6 『魔力過多』
迷宮とは、上層、中層、下層と呼ばれる区域に分けられている。それは迷宮の、下に行くほど魔物たちの強さが上昇していく性質に起因している。身の丈に合わない場所へ探求者たちが行かないように、措置が取られているわけだ。
区分を言えば、一層から五十層までが上層。五十一層から百層までが中層。それより下の層すべてが、下層だ。
中層に行けるとなるとベテランと呼ばれ、下層に行けるものは一握りの強者のみ。ほとんどの探求者が上層で力を磨き、まだ見ぬ次の階層へ心を向けている。
そして、アルフが『外』に出て二日目。
ーー彼は今、迷宮の五階層に潜っていた。
仄かに青い光を漏らす結晶に囲まれた、幻想的な場所。人がいないそこで、アルフとシェリルは向かい合っていた。
「それじゃあ、今日から魔法の特訓を始めるよ」
「はい! よろしくお願いします!」
特訓の開始を告げるアルフ。シェリルから返ってきた快活な言葉には、特訓に対する期待がありありと感じられた。それこそ、アルフの前では冷静沈着だったシェリルが、年相応の幼さを覗かせるほどには。
「さて、まずはいくつか質問。今まで、魔法を使ったことは?」
「簡単なものなら、少し」
「例えば?」
「ウォーターとか、イグナイトとかですね」
「それ、簡単過ぎない……」
もはや、攻撃魔法ですらなかった。いわゆる、生活魔法というやつだ。コップ一杯分の水を出したり、何か燃やすための火種を発生させたりと、てんで攻撃には使えない。
「それじゃあ、基礎の基礎から教えていく感じか」
「はい、よろしくお願いします」
「了解、了解。じゃあまずは、適性を調べようか」
「適性、ですか?」
「うん、魔法の属性のそれぞれについての適性。これがなければ、いくら鍛えようが、魔法は一向に上達しない。まあ、シェリルはエルフだし、適性自体は心配しなくていいと思うよ」
ちなみにアルフは、全属性に対して適性を持っている。自他ともに認める化け物だ。
「それじゃ、ちょっと拝借するよ」
「あっ……」
アルフが躊躇いなくシェリルの手を取り、ぎゅっと握る。適性を調べるのに必要な行動なので、決してやましいわけではないのだが、シェリルの顔が紅潮するのを見て、何だかいたたまれなくなる。
そして、数秒後。
「これは……」
結果を確認したアルフは、愕然とする。シェリルにあまりにも適性がなかったのではない。むしろ、その逆。あまりにも適性があり過ぎるのだ。
「あ、あの、どうでしたか?」
シェリルは緊張の面持ちで、若干上擦った声を出す。少し呆然としていたアルフは、その声によって現実に引き戻された。
「あ、うん。シェリル……君、予想外に魔導師としての素質あるね」
「本当ですか!?」
「詳しく言うと、適性がある属性は火、水、土、風、光だ。特に、光の属性には高い適性がある。正直、才能という面においては、英雄一歩手前だよ」
アルフの弁に偽りはなく、シェリルの才能は、アルフの戦友である英雄たちに匹敵するほどだ。しかも、魔法の適性が、闇の属性を除いたすべて。
アルフは闇に対しても適性があるが、光の適性に関しては、シェリルの方が圧倒的に高かった。というか、今まで出会ってきた魔導師の中で、シェリルが一番光の適性が高い。
正直、予想外もいいところだった。
「英雄……?」
「にわかには信じ難いと思うけど、事実だよ。君の才は、間違いなく本物だ。それがどうして、今まで魔法を使ってこなかったのか…………待てよ、いや、まさか……」
これだけの才能があるならば、普通は魔法を積極的に使用させるはず。それがどうして、本人すら自覚せずに埋もれているのか。ーー疑問に思ううち、一つの可能性に気付く。
「もう一回ごめん」
