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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第一章 目覚めた賢者
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4 『温情不要』

 当然の話であるが、魔王がいた時代とは技術力が違いすぎる。鏡越しではなく、実際に自分の目で確かめた光景に、アルフは何とも言えない気持ちになった。

 だが、いつまでも感動に浸っていられない。


「シェリル、君の元主人がいそうなところに心当たりはある?」

「……私たちから会いに行くんですか?」

「このまま首輪なしで君をここにいさせると、何が起きるか分からない。四六時中僕が一緒にいることなんてできないし、ある程度は力を示しておかないと。顔を合わせたくないのは分かるけど、我慢してくれ」


 自分を慮るアルフの気持ちを無下にすることなどできず、シェリルは表情を曇らせながらも答えた。


「多分、組合にいます」

「組合?」

「はい、迷宮を探索する人間、探求者を取り締まる公的な機関です。魔石の換金も組合でやってます」

「なるほど……それなら人も多いし丁度いいかな」


 シェリルを先頭にして、組合へと向かう。シェリルの先導のもと後ろに続くアルフは、シェリルに向けられる視線、その質を見極めていた。ーーそして、悟る。

 シェリルが語っていたことに嘘偽りはなく、人間は本当に他種族というものを毛嫌いしていることを。しかし、これは人間に限った話ではないのだ。下手をすれば今の状況は、魔王がいた時代よりよっぽど酷い。


「よく折れなかったよ、君は……」


 前方を歩く、これまで辛酸を嘗めてきたであろうシェリルの背を見て、彼女の心の強さを素直に賞賛する。仲間も頼れる人間もいない中、よく心が折れなかったものだ。


「着きましたーーここが、組合です」

「うん、ありがとう」


 感傷的になりそうになるのを抑え込み、アルフは静かにやるべきことを見据えた。結果によっては、王都から逃げなければならない。国とドンパチやっても負けない自信がアルフにはあるが、そんな無意味なことはできるだけしたくない。


「さて、踏ん張りどころだ」


 傍目から見ても緊張していると分かるシェリルを背後にして、アルフは組合の中へ足を踏み入れた。


 白を基調とした落ち着いた雰囲気の内装に、奥に並ぶ複数の受付。右手側には、掲示板のようなところに、大量の紙が貼り付けられている。左手側には、魔石を金と交換する換金所があった。


 アルフが組合の構造の把握を終えると同時、アルフの背後にいるシェリル目掛けて、一斉に忌避の目が向けられる。身を縮め、向けられる悪意から逃れようとするシェリル。

 すると、


「そこのエルフ、確か迷宮に残してきたはずだが……」


 探求者の中から悠然と歩み出てくる、一人の青年。急所のみを保護する動きやすさを重視した防具に身を包み、腰にはロングソードが下げられている。戦闘タイプは、速度重視の剣士だろう。


「少年、君が助けたのか」


 ほぼ断言するような語感に、アルフは頷きだけを返し、じっと青年を眺める。立ち振る舞い、重心の置き方、内包魔力、どれもかなりのものであり、手練れのようだ。

 ーーそれこそ、捨て置いたシェリルを、魔物から余裕で救い出せるほどには。


「なるほど、君がシェリルの元主人か」

「……元主人?」


 訝しげに眉を顰めた青年が、シェリルの首、首輪が嵌められていた部分に視線を注ぐ。そして、直ぐに表情を驚きに染めた。


「なぜ首輪がない?」

「僕が取ったからさ」

「……取った? そんなことが可能だとでも?」

「べつに信じてくれなんて一言も言ってないよ」


 首輪は、本来なら主人しか外すことはできない。それ以外の方法だと、奴隷が死んだときにしか首輪は外れず、外部からの衝撃を与えようが、絶対に外れない。だが、シェリルは生きている。そして、その上で首輪が外れているのだ。

 黙り込む青年を見て、アルフは試みが上手くいっていることを感じ取った。


「…………」

「どうしたんだい、少し警戒の色が見えるよ」

「……少年、仮に君が首輪を取ったとして、何故取った?」

「保護するためというのが一番の理由だけど、付け加えるなら僕のちっぽけな矜持のためでもあるかな」

「ーーエルフを保護するだと?」


 隠そうともしない侮蔑の視線を受け、アルフは内心ほくそ笑む。どうせ力を示すなら、相手が怒りを抱いてくれる方が都合が良い。その方が、思い(・・)知る(・・)だろ(・・)うか(・・)()


「少年、他種族を保護すると、君はそう言うのか?」

「べつに僕は他種族がどうとか、どうでもいいから。救いたいものを救うし、守りたいものを守る」

「それがそこのエルフだと?」

「今はそうだね」


 笑顔で答えるアルフを見て、青年は鼻を鳴らす。


「……気味の悪いやつだ。お前に守る力があるのか?」

「まあ、少なくとも君よりは強いと思うよ」


 挑発の言葉に、ぴくりと眉を動かす青年。

 青年がアルフから感じ取っている実力は、かなり低い。感じ取れる魔力量は平凡そのものだし、身体も引き締まっているものの、やはり細い。これでは体格差で簡単に負けてしまうだろう。


