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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第一章 目覚めた賢者
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7 『少女との邂逅』

「っは……はぁ、はぁ……」


 惨状、と呼ぶに相応しい風景が、そこには広がっていた。あちこちに、切り裂かれ、バラバラにされた岩の塊が転がり、裂傷を受け続けている迷宮の壁は、その度に再生を繰り返している。

 規格外の暴風はコントロールさえ利かず、ただただ、湯水の如く溢れる魔力の力を解き放っていた。


「ここまで、だね」


 暴発する魔法を眺め続けていたアルフは、息を荒らげるシェリルの様子を見て、一言。魔力をかなり制限した状態でも、ここまで制御が難しいのだ。


「まあ、一日で完全にコントロールするのは難しいよ。僕も、これにはかなり手を焼かされた。何せ、魔力の抑えができない体質だからね」


 『賢者』であるアルフにさえもそう言わしめる、“魔力過多”の体質の厄介さ。こればかりは、何度も繰り返して、適切な魔力量を覚える他ない。その行程が、かなり辛いのだが。


「はぁ、はぁ……アルフ、さんは、どれくらいの時間が、かかったんですか?」

「んー、初歩的な攻撃魔法をまともに発動できるのに、一週間とちょっとかかったかな。そこからは、割と早かったような気がする」

「一週間、ですか」

「まあ、それよりも早い可能性もあるし、遅い可能性もある。焦らずにいこう」

「分かり、ました……」


 魔法を使い倒し、疲労困憊のシェリルは、不格好な笑みを浮かべる。端正な顔立ちをしているため、どんな表情でも大抵美しい。


「さて、今日はもう帰ろうか」

「ふぅ……はい、そうしましょう」


 ふらふらとした足取りのシェリルをアルフが介抱し、歩き出した時。


「さっきの魔法、凄いですね!!」


 ーー前方から響く、耳に障るような、少しハスキー気味の声。

 そこには、いつの間にか一人の女性が立っていた。

 肩のあたりで切り揃えられた藍色の髪を左右にゆらゆらと揺らし、アルフを射抜く黄色の瞳が、猫のように細く窄まる。少しだらしなく着崩したローブは、女性の性格を体現しているかのようだった。


「……誰?」

「私は、ヘロイーズ・ロッテリア。あなたたちを偶然見かけまして、声をかけさせていただいたわけです!」


 アルフはヘロイーズと名乗った女に鋭い視線を向け、シェリルを庇うようにして前に出る。エルフに対する人間の態度を考えれば、警戒は怠れない。


「僕はアルフだけど……何、目的は?」

「いえいえ、ただ、そちらのエルフの方の魔法に驚きまして! ぜひとも、言葉を交わしてみたいと思った次第です!」

「君はエルフを偏見の目で見てないってわけ?」

「勿論です!」

「…………」


 場に、静寂が落ちる。アルフは、見定めするような目でヘロイーズを見つめ、ヘロイーズもまた目を逸らさない。ヘロイーズはニコニコと形の良い微笑を浮かべ、自身の発言が真実であることを証明するかのようだ。


