閑話 『異例者』
「あー、お腹空いた……」
猫のような目を半分閉じて、炎天下のもと項垂れる一人の少女。彼女は肩にかかる藍色の髪を揺らし、憎らしげに、空に鎮座する太陽を見上げた。
「……はぁ、この身体も不便だなぁ……」
皮膚に突き刺さる日光に辟易とした表情を浮かべると、少女、へロイーズ・ロッテリアはがっくりと肩を落とす。
疲労困憊である彼女が、今滞在しているのは、王都と呼ばれるこの国最大の都市だ。故郷の集落を出て、はや一ヶ月。魔導師としてはそこそこの実力を持つ彼女は、探求者として何とか日々の生活資金を稼いでいた。
「お腹空いた……」
きゅるると可愛らしく鳴るお腹を押さえ、ため息をつく。
何も、彼女はお金がなくて食事をとれないのではない。昼時である今の時間帯では、空いている店がほとんどないのだ。人口が多いが故の弊害に、彼女は悩ませられていた。
「衝動の方は手持ちで何とかなるけど、食欲の方はなぁ……」
死んだ魚のような目で王都を練り歩くへロイーズは、仕方なしと昼食を諦める。今は人で溢れ返っているが、時間をずらせば流石に席は空くだろう。
手持ち無沙汰になってしまったため、何となく組合の方へぶらぶらと歩いていると、
「人集り?」
組合の前の広場のような場所に、何か催し物でもあるかのように人集りができていた。そして、そこには口々に野次を飛ばす探求者達の姿もあった。
「見ろよ、決闘が始まるぞ」
「ガキが一方的にぼこぼこにされて負けるだろ」
「いや、もしかしたら強いかもしれんぞ、まあないだろうがな!」
「アハハハハ!!」
へロイーズは、口うるさく言葉を並べる探求者達に顔を顰めながらも、人集りに納得する。どうやら、今から決闘が行われるらしい。へロイーズも見るのは初めてだが、ここでは稀にそういったことも起きるそうだ。
「まあ、暇潰し程度にはなるかな……」
僅かな好奇心を胸に、へロイーズも人集りに混じり、今まさに決闘をしようとしている二人を目にする。
片や、身長百六十と少しの灰色の髪の少年。
片や、身長百八十を超える帯剣した男。
「え、私と同じくらいの子ども……」
明らかに釣り合っていない対戦の組み合わせを前に、へロイーズも驚く。慌てて少年の方を注視してみるが、彼から焦りや不安といった感情は感じられなかった。
よほど自分の実力に自信があるのか、はたまたただの虚勢なのか。判然とはしないが、少しだけ興味が湧いてきた。
食事のことも忘れ、いつの間にか集中していることに気付かないへロイーズの前で、少年が口を開いた。
「さて、僕は準備できてるから、好きなタイミングで攻めてきていいよ」
「武器も持たずに、正気か?」
「いいよ、どうせ僕が攻撃することはないし」
「……本当に、どこまでも舐めた子供だ」
「子供とは心外だな。身長のせいかな?」
飄々とした態度で相手を煽る少年は、剣相手に無手で挑むようだ。へロイーズはそれを冷めた目で見ながら、この決闘の結果を悟る。いくら何でも、無謀が過ぎる。これでは切ってくださいと言っているようなものだ。
どうやら周囲の探求者達も同意見らしく、口々に少年を嘲る言葉を吐いていた。そして、
「行くぞ!!」
掛け声と共に放たれた鋭い刺突。
速さや威力も申し分ない、熟練の一撃だ。
これで終わりとへロイーズがその場を立ち去りかけた時。
「……!」
何と、少年が刺突を回避した。それも、ただの勘ではなく、しっかりと見切ったような動きで、だ。
彼は続く横薙ぎの剣閃も躱してみせ、追い打ちと言わんばかりの下方向からのロングソードの斬撃も回避。
その後の青年による怒涛の連撃も汗一つ流さずに回避し、最終的には指一つでロングソードを止めてしまった。
