×月八日(前半)
×月八日
「また明日!」
晴れた日の夕暮れ、玄関前まで送ってくれたシュンに大きく手を振って別れを告げる、頬に少しだけ熱を帯びた感触があって、口元は自然とニッコリ。
いつも彼と一緒に帰っているわけではないのだけど、彼曰くここ最近この町は割と物騒らしい。黄昏時に小中学生を狙った連れ去り、深夜に外出していた男性が朝死体で見つかったり、不倫された妻が激情のまま旦那の頭をかち割ったり、自殺と絶景の名所、この町のシンボルの夕陽丘で一家心中があったとか。それらのすべてが先月中に起こっていたとか。誘拐事件くらいしか知らなかった私にとってはちょっと驚くようなことだったのだけど。そんな諸々の事件のおかげで、ここ数週間彼は部活を早めに切り上げ毎日私を家まで送ってくれる。だから、不謹慎ながらもそれぞれの事件の犯人及びその被害者に感謝を思いつつ。
感謝しますから、ユイをついでに殺してくれないかな~とか。そんなありもしない虫のいい話を想起してみたり。
彼が角を曲がり、塀で姿が見えなくなったから私は反転し家のドアを開けた。
「はぁ…………」
しっかりと並べられたユイのローファーが目に入り急に気分が沈み始める「あーなんか嫌だな」なんて漠然とした嫌悪感とか倦怠感とか、そんなものの混ざった言葉をこぼしつつ。それらを頭の隅に追いやる様に私はリビングを通過して自室へと向かった。
部屋に戻ってバックからloose-leafを一枚取り出し、久方ぶりに勉強机に腰を下ろしてみる。私はとりあえず今できる方法を書き出しからそれらを吟味し最終的な方法を決めようと
・出血多量・溺死・感電死・絞殺・毒殺…………。
たった五個書いただけで既にネタが切れ始めてきたことから、どうやら私には人を殺す才能だったり、その計画を立てたりする才能はないらしいことが露呈してしまう。哀しい事だ。
そもそも、仮にユイを殺せたとしても私が警察に捕まってしまったら元も子もないのだから。
そう考えたら出血多量で殺すのは難しいかな……。どう想像したって刃物で斬りつけるしかプロセスが浮かんでこないし。そうなったら血の付いた刃物だとか、抵抗した後だとか、色んな証拠が見つかっちゃうわけだから。
溺死に至っては勝手に溺れてくれない限り私が無理矢理溺れさせるしかないよね、証拠も残るし達成できない可能性の方が大きすぎる。これはボツ。
あとは感電死……、お風呂に入ってるとこに切れた導線を入れるんだったっけ。でもどう考えても他殺だって解っちゃうわけだし、たぶんおのずと私の方に容疑が掛かってくるだろうし。同じ理由で毒殺も絞殺も無理かな。毒においてはどこで手に入るのかすらわかんないし。
「あーもう」
机に突っ伏して窓から見えた夕陽を睨んでみた。そういえば夕陽丘なんていう名所がこの町にはあったなーなんて思い出しつつ。でもあそこは自殺の場所だから大して関係ないか。
煮詰まって席を立ってみる、何かこう発想のもとになるものはないかなって、そう思いリビングへと出てみた。
ソファーがあって、テレビがあって、ローテーブルがあって。いつもと違うとこなんて朝刊が新聞置きに運ばれていない事ぐらいの、どこにでもあるリビングに少しだけ落胆しつつ。良くも悪くも基本が明るく能天気と評される私には柄にでもない、ため息の最高記録を更新しつつ。何を元もめるでもなく、いやアイディアを求めてか、それがその辺に転がっているだろうと信じて、冷蔵庫を開けてみた。
あ、野菜ジュース発見。しかも残り一杯分くらいか。
とりあえずアイディアそっちのけで野菜ジュースを飲むことを優先してみた。コップ一杯でちょうどからになった紙パックをゴミ箱に放り込む。まぁ、時間はたぶん、大いにある。机に向かい合ったって浮かばなかったのだ、他の方法を試すほかないだろう。ゆっくりテレビでも見ながら、飲み物でも飲みながらかんがえようじゃないか。
