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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第二章 聖女奪還
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36 『出立』

「さて、と」


 アルフは燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて、目を細める。今日も変わらずに快晴。天候的な問題はなく、出発できるだろう。食料などの物資は異空間にすべて収納しているため、準備も万全だ。


「あー、待ってシェリルー!」

「遅いよ、へロイーズ」


 出発は今日だと伝えていたにも関わらず寝坊するへロイーズには一言申したいが、どうやらシェリルがその役割を果たしているらしい。困り顔のシェリルが、へロイーズを引っ張って出てくる。


「へロイーズ、君はもう少し自己管理をしっかりとした方がいいよ」

「朝は弱いんですよ……」

「起こしてるのに抱きついてくるのは重症だと思う……」

「シェリルまで! 私の味方はいないんですか!?」

「うん。じゃあ、そろそろ行こうか」


 肩を落とすへロイーズを連れて、アルフは里の出口へ向かう。既に馬は待機させているので、セルフィも見送りに来ているはずだ。早朝であるため、静かな里の通りを穏やかな気分で進む。時折聞こえる鳥の鳴き声が、森の朝を告げていた。


 そして、里の出口に着くと、そこには予想通りの人物の姿があった。


「おはよう、セルフィ」

「おはようございます、アルフ、シェリル、へロイーズ」

「おはようございます」

「おはようございます!」


 見送りに来たセルフィが、穏やかに微笑む。

 彼女は傍らの手綱をアルフに手渡しつつ、


「用意は大丈夫ですか?」

「うん、聖剣も昨日なんとかなったし、物資も空間魔法で収納してるから大丈夫」

「そうですか、なら良かったです」


 会話を終えたアルフは、馬に補助系の魔法をかける作業に入り、その後ろではセルフィがシェリルの頭を撫でる。アルフでさえ、またここにいつ帰ってくるのか把握できていないのだ。親子のしばしの別れということになる。


「シェリル、へロイーズ、できるだけアルフと一緒にいなさい。彼は、必ずあなた達を守ってくれる。でも、もし離れるようなことがあれば、アルフに教えられた魔法を使って自分の身を守るんですよ――絶対に、生きて帰ってきて下さい」

「うん!」

「了解しました! シェリルは私が守りますよー!」


 セルフィは元気よく返事するへロイーズに微笑を送ると、


「シェリル、恋の方も頑張って下さいね」

「っ、お母さん!」

「おやおやぁ……」

「二人共、特に不備もないしもう行けるよ、乗って」


 板挟み状態に陥りそうになったシェリルは、アルフの救済の声にいち早く馬車に乗り込む。ニヤついているへロイーズもあとに続き、アルフは馬の上で手綱を取った。


「それじゃあ、セルフィ。多分、そう早くは帰れないけど……」

「いえ、お気を付けて。シェリルをよろしくお願いします」

「うん、任せて」

「お母さん、行ってきます!」

「ではまた!」


 馬の嘶きに混じって、シェリルとへロイーズの出立を告げる声が響き渡る。ゴトンと重い音を立てて四輪が動き出し、馬は森の中で疾走を開始した。


「とりあえず一番馬力がある馬を選んだし、魔法もかけたから割と走れるかな」


 視界の後ろに流れていく木々を見て、速度は申し分ないことを確認する。そして、後ろの二人の会話を聞きながら、頭の中で皇国までのルートを思い浮かべた。


 皇国までの道程自体は、そこまで複雑ではない。

 というのも、皇国に入るまで、山などの障害が存在しないのだ。馬の速度にもよるが、大体は王都から皇国まで早ければ三日、遅くとも五日ほどでたどり着ける。


 アルフが購入した馬は馬力がある方なので、補助系の魔法の影響も考慮すれば、二日もあれば皇国に入ることができるだろう。

 問題は皇国に入ったあと、なのだが。


「何もないといいんだけど……っと、ウィンド・サイズ」


 襲いかかってくる魔物を両断しつつ、アルフは馬を走らせた。



 ***



「なるほど、なるほど……そういうことですか」


 皇国の最奥にある教会の中。

 信者からの報告を受けた男は、その黒髪を揺らして、心得たと言わんばかりに頷く。今しがた得た情報は、『賢者』の活動の内容と、それがもたらした結果。


 聞くところによると、『賢者』は『剣聖』と戦い、そして勝利したらしい。男にとっては、何故英雄の血を持つ二人が争うのか分からないが、間にはエルフの存在があるようだ。


 どうやら、『賢者』はエルフを庇っている。

 結果、『剣聖』という切り札を失った王国は、エルフと条約を結んだようだ。排他すべき存在と手を結ぶなど男には理解できないが、今はとにかく『賢者』と話がしたかった。


 すなわち、どういう意図があってエルフを庇っているのか。『賢者』ほどの力があれば、エルフを滅ぼすことは容易いはずだ。しかし、それをしていない。


 何故、何故、何故。


「王都に遣いを。『賢者』様との接触を図るのです」

「かしこまりました、エリック様」


 黒髪の男エリックからの指示に、傍らの男は恭しく頷き、一度頭を下げてから退出した。そして、エリックは視線を流れるように横にずらしていく。視界に映ったのは、並んでいる長椅子の端で、影に紛れるようにして座る一人の少女。


「ロザリー様はどうお考えですか、『賢者』様について」

「……私は、『賢者』様については知らないから……でも、それって、ただエルフ達を助けようとしたんじゃ……」

「ロザリー様、ご冗談を! まさか、『賢者』様とあろうお方が……そんなことを」


 不気味に口角を上げ、ロザリーに近づくエリック。急接近したエリックに、ロザリーは声を押し殺して立ち上がる。


「魔王を下した英雄達が一人、本人である『賢者』様が、まさかそんな……ロザリー様は、何をお考えで? 一体何をもとに、何を根拠に、何を願って……――そう思っていられるのですか?」

「わ、私は……ただ……」


 コツコツと靴音を鳴らして、なおも近づくエリックに、ロザリーの足は自然と後退していく。一歩、また一歩と下がっていき、やがて背中に冷たい感触が広がった。


「あなたは、『何を』考えているのですか……ロザリー様?」

「っ…………」


 壁に追い詰められ、呪詛のように言葉を叩き込まれる。鳥籠の中で、まるで洗脳するかのように。あたかも、自分の考え、意思が存在しないかのように。


「ぜひとも、お聞かせ願いたいです!」


 エリックは真っ黒な服の裾を激しく揺らし、大きく両手を広げた。正常に見える狂気に、ロザリーは言葉も発せず押し黙る。

 一体、この男は何を考えているのか。エリックがロザリーに尋ねるように、ロザリーもまたエリックに尋ねたかった。


 両者とも声を発することなく、数秒の間だけ静謐な空間が形成され、


「……どうやら、ロザリー様はお話をしたくない様子。であるならば、私はここで退室致しましょう。――『賢者』様を招く準備もありますので」


 エリックは一頻り笑声を上げたあと、『賢者』を迎える準備を整えるべく部屋から立ち去った。

 そして、残されたロザリーは、暗い顔で窓の外に映る景色を眺め、広がる空へと手を伸ばす。


「…………」


 ここは、狂気に染まった国だ。

 脱出は許されず、ただ盲信的に信じられる『聖女』という称号に、少女の心は押し潰されそうであった。ただ血を引いているというだけで、この扱いだ。


「『賢者』様……」


 現状を変革するかもしれない人物に、ロザリーは淡い期待を胸にした。

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