「凄い……」
へロイーズは魔導師であるため、近接戦については特に詳しくはないが、目の前で起きている出来事が凄いということは分かった。
そして、視線の先の少年は、エルフの少女を連れて組合の中へ行ってしまった。
周囲の探求者達は言葉を発することなくそれを眺め、次第に周囲へ散っていった。へロイーズもそれに混じってその場を立ち去り、ぼそりと呟く。
「エルフを連れる謎の少年。……うん、面白そう!」
機嫌良く歩き出したへロイーズであったが、結局昼食をとれたのは、それから一時間後のことであった。
***
薄暗い迷宮内を照らす、結晶から放たれる青白い光。
へロイーズは現在、結晶に包まれた迷宮の五階層をさまよい歩いていた。
遭遇する魔物は魔法によって倒し、魔石のみを回収していく。しかし、肝心の探し人は見つからない。
「うーん、どこに行ったんだろう?」
灰色の髪の少年と、綺麗な金髪を持ったエルフの少女。
こんな特徴的な組み合わせは、広大な王都を探しても一組だけだろう。尾行に気付かれるのを恐れて、踏み入った階層だけを確認したのはいいが、一向にその姿は見つからなかった。
「今日は諦めて帰ろうかなぁ……幸い、魔石は回収できたことだし」
と、へロイーズが半ば諦めかけたその時。
シュパンッという鋭い音が響くと同時に、壁が崩落するような音がへロイーズの耳朶を打った。
「今のは……」
音は、ここからそう遠くないところから聞こえた。へロイーズは自然と足を動かし、その場所へと向かう。断続的に響く壁の崩落音を頼りに黙々と進んでいると、
「さて、今日はもう帰ろうか」
「ふぅ……はい、そうしましょう」
ふらふらとした足取りのエルフの少女を、灰色の髪の少年が支えている姿が。間違いなく、へロイーズが求め続けた人物の姿だ。
ちょうど迷宮から帰るところらしい。話しかけるならば、今が絶好の機会だろう。
「さっきの魔法、凄いですね!!」
意を決して話しかけると、即座に灰色の髪の少年が警戒を強め、エルフの少女の前に出た。他種族を嫌う人間が大部分を占める今、こういった反応は当然のことだろう。
「……誰?」
「私は、ヘロイーズ・ロッテリア。あなたたちを偶然見かけまして、声をかけさせていただいたわけです!」
「僕はアルフだけど……何、目的は?」
「いえいえ、ただ、そちらのエルフの方の魔法に驚きまして! ぜひとも、言葉を交わしてみたいと思った次第です!」
「君はエルフを偏見の目で見てないってわけ?」
「勿論です!」
「…………」
場に静寂が落ち、見つめ合いが続くが、
「……ま、いいや。じゃあ、取り敢えず、迷宮から出たところで話をしよう。流石にここじゃ、落ち着いた話し合いなんてできないからね」
「それもそうですね、では、行きましょう!」
とりあえずは接触の成功に安堵すると共に、へロイーズは笑みを浮かべた。
その後、共に食事をとり、エルフの少女、シェリルと無事仲良くなることができた。灰色の髪の少年、アルフは立場的にはシェリルの保護者のようなものらしい。
そんなアルフを見て不思議な感覚を覚えながらも、へロイーズは彼らと別れた。
月明かりが夜の王都を照らす中、へロイーズは機嫌良く足を進める。理由は、言わずもがな。
「他種族を保護する人なんて、珍しい。……あぁ、それにしてもシェリル可愛かったな!」
小悪魔のような笑みを浮かべるへロイーズの口内。鋭い犬歯が、その姿を覗かせていた。
「あ、いけない、いけない。衝動はなるべく抑えなきゃ!」
慌てて気を落ち着かせるへロイーズは、黄色から赤色に変化した目を閉じ、夜空を仰ぐのであった。
おそらく、次から二章に入ります。