「……ま、いいや。じゃあ、取り敢えず、迷宮から出たところで話をしよう。流石にここじゃ、落ち着いた話し合いなんてできないからね」

「それもそうですね、では、行きましょう!」


 アルフは随分と快活なヘロイーズの隣に並び、シェリルもそれに続く。元気が良すぎるヘロイーズに振り回されたアルフたちが迷宮を脱したのは、一時間後の話だった。




 ***




「ロッテリアさん、先ほどの態度は失礼だった、済まないね。何分、事情が事情だから、多めに見てくれると助かるよ」

「いえいえ、私もそこらへんは分かってるつもりです! アルフさんが気にすることじゃないですよ!」

「ありがとう」


 顔を綻ばせ、珍しく淡い笑みを作るアルフ。その眼前で、ヘロイーズはアルフの隣に座るシェリルに視線を向けた。


「……っ」


 シェリルの青い瞳に怯えが走り、身体が少し固くなる。向けられる忌避の視線は、シェリルにとっては未だ恐怖の象徴だ。


 震える腕が、アルフのローブをちょこんと掴む。

 どうしても出てしまう否定的な反応は、シェリル自身にも如何ともし難い。しかし、ヘロイーズは、


「私、ヘロイーズです! よろしくお願いします、気軽にヘロイーズって呼んで下さい!」

「っ! ……あ、私は、シェリル。よ、よろしく」

「うん、よろしく!」


 満面の笑みを浮かべるヘロイーズが差し伸べる手を、シェリルはおずおずと掴み取る。ヘロイーズはそれに対し、気を良くしたように繋がれた手をぶんぶんと振った。


 だらしない格好をしているとはいえ、ヘロイーズも十分美少女と呼ぶことができる容姿の持ち主だ。それも、シェリルとそう歳は変わらない。十五、六あたりだろう。


 ぎこちないとはいえ、笑みを浮かべるシェリルと、快活な少女らしい元気満載の笑みを浮かべるヘロイーズ。美少女二人の姿は、随分と絵になった。

 アルフもそれを、穏やかな微笑を作って見守る。


「うんうん、仲良くなってくれたようで良かった。僕としても、王都の環境は、シェリルにキツすぎると思っていたから。こうして普通に接してくれる人がいるなら、嬉しいよ」

「いえいえ! シェリルは可愛いし魔法も凄いですし、いい子ですよ!」

「あ、ありがとう。その、ヘロイーズも可愛いよ」

「ありがとう! ……っとと、そうだ」


 照れと喜びが入り混じった表情を浮かべていたヘロイーズは、何かを思い出したように手を叩く。


「アルフさん、ちょっと頼みごとがあるんですけど、いいですか?」

「まあ内容によるけど、言ってみて」

「私を一緒に、迷宮に連れて行ってくれませんか!」

「うん、急だね。それと、ちょっと近い」

「あ、これは失敬」


 机に乗り出していた身体を引っ込めさせるヘロイーズ。言動とは裏腹に舌を出して詫びていたため、後悔はしていないのだろう。一々そんなことで怒るほど、アルフは短慮ではないが。


「それで、何でまた僕たちと?」

「はい、理由の一つに、シェリルの魔法ですね。これでも私は、魔導師ですから!」

「シェリルの魔法の強さを見て、学びたいと?」

「はい、端的に言うとそうですね。あと付け加えるなら、シェリルと仲良くなりたいからですかねー!」

「……ふむ、なるほど」


 考え込むアルフは、ニコニコと笑みを絶やさないシェリルを見る。

 確かに彼女なら、少なくともシェリルを傷つけることは行わないように思える。完璧に信用できかどうかと言われると勿論ノーだが、好ましくないわけではない。理由も魔導師らしいものだし、納得もできる。

 だが、


「ーー悪いけど、断らさせてもらう」

「アルフさん……」

「ごめん、シェリル。でも、ここはちょっと譲れない」


 悲しげなシェリルの視線が突き刺さるが、残念ながらこの申し出を許諾できるほどアルフの危機意識は低くなかった。アルフも、本心では同行を許してあげたいのだ。しかし、それをするには、シェリルはあまりにも弱過ぎる。


 もし何らかの形で、ヘロイーズからシェリルの才能について伝わったら。ヘロイーズ本人にそういう意思がないとしても、何が起こるか分からないのが世の常である。

 そうなった場合、力を扱えないシェリルに自衛は不可能だ。アルフ自身も、絶対に助けられるとは言えない。


 何をするにしても、まだ時期が早すぎる。


「そう、ですか。いえ、急なことですし、仕方ないですね! あ、でも、迷宮の外では遠慮なく話しかけますからね!」

「うん、それは歓迎するよ。ぜひとも、シェリルと話してあげてくれ」

「はい! だから、無視しないでよ、シェリル!」

「うん、楽しみにしてる」


 今度こそ、ぎこちなさなどがない、自然体の笑顔を見せるシェリル。ヘロイーズもそれを見て、にへらと笑った。


「さて、私はここの宿じゃないし、そろそろ帰るよ。じゃあ!」

「うん、気をつけて」

「ばいばい」


 手を振って去っていくヘロイーズを見送って、シェリルとアルフも宿の食堂の席を立った。


「さて、僕たちもそろそろ寝ようか」

「そうですね。私も、とても眠いです」

「魔力を限界まで使ったからね。今日はゆっくり休むといいよ」

「はい、では……」


 シェリルが眠たげに目を擦って部屋に戻り、アルフもまた自分の部屋に入る。そして、歴史書の続きを軽く読むと、ベッドへ潜った。


 こうして、ヘロイーズ・ロッテリアとの邂逅を経て、二日目の夜は更けていくのだった。


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