×月九日
×月九日
「ねぇ、もしさ私が人殺しになったらどうする?」
私を除いてある一人だけになった放課後の教室。私はその人物にそんな言葉を投げかけてみた。その人物は身長が178㎝もあって、サッカー部に所属していて、一年生の頃からサッカーが上手くて三年生をベンチに高総体でグラウンドに立ったほどの実力者で、それでいて優しくて、他人には細かな気配りができて、なのに自分の事になったらちょこっとだけ抜けてて、私の恋人だった。
「……ん? 誰かに何かされた?」
机を挟んで向かい合った彼は脈絡がなかった私のそんな一言に目を丸くして聞き返してきた。始めは驚きが現れていた目が少しづつ闘争の眼差しになっていくのが見て取れた。
「あ、いやいや。そんなんじゃないんだけどね? 心配してくれてありがとう」
すると彼の目から闘争心が消え、安堵が浮かんだ。ここで改めて自分が彼から愛されてるんだな、としみじみと感じてしまう。ただのノロケと言われてしまえばそれ以外の何物でもないんだけど。
「ただ、もし。もしね、私に殺したいくらい恨んでる人がいたとして、ひょんな拍子に私が殺人犯になっちゃったら。シュンはどう思うのかなーって」
「ユアがそんな事になる前に、その人にこの世からご退場願おうかな」と彼はおどけて笑った。
「真面目にこたえて!」
大して意味はなかった質問のはずなのに、彼がふざけると私はどうしても意地を張ってしまう。昔からそうだった、彼に対してだけ私は笑顔で意地を張れた。今とおんなじように。
「そうさなー」「って言わなくても分かるよね?」彼はどうにかして私の質問から逃げたいらしい。それでも私が聞きたいというと彼は「恥ずかしっつーか……」と不平を漏らしつつも問いの答えを紡ぎ始めた。
「俺は何があってもユアの味方だ。例え人を殺したって、強盗したって、世界を壊すような騒動を何かの拍子に起こしたとしても味方で居続けるよ」
それから彼は俯き、自身の吐いたセリフの臭さを振り返って悶死寸前まで悶絶する。こんなことが前にもあったな、って軽くデジャブしつつ。そんな様子を見て私は微笑んでしまった。
「そんな恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
「言わせたのはそっちだろ……?」
「あ、そーだったそーだった」
わざとらしくとぼけてみると彼の両手が私の左右の頬をつまみ伸ばした。めが少しいじけているのか、それともまだ恥ずかしがっているのか。
「ごめんなひゃーい」
「許さんよ?」と今度は彼がおどけて見せて、何が面白いのか分かんないけど、二人で微笑み合った。たぶん、二人で作る暖かい空気に微笑まされたのだろう。私はそう思う。
こうやって彼の言葉に背中を押されて、私は覚悟を決めることができた。