「はいっ……」
身を縮こませるシェリルに悪いと思いつつ、アルフはシェリルの魔力を探っていく。今までは、シェリルが魔法の使用をしていないから魔力があまり感じ取れないと思っていた。しかし、もしそれが違っていたとしたら。もし、シェリルがアルフと同じだとしたら。
「……っ! やっぱりそうか!」
か細い魔力の流れを探っていくと、その源泉。そこには、厳重に封印が施されていた。まるで、悪いものをしまい込むかのように。だが、これではっきりとした。
シェリルは、かつてのアルフと同じだ。強過ぎる才能が仇となり、身体を蝕んでいる。魔力の暴走、即ちーー
「ーーシェリル、君は“魔力過多”だ」
「魔力過多、ですか」
聞いたこともない言葉に、首を捻るシェリル。だが、これが普通だ。“魔力過多”を発症する存在は、世界でも有数の存在である。アルフも、自分以外に“魔力過多”を発症している人間は、初めて見た。
「……斯く言う僕もそうだよ。正直、自分だけだと思ってた」
「その、魔力過多って……」
「文字通り、魔力が多すぎるんだよ。普通なら、魔導師にとっては魔力は多ければ多いほどいい。だけど、僕達は例外だ。……魔力が多すぎるが故に、魔力が身体を壊してくる」
「え……それって……」
見開かれた目が、シェリルに与えた衝撃の大きさを如実に伝えてくる。だが、これだけは伝えなければならない。自身がおかれている状況が、どれだけ危険なものか。
「君の中にある魔力の封印。それが解けたら、君は自身の魔力に呑まれてーー死ぬ」
「死、ぬ……」
愕然とするシェリル。しかし、何もアルフは絶望を与えたいわけではない。
「まあ、僕がさせないよ。幸いにも、僕は“魔力過多”の問題は、取り敢えず解消してるから。封印の方は、丁度いい出力で僕がかけ直しておこう。……僕がいる間は、君を死なせたりしない。それでも不安なら、魔法の特訓はやめてもいい。君が抱いているであろう恐怖は、痛いほど理解できるから」
どうする、と問いかける視線を受け、シェリルは、
「……私、やります。アルフさんが守ってくれるなら、やります」
瞳には、当然の如く恐れや竦みなどが見受けられる。しかし、それ以上の決意も存在した。シェリルが魔法を学びたいというのなら、アルフはそれを全力でサポートする。
「分かった。じゃあ特訓に入る前に、君の封印をかけ直す。少し熱いかもしれないけど、我慢してね」
「はい」
アルフは、シェリルの魔力を辿って自身の魔力を流れ込ませ、シェリルの魔力を完璧に封じ込めてしまっている封印を、僅かに緩める。
これで、少しはシェリルの魔力が取り戻せたはずだ。証拠に、
「何、これ……!!」
シェリルは自分の身体を掻き抱き、駆け回る力の奔流を感じ取っている。
「それが君の本来の魔力の一端、君の素質だ」
「これが……」
「ーーさて、ここからが大変だ。シェリルは生活魔法は使えるようだから、魔力を動かすこと自体には問題はないと思う。ただ……」
「ただ?」
聞き返すシェリルに、アルフは苦笑。間を置かず、懐かしむような表情を浮かべた。
「うーん、これは体感してもらった方が早いと思う。魔力を集めて、真似して。ーー収束する刃よ、切り裂け、ウィンド・サイズ」
「? 収束する刃よ、切り裂け、ウィンド・サイズ」
発動したのは、基礎的な風魔法。アルフが、シェリルを助ける時に使った魔法でもある。そして、何気なしに使ったその魔法は、
「そう、僕達は魔法自体は発動できる。ーーでも、絶望的に威力調節が下手だ」
「…………」
絶句するシェリルの視線の先の壁。左右五メートルに渡ってズタボロになり、ただの初歩的な風魔法が残した傷跡とは思えないものが、そこにはあった。




