13 『勤勉』
修正版です。
少女が懐からナイフを取り出したのを見て、アルフは直ぐ様戦闘態勢を整える。十歳ほどのこんな小さな少女が目の前の死体達を作ったとは思いたくなかったが、状況がそれを許さなかった。
「あはは、やっちゃえ!」
「……なるほど、そういうことか」
少女の呼びかけに呼応するかのように、アルフの真上から突如複数の魔物が襲いかかる。無数に生えた足で、天井にへばりついていたのだろう。随分と用心深いと心中で悪態をつきながら、アルフは前方に風を飛ばして通路の方へ退避。
「むっ……早く行って!」
頬を膨らませる少女は、アルフの回避に腹を立てたのか、地面に轟音を伴って着地する四匹のムカデの魔物に命令した。ムカデは主の命令に従い、生え揃った無数の足を素早く動かす。
「気持ち悪いね……」
苦虫を噛み潰した表情を浮かべるアルフは、天井、右の壁、左の壁、正面から同時に迫ってくるムカデの姿を睥睨した。生理的嫌悪を内側から沸き上がらせるその巨躯は、人を潰すことなど容易い。
視界すべてを覆い尽くすムカデ達は、素早くアルフに接近すると、顎を広げて、アルフを喰らい尽くそうとする。口内に存在する、肉を裂くための鋭い牙を眺めながら、
「ウィンド・サイズ」
顕現した風の刃が、大口を開けて迫る四匹のムカデの口内に侵入。そして、その身体を真っ二つに切断しながら、最奥まで突き抜けた。綺麗に身体を両断されたムカデは、青色の血を地面にぶちまけて、魔石へと変わる。
「……やっぱり、迷宮の魔物か」
アルフはそれを一瞥すると、再び広場へ戻った。中では、相変わらず少女が死体の山の頂点で座っており、今は不思議そうな表情を形作っていた。
「あれれぇー、何でやられちゃうの? 人から頼まれたお仕事はちゃんとやらなくちゃいけないんだよ。なのに、何で、何でやられちゃうの? きちんと命令を果たさないと。じゃないと、いけないんだよ。だから、死んじゃうんだよ」
死体の山から下り、アルフの背後に存在するムカデの魔石に語りかける少女の姿は、奇怪の一言。自分の発言の異常性にも気付かず、ただ己の考えをつらつらと述べている。
アルフはもう少女の異常性は度外視し、なるべく情報を抜き出すことに専念する。そちらの方が、建設的だろう。
「君が、魔物の大発生や減少の原因だね」
「んー、そうだよー。ジーナはね、真面目だからね、きちんとお仕事するの! だから、あなたも殺すの!」
「仕事……? 誰かに頼まれてやってるの?」
「うん? 頼まれてるのかな、でもジーナは自分でやってるし、うー……まあ、いいや! とにかく、お仕事なの。だから、殺すね!」
「結局はその結論に至るのか……」
いつの間にか両手に持ったナイフを構える、ジーナという少女を見据え、アルフはフライを解除。
ジーナの強さは未知数だが、決して弱くないことだけは分かる。現状で判明しているのは、どうやってか魔物を操ることができる能力があるということ。
フライを発動したままだと、魔力の消費が激しい。便利な魔法ではあるが、それなりの欠点も持ち合わせている。軽視していい相手ではないため、アルフも警戒を強める。
「ーーじゃあ、行くよ!」
刹那、少女の背後から光が溢れる。目を覆いたくなるようなほどの光量が広場を満たすが、アルフが簡単に隙を晒すことはない。目元を簡易な闇魔法で覆い、咄嗟に防ぐことができた。
「でも……これはちょっと、予想外かな」
魔物、魔物、魔物。見渡す限りの魔物が、アルフに向かって射殺すような視線を向けてくる。その数、軽く百を凌駕する。見た限り、強さもかなりのものだ。
この数を一度で召喚した少女に、アルフは戦慄に近い感情を抱く。
「厄介すぎる能力だね……」
アルフが忌々しげに低い声を出すと、
「ギャァァァ!!!」
「グルゥァァ!!!」
「ギイィィィ!!!!」
「行っけー!!」
アルフ目掛けて飛びかかる、夥しい量の魔物。
鋭い牙が、肉を抉る強靭な爪が、肉を潰す巨体が、身を貫く針が、悪意を灯した瞳が、殺意を込めた唸りが、悪辣な狂気が、すべてアルフに集中し、その命を刈り取ろうとする。
傍目から見れば、間違いなく絶体絶命の状況。アルフの細身の身体が、圧倒的な質量に押し潰される寸前。
「ーーテンペスト」
吹き荒れる、暴風。先ほどまで使っていた低級の魔法とはわけが違う。込められた魔力の量は、推し量ることすら難しい。自然災害と言い換えてもいいほどの暴風は、アルフの周囲の何もかもを抉り、簡単に命を刈り取っていく。
地面をすり潰す音や岩の砕ける音、切り刻まれて叫ぶ魔物の断末魔などが混合し、耳に残る酷い不協和音を生み出す。
中央の無風地帯でそれを聞くアルフは、まだ油断なく周囲を警戒している。確かに威力は絶大だが、この魔法の欠点は周囲の確認が難しいところだ。音も風によってかき消され、もし敵が生き残っていた場合、行動が把握しづらい。その上、発動者の位置はバレてしまう。
