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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第二章 聖女奪還
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32 『戸惑い』

「えっと、あの本どこに入れてたっけ……」


 椅子に座り、異空間に片腕を入れながら、ごそごそと中を漁るアルフ。彼が探しているのは、いつかシェリルと買いに行った地図だ。歴史書と共に購入したそれを使って、ディエゴの子孫までの道のりを確認する。


「っと、あった」


 異空間から引き抜かれたアルフの手には、黒い装丁が施された本が。不気味な呪いの書のような風貌をしているが、歴とした地図だ。

 アルフはぺらぺらとページをめくっていき、軽く内容を確認する。そして、少し感心した。この本、もちろん地図が載せられているのだが、それ以外にも国についての説明が書かれているのだ。

 

 随分と親切な地図だな、と思いつつ、アルフはドワーフが住まうとされる場所を確認する。


「王国から北西、皇国を抜けて真っ直ぐね……」


 地図のちょうど左下、つまり南西を占めているのが、人間達が支配する領域だ。北西は竜人達が、北東は獣人達が、それぞれ占めている。南東は魔族が侵攻してきた領域であり、今は争いの火種となるため、誰も立ち入ろうとしない。時折姿を現す魔族を掃討するのみだ。


 そして、ドワーフ達が住まう国は、ちょうど竜人達が支配する領域と人間達が支配する領域の狭間にある。そこにたどり着こうとすれば、皇国を抜けて直進するほかない。

 問題は、その皇国なのだが……


「宗教国家、ね……」


 アルフが生きていた時代には存在していなかった、宗教国家。もちろん宗教自体は存在していたが、大々的にそれを掲げる国家など、アルフは知らない。

 べつに宗教を否定するわけではないが、皇国の注釈の文面から察するに、あまり良い印象を抱けないことは確かだ。


「人間至上主義って……何でこう僕らと噛み合わない思想が多いのかな。まあ、他種族に戦争を仕掛けてないなら、まだ国としての判断能力は生きてそうだけど」


 どれだけ人間至上主義の思想に染まっているのかは知らないが、どうやら無差別に他種族を殺害するような理性をかなぐり捨てた行動は取っていないらしい。

 国の頂点がしっかりと統制しているのか、はたまたアルフが思っているよりも思想が浸透していないのか。


「どっちにしろ、通らなきゃならないからね……」


 地図を眺め、視線で道程を追う。迂回しようにも、山が連なっており、越えることは困難だ。滞在時間を短くして通り抜けるのが最善手だろう。となると、シェリルには変装してもらわなければ。


「さて、いつ出発しようかな。とりあえず、一週間はここにいるつもりだけど……」


 頭の中でドワーフの国へたどり着くまでに要する時間を考えながら、アルフは他の国についての説明を流し読みする。


「へぇ……」


 王国、皇国、帝国、人間側の大規模な国を挙げるなら、この三つ。王国は現在アルフが滞在している国であり、『剣聖』を有している国ということで有名である。加えて、人間の国の中で規模が一番大きい。


 皇国は宗教国家として目立っており、『聖女』を有している。さらに、魔法とは違う何か(・・)の術(・・)を使うと噂されている。実態を調査した者はいないため、詳細は不明だ。


 帝国は屈強な傭兵を多数保有する国家であり、英雄の子孫は存在しないものの、軍事力という点においては負けていない。


「『聖女』と、魔法とは違う何かの術……」


 並べられている情報のうち、自然と、アルフの視線はその二つの要素に吸い寄せられた。記されていることが真実ならば、これでアルフが知る戦友の子孫は三人目だ。どうせ皇国は通らなければならないのだ。できるならば、会っておきたい。


 そして、『聖女』に加えて、


「魔法とは違う……魔力を使わないのかな?」


 皇国が保有していると噂されている、魔法とは違う何かの術。どういう意味なのかはアルフにも分からないが、おそらくは魔法とは違う体系の術がこの三百年で発展したのだろう。


「興味は湧くけど……正直、危険性の方に軍配が上がるかな」


 アルフ個人としては是非とも魔法以外の術について知りたいと思うが、あくまでも目的はディエゴの子孫へ聖剣の加工を頼むことだ。ここはやはり、急いで皇国を抜ける方針の方がいい。


