16 『襲撃』
王都の東方向。
森の奥深く、結界によって守り続けられているエルフの里は、現在緊迫した空気に包まれていた。木を利用した住宅が並ぶエルフの里で一番大きい、長の家。その場所には、里の重鎮達が勢揃いしている。
理由は、言わずもがな。
部屋を見渡し、全員揃っていることを確認したセルフィは、静謐な空間を打ち破るべく言葉を紡ぐ。
「さて……皆さん、知っての通り、今日、シェリルの奪還を決行します」
集まった面々は、セルフィの言葉に表情を決意に固め、力強く頷いた。この時を待ち侘びていたと言わんばかりの心意気が、全員から伝わってくる。
特に、セルフィの隣に控えるミレアは、手に持つ杖を力一杯握り、その怒りの大きさを分かりやすいほど示している。
「奪還にあたり、最も注意すべき点は一つ。『剣聖』との戦闘だけは回避することです。もし、万が一遭遇することがあれば、戦うことを考えてはいけません。全力で逃げなさい。作戦が上手くいけば、流石の『剣聖』も、おいそれと本気を出せないはずですから」
『剣聖』とは戦わない。それでも、もし出会った時は絶対に逃げること。
作戦の立案時に、この部分では随分ともめた。同胞を殺され、激情を抱えるエルフ達にとっては、『剣聖』は必ず殺しておきたい相手だ。しかし、セルフィは戦闘をしてはいけないと言う。
エルフ達は、流石の『剣聖』といえど、大人数で囲んでしまえば倒すことは可能と考えている。だが、セルフィはそれが絶対的な間違いだと知っているのだ。
『剣聖』を始めとする英雄達は、人とは思ってはいけない。彼らを形容するなら、人の形をした何かと言うのが正しいだろう。それはもちろん、セルフィも例外ではない。
彼女の最大限の切り札は、精霊との契約により使用可能になる精霊魔法。その力は、魔法とはまた違ったベクトルの強さを保持している。今回の作戦の主軸は、間違いなくセルフィの精霊魔法だ。
「……では、手筈通りに。この作戦は速度が命です。私達の方が早いか、騎士達の方が早いか。一般人は無視して、襲撃してくる者のみ撃退して下さい。誰よりも早く、シェリルの下にたどり着くのです。では、皆さん、シェリルを救いましょう」
「おおっ!!!」
『霊姫』セルフィ・アルクイン率いるエルフの軍団が、動き出した。
***
迷宮の閉鎖が続いていることを確認したアルフ達は、直ぐに組合から踵を返し、今は王都をのびのびと巡っている。迷宮にしか行かないアルフに道が分かるはずもなく、案内を買って出たのはヘロイーズだ。
「どうしましょう、まずはどこに行きますか!!」
「僕は君達の護衛みたいなものだし、それに特に行きたいところもないよ。シェリルとヘロイーズが行きたいところに行くといい」
「……と、アルフさんがおっしゃるので、シェリル、どこに行く?」
「私? 私は……服屋、かな」
恥じらいを堪らえるように、もじもじとするシェリル。服屋というチョイスは、女の子らしくていいとアルフは思うのだが、どうやらシェリルにとっては恥ずかしさを感じる選択のようだ。アルフにはよく分からない。
「うんうん、シェリル可愛いもん! やっぱり、着飾らなきゃ!」
「そ、そうかな」
「そうだよ!」
早速服屋の方面に意気揚々と進み始めたヘロイーズが、満面の笑みでシェリルを褒め称える。頬を紅潮させながらも嬉しそうなシェリルは、心を落ち着けるように髪を撫でていた。
シェリルとヘロイーズが、女の子らしくい話題で盛り上がっている時。ふいに、ヘロイーズがぽんと手を叩いた。
「そういえば、アルフさんが服を買ってないなら、シェリルが着てる服はどこで手に入れてるんですか?」
「ん? シェリルの服なら、僕が昔に作ったやつをあげたよ。本当は別の人にあげようと思ってたけど、もうそんな機会はないし。僕が着ることは、ありえないからね」
「アルフさん、服を作れるんですか!?」
「うん、まあ」
食い気味に喋るヘロイーズは、やはりそういったことに目がないらしい。シェリルもアルフが服を作れると知った時は随分と驚いていたものだが、ヘロイーズの反応はそれ以上だ。
「今度作り方、教えてくださいよ!」
「べつにいいけど、いつになるか分からない話だね」
「構いません!」
「ふふ、よかったね、ヘロイーズ」
「うん!」
アルフが苦笑を漏らし、二人を見守っていると、
