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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第一章 目覚めた賢者
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5 『本』

「うん、完全に僕に向いてなかったよ、あの役回り」


 苦々しい表情でそうぼやくアルフは、記憶を消し去るように灰色の髪を乱暴に掻き回す。自分でも、キャラに合っていない行動だったことを自覚しているのだろう。何せ、アルフが誰かのために行動するなんていうことは、滅多にない。可能性があるとすれば、かつての仲間くらいだろうか。


「……まあ、忘れよう。シェリル、宿屋の場所って分かる?」

「宿屋ですか。それなら、迷宮近辺にあると思います」

「まあ、それが合理的か。ありがとう」


 常識の無さがことごとく露呈してしまっているが、今更気にするまい。開き直りのような精神で、アルフは隣を歩くシェリルに顔を向けた。


「取り敢えず、宿を取ろうか」

「まだ早いのに宿を取るんですか?」

「べつに僕は魔法を教えてもいいけど、今日は疲れてるでしょ? 早めに宿を取って、そうだね……情報収集といこうか」

「情報収集……」

「うん、図書館くらいあるでしょ?」


 期待を寄せるアルフの目。図書館とは、アルフにとっては一種のオアシスだ。三百年間引きこもった空間が本に囲まれていたことからも、容易に察せられる。

 しかし、残念ながら三百年前には存在しなかった。故に、この時代ならあるのではと期待していたのだが……


「すいません、私は見たことがありません……」

「……印刷技術が上がってないのか。これだけ文明発展させたなら、そっちも発展させてくれないかなぁ」


 目に見えてへこむアルフに、シェリルは苦笑。外見だけ見れば、ただの子供だ。実態は、三百年を生きた『賢者』だが。

 シェリルは落ち込むアルフを見て、


「代わりと言っては何ですけど、本屋ならありますよ」

「本当か!?」

「は、はい」

「よし行こう、今すぐ行こう!」


 アルフは宿を取るという目的を忘れ、水を得た魚のようにテンションを上昇させる。その変わり身の速さに、シェリルも若干引いていた。並々ならぬ知識への欲求は、アルフに他人の目を忘れさせる。


「あの、宿は……」

「あー……そうだったね。済まない、取り乱した。何分、目新しい本なんて最近見てなかったから……」

「そうなんですか。じゃあ、宿を取ってから行きましょう」

「あれ、何か立場が逆転してるような……」


 シェリルに手を引かれ、小難しい表情で歩くアルフ。どう見ても、立ち位置が変化している。王都に詳しくないとはいえ、少しだけ悔しかった。

 とはいえ、現状では、戦力という面においてはアルフ。知識や常識という面では、シェリルに軍配が上がる。適材適所とは、よくいったものだ。


「あ、金銭管理も任せとくよ」

「へ?」

「いや、僕が持ってるより、君に任せた方が良いと思って」

「それは……」


 流石のシェリルも、この提案には渋った。信頼されていることが嬉しいと思う反面、あくまでも保護してもらっている自分が、金銭を管理していいものなのかという葛藤。

 アルフは悩むシェリルを見て、


「……まあ、流石にそれは無理か。じゃあ、半分は君に預けるから、自由に使っていいよ。べつに僕は金銭に対して執着はないから」

「それなら……ありがとうございます」

「あ、あと、善意の押し付けをするつもりもないから、精神的に辛かったら言ってね」

「分かりました、その時は遠慮なく言わせてもらいます」

「うん、ぜひそうしてくれ」


 シェリルの様子を見つつ、アルフは不安材料を潰すように言葉をかける。善意とは安らぎになるが、行き過ぎればただの毒だ。押し付けがましい善意よりは、突き放すような無責任の方が心地よいこともある。


「まあ、この子ほど心が強ければ、本当に辛かったら遠慮なんてしないだろうし」


 アルフはちらりとシェリルを盗み見ると、一つ頷く。一先ずは、シェリルの心配は少なくてもいいだろう。

 ならば、アルフが心配すべきことは一つだ。


「周囲がどう動くか、想像がつかないな」


 青年とのやり取りである程度の力は示したが、それだけで問題の芽をすべて摘めたとは到底思わない。誰がどのようなアプローチを仕掛けてくるか、分かったものじゃない。


「まあ、情報収集が最優先。警戒も必要だし……そのうちセルフィに会いに行った方がいいかな」


 うふふ、と笑う『霊姫』の姿を思い浮かべ、その線も検討しておくことにする。


「はぁ……」


 問題が山積みの現状に、アルフは深くため息をついた。




 ***



「ここが本屋です。……少し、古いですけど」

「えと……少、し?」


 無事に宿の二部屋を確保し、笑顔を振り撒きながら本屋まで歩いて来たアルフ。しかし、件の本屋の外観を見て、今は浮かべていた笑顔を引き攣らせていた。


 文字が擦り切れてボロボロになった看板に、経年劣化によって建て付けが悪くなった扉。色褪せて不格好になった扉を開けば、所狭しと乱雑に本が並べられている。


 確かに本は多い。だが、これはあまりにも酷すぎるだろう。とても本屋とは思えない光景だ。


「シェリル、ここ以外に本屋は?」


 ここを紹介された時点で分かっていることだが、一応聞いておく。


「ありません」

「うん、知ってた。……まあ、ないものねだりをしても仕方がない。店主には物申したい気分だけど、今更だよ、これは」


 愚痴に近いものをこぼしながら、アルフとシェリルは店内へ足を踏み入れる。近くで見ても本屋の惨状は変わらず、早々に立ち去りたくなるのを堪えるのに必死だ。


「……あった」


 そして、アルフはジャンルによる区分さえされていない本を漁っているうちに、目的の本を見つけた。

 一つ目は、この国の周辺地図。変化してしまった地形などを確認するのには必須である。

 二つ目は、アルフたちが魔王を討伐した後のことについて書かれた、いわゆる歴史書。アルフの考えでは、この歴史書にアルフの知りたいほとんどのことが書かれていると思われる。


 ともかく、この二つがあれば今は十分だ。

 アルフは、手分けして本を探しているシェリルに、


「シェリル、探してた本が見つかった」

「本当ですか、良かったです!」

「期待薄だったけど、商品は案外まともだったよ。建物を作り変えれば、結構儲かりそうなんだけどな」

「うーん……そもそも、本を読む人が少ないので、難しいような気がしますね」

「本を読まない……僕には考えられないよ」


 信じられないと首を振るアルフは、少し奥にあるカウンターで本の代金を支払う。店主であるお爺さんは、寂れた店の来客に大層驚いていた。本を読む人間自体が稀有らしいので、お爺さんのそういった反応にも頷ける。


 思いの外時間がかかった本屋での買い物を終えると、空はいつの間にかオレンジ色に染まっていた。それを見て、やはり宿を先んじて取っておいて良かったと安堵する。

 部屋が空いていませんでした、では笑えない。


「じゃあ、宿に戻ろうか、長いこと付き合わせてごめん」

「いえ、私も本は嫌いじゃありませんので。その……もし良ければ、読み終わったら私にも本を貸してください」

「ん、べつにいいよ」


 アルフの承諾にシェリルは表情を綻ばせ、淡い笑みを浮かべた。


 その後、二人は直ぐに宿屋に着き、夕食を取った。

 アルフは寝る直前に歴史書の方に目を通し、軽く読む。とはいえ、流石に疲労が溜まっていたので、十分ほどでベッドに入ったが。


 『外』に出て一日目だが、随分とハードだったなと、今日を振り返り、アルフは眠りに入った。

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