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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第一章 目覚めた賢者
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閑話 『異例者』

「あー、お腹空いた……」


 猫のような目を半分閉じて、炎天下のもと項垂れる一人の少女。彼女は肩にかかる藍色の髪を揺らし、憎らしげに、空に鎮座する太陽を見上げた。


「……はぁ、この身体も不便だなぁ……」


 皮膚に突き刺さる日光に辟易とした表情を浮かべると、少女、へロイーズ・ロッテリアはがっくりと肩を落とす。


 疲労困憊である彼女が、今滞在しているのは、王都と呼ばれるこの国最大の都市だ。故郷の集落を出て、はや一ヶ月。魔導師としてはそこそこの実力を持つ彼女は、探求者として何とか日々の生活資金を稼いでいた。


「お腹空いた……」


 きゅるると可愛らしく鳴るお腹を押さえ、ため息をつく。

 何も、彼女はお金がなくて食事をとれないのではない。昼時である今の時間帯では、空いている店がほとんどないのだ。人口が多いが故の弊害に、彼女は悩ませられていた。


衝動(・・)の方は手持ちで何とかなるけど、食欲の方はなぁ……」


 死んだ魚のような目で王都を練り歩くへロイーズは、仕方なしと昼食を諦める。今は人で溢れ返っているが、時間をずらせば流石に席は空くだろう。


 手持ち無沙汰になってしまったため、何となく組合の方へぶらぶらと歩いていると、


「人(だか)り?」


 組合の前の広場のような場所に、何か催し物でもあるかのように人集りができていた。そして、そこには口々に野次を飛ばす探求者達の姿もあった。


「見ろよ、決闘が始まるぞ」

「ガキが一方的にぼこぼこにされて負けるだろ」

「いや、もしかしたら強いかもしれんぞ、まあないだろうがな!」

「アハハハハ!!」


 へロイーズは、口うるさく言葉を並べる探求者達に顔を顰めながらも、人集りに納得する。どうやら、今から決闘が行われるらしい。へロイーズも見るのは初めてだが、ここでは稀にそういったことも起きるそうだ。


「まあ、暇潰し程度にはなるかな……」


 僅かな好奇心を胸に、へロイーズも人集りに混じり、今まさに決闘をしようとしている二人を目にする。

 片や、身長百六十と少しの灰色の髪の少年。

 片や、身長百八十を超える帯剣した男。


「え、私と同じくらいの子ども……」


 明らかに釣り合っていない対戦の組み合わせを前に、へロイーズも驚く。慌てて少年の方を注視してみるが、彼から焦りや不安といった感情は感じられなかった。

 よほど自分の実力に自信があるのか、はたまたただの虚勢なのか。判然とはしないが、少しだけ興味が湧いてきた。


 食事のことも忘れ、いつの間にか集中していることに気付かないへロイーズの前で、少年が口を開いた。


「さて、僕は準備できてるから、好きなタイミングで攻めてきていいよ」

「武器も持たずに、正気か?」

「いいよ、どうせ僕が攻撃することはないし」

「……本当に、どこまでも舐めた子供だ」

「子供とは心外だな。身長のせいかな?」


 飄々とした態度で相手を煽る少年は、剣相手に無手で挑むようだ。へロイーズはそれを冷めた目で見ながら、この決闘の結果を悟る。いくら何でも、無謀が過ぎる。これでは切ってくださいと言っているようなものだ。