「……!」
視線。
後方から感じる、不躾な視線だ。
「…………」
シェリルとヘロイーズに異変を悟らせぬよう、アルフは表情を変えない。
視線の数は、六つ。アルフ、シェリル、ヘロイーズ、各一人ずつに二人分の視線が注がれている。それも、アルフ達に気付かれないように巧妙に気配を薄れさせて。
生憎とアルフにはバレバレだが、どうやら仕掛けてくる気配はないようだ。どちらかというと、監視をするような視線に近い。殺意が溢れたものではなく、一挙一動を見逃すまいとしているような視線だ。
シェリルに危害を加えようと近付いてきたのかと思ったが、判然としない。折角の休日に何故こんなことになるのかと物申したくなるが、ぐっと堪える。ともかく、警戒は必須だ。
「ここだよ、シェリル! ここの店員さんはね、良い人だから安心だよ!」
アルフが気を引き締めていると、服屋に到着したらしく、ヘロイーズがシェリルにサムズアップしている。ヘロイーズの言葉通りなら、彼女なりに、シェリルが楽しめるよう気遣っているのだろう。
「ヘロイーズ……ありがとう」
「いいよ、いいよ! 早く中に入ろ!」
「うん!」
店内に入っていくシェリルとヘロイーズの後ろに、アルフも続く。視線の主達が入ってくるかと警戒していたが、どうやらそこまで露骨な真似はしないらしい。
「……まあ、要警戒かな」
アルフが見つめる先では、シェリルを見て目を輝かせている店員の姿。そして、ヘロイーズが誇るように胸を張っている。大方、良い素材を連れてきたとか、そういったことを言っているのだろう。
異常な興奮を見せる店員の様子に、アルフは少し不安が残るが。
「まあ、良い人ではあるね。僕からしたら、だけど」
店員がシェリルに似合う服を選び、次々とシェリルの服が入れ替わっていく。ここまでエルフに対して好意的に接することができる人間は、今の時代においては異常とされる。
アルフの時代では、それが最も必要とされたことだ。
「アルフさん、どうですか!」
感傷に浸っているアルフの前に、スカートを揺らして微笑むシェリルが現れた。後ろでヘロイーズが意地が悪そうに笑っているので、十中八九、彼女の差金だろう。
アルフは後で仕返しをしようと心に決めつつ、
「うん、似合ってるよ。やっぱり、女の子らしい格好もしないとね」
「あ、ありがとうございます……!」
急速に顔を赤くするシェリルは、アルフに顔を見られぬようにとんぼ返り。素直に感想を聞きに来たのはいいが、褒められることに耐性はないらしい。ヘロイーズも、苦笑混じりにシェリルを見ている。
その後もいろいろと服を見て、その中の何着かを購入した。代金の方は、迷宮で荒稼ぎをしているアルフが支払った。シェリルもご満悦の様子なので、アルフにとっては使い道のなかったお金の用法がようやく発見できた。
「ありがとうございました、またのお越しを!」
ほくほく顔の店員に見送られて、アルフ達は店を出る。このあとは、どこかで昼食を摂ってから、また店を巡るつもりだ。
相変わらず監視の視線は消えないが、一定の距離をずっと保っているので、意識しておくだけでいいだろう。
「さて、ご飯を食べに行きましょうか! 私、美味しいところを知ってるので、任せてください!」
「それは楽しみだね、是非とも連れて行っ……て」
「アルフさん……?」
談笑に花を咲かせていると、言葉の途中で、急に目を見開くアルフ。彼は空を見上げ、
「なんだこの数……フライ? いや、それにしては数が多過ぎる。でも、それ以外でどうやって……」
ジーナのことやら監視の視線やら、よく分からないことが起きる一日ではあるが、今起きていることが最もアルフの心を揺さぶった。故に、アルフは最も優先すべき行動に出る。
「……シェリル、ヘロイーズ、僕から絶対に離れないで。……空から、王都に何か来る」
「へ?」
「アルフさん?」
空から急接近してくる、何かの気配。それも、一人二人どころではない。何百人という規模だ。フライという空を飛ぶことができる魔法は存在するが、これは習得難易度が高い上に、消費魔力が激しいので、使える人間は少ない。
だが、現実として空からは何百人もの気配が接近してきている。
「何が起きてるんだか……」
アルフが表情を歪めるのと同時、王都の各所に空からの襲撃者が降り立った。