 しばし瞑目していたアルフは、やがてゆっくりと目を開いた。


「よし、決まった。出発は二週間後。それまではシェリル達に魔法を教えよう。……いつも僕が守って上げられたらいいけど、念には念を入れないとね」


 シェリル達に教える魔法を考えながら、アルフは本を閉じた。そして、椅子から立ち上がった時。


「へロイーズ、まずはノックを……」

「アルフさん、魔法教えて下さいー!!!」


 シェリルの静止の声が聞こえた瞬間、勢い良く部屋の扉が開け放たれ、満面の笑みを浮かべたへロイーズが侵入してくる。後に続いて入ってきたシェリルは、とても申し訳なさそうだ。


 アルフはニコニコと笑みを絶やさないへロイーズに冷ややかな視線を送りながら、


「はぁ……へロイーズ、とりあえず部屋に入る前はノックしようね」

「すみません、以後気をつけます! それよりアルフさん、魔法を教えて下さい!!」

「何でそうなったの、今日は休むんじゃなかったっけ?」

「里のみんなに挨拶は済ませてきたので、暇になっちゃいました……」


 テンションを上げて、両手を振り回すへロイーズ。解答を求めるようにアルフがシェリルに顔を向けると、彼女は頬を赤く染めながらぼそぼそと答えた。少しおかしいシェリルの様子に疑問を抱きつつ、


「そうなんだ、まあ僕は構わないけど。じゃあ、行こうか」

「さすがアルフさん!!」

「よろしくお願いします」



 ***



 シェリルとへロイーズが、アルフの部屋を訪れる少し前。

 二人は、アルフの部屋へ向かって並んで歩いていた。へロイーズは、着崩れてずれ落ちるローブを直しながら、快晴の空を仰ぎ見る。


「あー、未だにシェリルが英雄の娘なんて実感がわかないなー」

「そうかな、私も凄いことだ、なんて実感はないよ」

「まあ、生まれつきだとそんな感じなのかな?」

「そうかも」


 さわさわと葉が擦れる音が風に流されて聞こえ、少女達の歓談は穏やかに進んでいく。時折笑みをこぼしながら歩く二人。しかし、純朴な笑みを形作っていたへロイーズの口角は、突然意地悪く歪む。


「それでぇ、シェリルはアルフさんのことどう思ってるの?」

「アルフさん?」

「とぼけないでよー、あれだけ大切にされたら、何か感じるものがあるでしょ?」

「……?」


 シェリルは素でコテンと首を傾げて、疑問符を浮かべる。へロイーズの質問の意図が、まったく理解できていないのだろう。これまで色恋沙汰など眼中になかったため、仕方ないことなのかもしれないが。


 それを察したのか、へロイーズはやれやれと首を振ると、


「――アルフさんのこと、好きなの?」

「っ……!!」

「あれ、あれあれ?」


 あまりにもド直球なへロイーズの問いに、思わず赤面するシェリル。その初々しい反応を見たへロイーズは、さらにニヤニヤと笑う。女子の会話らしいといえば、らしいだろう。


「で、どうなの?」

「…………分からない」

「分からない?」

「うん、誰かに恋したことなんてないし……」

「ふむ……」


 シェリルは頬を僅かに紅潮させ、俯く。

 自分を救い、ずっと守ってくれたアルフ。今もシェリルのために悩み、行動しようとしている。『賢者』と呼ばれ、三百年経った今も老いた様子なく生きている不思議な人物だ。


 飄々とした態度を装っているかと思えば、真剣な顔をしている時もある。そんな彼のことを、果たして自分は――


「ぅぅ、分からないよ」

「はっはっはっ、悩みたまえ、若者」

「何言ってるの、へロイーズ……」

「あれ、そんなに引かないで……」


 急に笑い出したへロイーズに、シェリルが割と真剣に引く。流石のへロイーズも懲りたのか、これ以上この話題について踏み込むことはなかった。


 そして、特に話題もなくなり、無言になった二人。

 シェリルは頭の中で駆け巡る、好きという言葉と悪戦苦闘を繰り広げている。へロイーズのせいで、やけに動悸が感じられる。アルフの笑顔を思い浮かべると、何故か落ち着かない。


「好き、か……」


 シェリルは紅潮した頬を意識せず、熱い吐息と共に胸に引っかかる言葉を紡いだ。

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