カ月まともな会話をした記憶がない。ここで気軽に乗ってきた方が不気味だった。私が逆の立場だったとすれば怪しみ決して応じることはないだろう。
私は今ユイの部屋の前に立っていた、理由はもう言わなくったって解って貰えてると思う。ユイを夕陽丘へ連れ出すため、ユイを殺すため。
「何企んでんの?」
背中を冷汗が滴る。それでも私は笑顔を崩さずにそのまま続けた。
「なんで妹と話すのに何か企む必要があるの? 警戒しすぎ。別に殴ったりけったり殺したりするわけじゃないんだから、私は昔みたいにユイと話したいだけ。アイ姉妹って呼ばれてた時みたいに……」
嘘を次から次へと吐き出していく。
「私はユイと仲直りしたいの」
この言葉に根負けしたのか、ユイは「わかったから……」と下を向いた。とりあえず承諾がもらえたことに安堵しつつ。でも私はもう、ユアと夕陽丘への道中どんな話をするべきか、とかそんなことを考えていた。
「準備してくるから、先玄関に行ってて。すぐ来るから」
そう言ってユイは戸を閉めた。
あぁ、計画が上手くいってる、えも言われないような喜びを感じる。このまま小躍りでもしたい衝動を抑えつつ、高鳴る胸の内を抑えつつ、私は夕方の赤いカーテンの様な日差しを潜り抜けながら玄関へと足を運んだ。
ユイが玄関に来たのはそれから五分程度の時間が過ぎたころだった。あのダサいスウェットではなく彼女が着てきたのは学校の制服だった。
「さ、いこっか」
私は仲直りをしたいことをアピールするためにユイの手を取り玄関から出た。
道行く人たちは私たちを一体どんな目で見たのだろう。
顔、身長、喋り方、違うのは服だけの私たちを見て錯覚を起こしたのかと疑ったのかもしれない。もしくは、ただ仲のいい双子の姉妹に見えたのかもしれない。
少なくともいがみ合ってきたようには見えなかったはずだ。道中、私もユイと話していて正直楽しかった。始め作り笑いで済ませていたものが道を進み、夕陽丘へ向かうにつれて段々と自然な笑みがぽろっと出始めていた。
一番盛り上がったのはやっぱり彼の話題だった。彼のかっこいいところは話題にしなくても誰にだってわかる。話題にしたのは私たちだけしか知らない彼のまだカッコよくなかった頃の話。泣き虫で、身長は私やユイよりちっちゃくて、いつも三人で遊んでいたころの話を懐かしむように、愛しむように、お互いの心情や彼について思っていたことなどを吐露し合った。
元々、話は合う方なんだ。考え方の根本は同じなのだから。
久しぶりに繰り広げた妹との会話は上っ面だけの友達との会話より何倍も密度のある濃ゆく価値のある物のように思えた。
これが最後だと思うとなんだか名残惜しい気がしてしまう。
だから、夕陽丘に着いたとき、つまりは夕陽が渦を巻いた海面に沈みその景色に圧巻された時、私の口から出たのはごめんねの一言だった。
それは今から突き落とすことへの懺悔だったのか、それとも今迄きついことを言ってきたことに対する後悔だったのか。それは私には解らなかった。
そんな私にユイは笑って「いいよ」と許しをくれた。
夕陽に導かれるままに私たちは丘の淵、崖の様な所まで歩みを進めていた。どちらがどうしようだとか、提案や駆け引きじみたことは一切なかった、私はただこの景色に魅せられて前へと進んだだけだ。同じ感覚を持ったユイも同じように思ったはずだ。
「綺麗だね……」
「うん」
それじゃぁ、長くなったけど。覚悟を決めよう。
私が言い出したことだ、やるからには最後まで成し遂げよう。
私がユイの背中に手を当て彼女を押しこの崖から落とそうとすると。ポン、と私の方の背中で音が鳴った。
気付けば、もう私の足足元には地面はなかった。
え……
気付けば日が沈み黒くなった渦が目の前に迫ってくる。音を立て今日も勢いが衰えることはないらしかった。急すぎる状況の変化に頭は追い付かず、ただ大蛇のようにうねった荒波に飲まれることだけは理解した。
ドポンっ
体がどんどん沈んでいく、もう……光すら見えないそんな中で私はやっとユイを理解したのだと思う。
ユイは私そのものだ。だから、私を邪魔がって殺したくなるのは当然だって。