 どうやら周囲の探求者達も同意見らしく、口々に少年を嘲る言葉を吐いていた。そして、


「行くぞ!!」


 掛け声と共に放たれた鋭い刺突。

 速さや威力も申し分ない、熟練の一撃だ。


 これで終わりとへロイーズがその場を立ち去りかけた時。


「……!」


 何と、少年が刺突を回避した。それも、ただの勘ではなく、しっかりと見切ったような動きで、だ。

 彼は続く横薙ぎの剣閃も躱してみせ、追い打ちと言わんばかりの下方向からのロングソードの斬撃も回避。


 その後の青年による怒涛の連撃も汗一つ流さずに回避し、最終的には指一つでロングソードを止めてしまった。


「凄い……」


 へロイーズは魔導師であるため、近接戦については特に詳しくはないが、目の前で起きている出来事が凄いということは分かった。

 そして、視線の先の少年は、エルフの少女を連れて組合の中へ行ってしまった。


 周囲の探求者達は言葉を発することなくそれを眺め、次第に周囲へ散っていった。へロイーズもそれに混じってその場を立ち去り、ぼそりと呟く。


「エルフを連れる謎の少年。……うん、面白そう!」


 機嫌良く歩き出したへロイーズであったが、結局昼食をとれたのは、それから一時間後のことであった。



 ***



 薄暗い迷宮内を照らす、結晶から放たれる青白い光。

 へロイーズは現在、結晶に包まれた迷宮の五階層をさまよい歩いていた。

 遭遇する魔物は魔法によって倒し、魔石のみを回収していく。しかし、肝心の探し人は見つからない。


「うーん、どこに行ったんだろう?」


 灰色の髪の少年と、綺麗な金髪を持ったエルフの少女。

 こんな特徴的な組み合わせは、広大な王都を探しても一組だけだろう。尾行に気付かれるのを恐れて、踏み入った階層だけを確認したのはいいが、一向にその姿は見つからなかった。


「今日は諦めて帰ろうかなぁ……幸い、魔石は回収できたことだし」


 と、へロイーズが半ば諦めかけたその時。


 シュパンッという鋭い音が響くと同時に、壁が崩落するような音がへロイーズの耳朶を打った。


「今のは……」


 音は、ここからそう遠くないところから聞こえた。へロイーズは自然と足を動かし、その場所へと向かう。断続的に響く壁の崩落音を頼りに黙々と進んでいると、


「さて、今日はもう帰ろうか」

「ふぅ……はい、そうしましょう」


 ふらふらとした足取りのエルフの少女を、灰色の髪の少年が支えている姿が。間違いなく、へロイーズが求め続けた人物の姿だ。

 ちょうど迷宮から帰るところらしい。話しかけるならば、今が絶好の機会だろう。


「さっきの魔法、凄いですね!!」


 意を決して話しかけると、即座に灰色の髪の少年が警戒を強め、エルフの少女の前に出た。他種族を嫌う人間が大部分を占める今、こういった反応は当然のことだろう。


「……誰?」

「私は、ヘロイーズ・ロッテリア。あなたたちを偶然見かけまして、声をかけさせていただいたわけです!」

「僕はアルフだけど……何、目的は?」

「いえいえ、ただ、そちらのエルフの方の魔法に驚きまして! ぜひとも、言葉を交わしてみたいと思った次第です!」

「君はエルフを偏見の目で見てないってわけ?」

「勿論です!」

「…………」


 場に静寂が落ち、見つめ合いが続くが、


「……ま、いいや。じゃあ、取り敢えず、迷宮から出たところで話をしよう。流石にここじゃ、落ち着いた話し合いなんてできないからね」

「それもそうですね、では、行きましょう!」


 とりあえずは接触の成功に安堵すると共に、へロイーズは笑みを浮かべた。



 その後、共に食事をとり、エルフの少女、シェリルと無事仲良くなることができた。灰色の髪の少年、アルフは立場的にはシェリルの保護者のようなものらしい。

 そんなアルフを見て不思議な感覚を覚えながらも、へロイーズは彼らと別れた。


 月明かりが夜の王都を照らす中、へロイーズは機嫌良く足を進める。理由は、言わずもがな。


「他種族を保護する人なんて、珍しい。……あぁ、それにしてもシェリル可愛かったな!」


 小悪魔のような笑みを浮かべるへロイーズの口内。鋭い犬歯が、その姿を覗かせていた。


「あ、いけない、いけない。衝動はなるべく抑えなきゃ!」


 慌てて気を落ち着かせるへロイーズは、黄色から赤色に変化した目を閉じ、夜空を仰ぐのであった。

おそらく、次から二章に入ります。

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