 こんな貧弱なやつが自分より強いはずがない。一丁前にエルフを庇っているようだが、あまりにも弱過ぎる。威勢だけはある、ただの子供だ。


 ーー現実を思い知らせてやろう。


「そこまで言うのなら、決闘をしようじゃないか」

「……決闘か、古風な響きで嫌いじゃない。いいよ、どこで?」

「表でだ」

「分かった」


 事の成り行きを見守っていた探求者たちの視線を背に受けながら、アルフは踵を返す。すると、こちらを心配げに見守るシェリルと視線が合った。


「アルフさん……」


 如実に伝わってくる心配。アルフはそれを払拭させようと、笑みを浮かべてみせる。


「大丈夫、べつにやられるつもりはないし、一方的にやるつもりもない。そんなことするのは、僕も嫌いだから」

「……私のために、すいません」

「いいよ、これが済んだら、少しは状況がマシになるだろうから」


 軽くそう言って、表に出る。続いて出てきた青年とアルフが向き合ったのを見て、通行人たちは空間を空けて観戦の姿勢に入った。組合の方からも野次馬の探求者たちが次々と出てきており、


「見ろよ、決闘が始まるぞ」

「ガキが一方的にぼこぼこにされて負けるだろ」

「いや、もしかしたら強いかもしれんぞ、まあないだろうがな!」

「アハハハハ!!」


 ほとんどがアルフを哀れむ声や侮蔑する声ばかりだったが、人数を集めるというアルフの目的は達成できている。


「さて、僕は準備できてるから、好きなタイミングで攻めてきていいよ」

「武器も持たずに、正気か?」

「いいよ、どうせ僕が攻撃することはないし」

「……本当に、どこまでも舐めた子供だ」

「子供とは心外だな。身長のせいかな?」


 アルフは百六十と少しの自分の身長を嘆き、飄々とした態度を崩さない。若干のキャラ崩壊が見られるが、相手を煽るという点においては十分な効果を発揮している。


 青年はアルフを睨みつけ、飾りではないロングソードを抜き放った。そして、構えを取ると、


「行くぞ!!」


 かけ声と共に、鋭い踏み込み。アルフの見立ては外れておらず、やはり青年の実力は高い。

 内心で感心しながらも、脇腹への刺突を余裕をもって回避した。


「ふっ!」


 回避されたと見るや否や、追随してくる横薙ぎの剣閃。アルフはある程度見切っていた刀身の長さを想起し、ぎりぎりの射程範囲外に身を置く。腹部直近を通過するロングソードを見ても、焦りはない。


「何故っ……!」


 青年は、振り切ったあとの隙を埋めるように距離を一歩詰めると、下方向から急激にロングソードを跳ね上げさせる。流れるような滑らかな動作であったが、これもアルフの灰色の髪を僅かに散らせるだけに留まった。


 袈裟懸け、大上段、刺突、横薙ぎ、逆袈裟懸け、巧みな技量で上手く技を繋げていくが、そのどれもがアルフには届かない。苛立ち、焦り、不安だけが募っていき、目に見えて技の精度が落ちていく。


「おいおい、何だよあのガキ……」

「ガキの相手が弱いわけじゃねぇ、ガキの方が強いのか……?」

「まじかよ……」

「あいつが武器持ってたら、速攻で終わってたぞ……」


 口々にアルフの予想外の実力に驚きを顕にする群衆の中で、シェリルもまた目を見開く。いや、アルフの本職が魔導師であることを知るシェリルの方が、ずっと驚きは大きい。

 相手は紛れもなく、熟練の剣士。決闘においては距離が近いため、魔導師との相性は最悪だ。だというのに、アルフは善戦どころか青年を圧倒している。


 アルフが攻撃の意思を見せていたならば、この決闘はとっくの昔に終わっていたことだろう。


「アルフさん、あなたは本当に何者なんですか……」


 シェリルが見つめる先のアルフは、ただ無表情で回避に徹している。そして、遂に。


「ーーそろそろ、終わりでいいかな?」


 脇腹へ向かう横からの斬撃を、指一本で止める。それが、決定的だった。青年は諦観混じりに振るっていたロングソードを落下させ、呆然と膝を着く。


 アルフは青年を見下ろすと、


「悪いとは思うけど、君がシェリルに対してしたことを考えれば……まあ妥当だとは思うよ。これ以降、シェリルに手出ししようとするなら、僕もその時は攻撃を躊躇わないから」


 容赦なく言葉を並べる。ここでは、温情などいらない。あくまでも、シェリルに手出しすれば、アルフが黙っていないということを示すのが大事なのだ。


「……じゃあ、僕は行くから」


 アルフは一言も言葉を発しない青年に向けて声をかけると、シェリルの手を取って組合の中へ。野次馬に囲まれる前に魔石の換金を済ませると、足早にその場を立ち去った。


 そして、取り残された青年はーー静かに、静かに、拳を握っていた。

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