こう片手に台所からリビングへと身を戻しソファーにどっぷりと腰を下ろす、ふと置きっぱなしだった新聞を何気なく眺めてみた。
見出しにはでかでかと“佐々波町の殺人鬼未だ捕まらず”の文字があった。これによるとまた人が死んだそうで、これで被害者は三人目となるらしい。同一犯であるかどうかすら、いまだに解ってないとのこと。なるほど彼が危険だというのも頷ける。
しかし、こういうのって犯人がまだ捕まってないだけでいつか捕まるのは目に見えているだろうに。日本の警察は有能だと私は評価している。花丸満点をつけたいくらいにだ。まぁ特に根拠はないけど。
だからそんな有能な警察からこんな派手な事件を起こしといて、殺人犯と学生を私が兼業できるとは思っていない。自慢じゃないけど速攻でバレル自身しかないね。そうなれば彼を失うだろう、友達さえも失うと思う。私の今後の人生が乱されてしまう。私を乱す妹を殺したために捕まって私を乱されるなんて本末転倒もいいところだろう。
このページは関係ないな、とまた数回パラパラとめくってみた。
何とか科学の何とかが、どうにかして発見されたとか。遠くの東京様・新宿駅前で女子高生が二・三人共心中したとか、どこかの政治家がまた不正が見つかったとか、コンビニの万引きの総額が経営破たんを巻き起こすだとか、核根絶をしましょうだとか訴える高校生とか。
もう平和を訴える様なむさ苦しい時期になっていたんだなー、ってこんなの見てたらほんと目的忘れそう。
私は新聞を元あった机に投げると、挟まっていたらしい広告がひらりと足元へ舞い落ちてきた。なんかうまくいかないなー。とか漠然とした不満を抱き、よくわからない言葉を零す。拾い上げた広告にはローカルの経費を全く掛けていないことが見透かされてしまうような町おこしの情報、つまり魚市場だったり夕陽丘だったりのPRが記してあった。
………
「あ。」私は相当間抜けな声を上げたのだと思う。
ぴかーん! なんて表現はちょっと古いかもしれない、ビビビッ! のほうが今風なのだろうか?
何かを思いついたときの音なんてそもそも在りはしないのだから正解はないのはわかっているのだけど……。ケータイの通知音みたいな、デフォルメ的にピコン! と私は一つ閃いてしまった。
月並みの表現だが、まさに現状の素敵療法、この現状を問題とすればたぶん満点最適解の一つだろうと思うくらいの方法を思いついてしまった。
夕陽丘、渦潮と海岸線に沈む夕陽が同時に見ることのできる場所。そして県内指折りの自殺の名所。要因としては流れが速いため、一度沈んでしまうと登ってくることは非常に困難だから、たぶん、落ちてしまえば死ぬことができる。
そう、殺すことだってできる。
私が考えたシナリオはこうだ、
ずいぶんと仲違いしていたユイを散歩に連れ出す、道中で仲直りしようとでもいえばいいだろうか。間はそれだけ持つだろう、持たなくったっていい、とにかく一緒に夕陽が見たいといって夕陽丘までユイを連れ出す。あとはタイミングを見計らって突き落とすだけ。あとは海がユイを殺してくれる。あの周辺には防犯カメラはないし、民家もない、地方の名所だから平日なら人気だってないはずだ。
ありきたりだが、証拠の一切は残らない、完璧だろう?
早速部屋に身を戻し白紙に書き込んだ。気分がすっきりして、どうしてか爽やかな眠気が少し差してきた様だった。
開け放っていた窓から急に風が入り込みカーテンを揺らし外気を程よく部屋に運び、清々しい空気と私らしい空気をいい塩梅に混ぜる。
形成された空気を大きく一つ吸って、少しだけ夕飯までの間だけ眠ってしまおうと思った。
ベッドに横になる。普段は寝つきのいい方でない私だが今日は異常なまでに早く意識が落ちていくのを感じた。
いい心地で眠る、本当の清涼感を得たときは私は早く寝付くことができるのかもしれない。
瞑った瞼の裏で、一つだけ願う。
あわよくば夢で殺しの練習ができますように。