「…………」
徐々に弱まりつつある暴風の猛威。ジーナが隙を付くとするなら、そこしかない。既に魔物の断末魔の叫びは消失し、未だ発動し続けている魔法だけが音を発している。
そして、遂に魔法が消失した時。
「……これはまた大胆な」
「殺さなきゃ!」
ジーナは、正面から二つのナイフを構えて襲いかかってきた。魔物達による攻撃は意味が無いと判断したのか、本人による直接攻撃。
「ふっ!」
「……子どもが、どうやってここまで」
二つのナイフを巧みに操るジーナの技量は、アルフの予想を超えて高かった。だが、アルフも負けてはいない。
致死の軌道を描くジーナの左手首を弾き、下腹部に迫る突きを、最小限の動きで回避。空いた胴体に蹴りを入れ、ジーナの軽い身体は簡単に飛んだ。
そして、アルフは空中で体勢を整えようとするジーナに、
「ファイアバレット」
大きな一撃ではなく、手数を重視した炎の弾丸達は、着地しようとするジーナの正面を埋め尽くした。
アルフの本職は、魔導師だ。近接戦もこなせるとはいえ、わざわざ近接で戦ってやる義理はない。密度の濃い攻撃を前に、ジーナは、
「無駄な行動!」
「……魔具まで、どこで手に入れたんだ」
ジーナが持つ二つのナイフが、炎の弾丸達を切った。それを見て、アルフはナイフの正体を瞬時に判断した。すなわち、アルフが現在も着装しているローブと同じ、魔具。
魔力を流すことによって特別な効果を発揮する魔具は、その効果のことごとくが目を見張るものであるため、とても貴重なものだ。ともすれば、他者を殺害して奪う人間が出てくるほど。
そして、ジーナの魔具の効果は一目瞭然だ。
「小手先の魔法は効かないの!」
ーー魔力の無効化。魔導師を殺すためにあるような能力だ。
こうして考えると、本当に厄介な少女だ。魔物を召喚したり操る能力、魔力を打ち消す魔具、卓越した戦闘技術。子どもが手に入れようとして、手に入れられる力ではない。
「僕がいない間に、何が起きたんだか」
「早く、死んじゃえ!」
眼孔目掛けて突き出されたナイフ。魔法で防御ができない以上、攻撃はすべてアルフ自身で捌き切るしかない。普通の魔導師なら死ぬ場面だが、生憎とアルフの友の中には『剣聖』がいる。身のこなしなどは、すべて彼から教授してもらった。
「遅いよ」
「う!」
首筋を狙った一閃が、アルフの頚動脈横スレスレを通過し、しかし傷は付かない。アルフは空振ったジーナの左手を見送り、先行してジーナの右手首を掴んだ。そして、
「ふっ!!」
「っ……!」
地面に叩きつけられる音が響き、肺から空気が抜けたジーナは、微かな呻きを漏らした。が、このままではまずいと思ったのか、アルフに足払いで牽制すると、押し込むようにナイフを横に振るう。
これにはアルフも後ろへ下がり、立ち上がるジーナを眺めた。
「体術だけなら、君が三人くらいいて、ようやく僕一人と渡り合えるってとこかな」
「っあ……」
キッと鋭い目つきでアルフを睨むジーナ。口の端からは血を垂らし、先のやり取りで内臓を損傷したことが分かる。アルフとしても、あくまでも情報を抜き取ることが目的なので、殺してしまうような魔法は使いたくない。
「……逃亡も考えれば、あれが最適か」
「死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ、死んじゃえ!!!」
狂乱と形容できるほど、アルフへの呪詛の言葉を吐き続けるジーナには、諦めるという意思は微塵たりとも感じられない。自主降伏は期待できないだろう。ならば、実力行使しかあるまい。
「死ん、じゃえぇぇぇ!!!」
アルフの左右と後ろに狼の魔物を召喚したジーナは、そのまま地面を蹴り、渾身の突きをアルフの心臓目掛けて叩き込もうとする。魔物に対処すればジーナの攻撃で死に、ジーナに対処すれば魔物に噛み殺されてしまう形である。
しかし、アルフは落ち着いた様子で、
「グラビティ・プレス」
「っ!」
アルフが詠唱を終えると同時、魔物が三匹同時に押し潰されるようにして死んだ。臓物が飛び散る前に粒子になって消滅し、魔石だけがからんと音を立てて残る。
そして、アルフへ直進していたジーナは、容易く両腕を掴まれ、逃げられないように力を込められた。
「ーーディスオーダー」
「あ、かっ……ぁ」
からんと、乾いた音が広場に響き渡る。その後、どさりという、人が倒れたような重苦しい音が続いた。ジーナを襲う、世界が反転したような感覚。
いくら力を込めようとしても、身体が動かない。何が起きた。自分は何故倒れている。これでは、目の前の人間を殺せない。殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ、殺さなきゃ!
「はぁ……厄介だった」
倒れ伏すジーナを確認して、アルフは億劫そうに呟く。そして、戦闘の余波で埃のかかったローブを払うと、首を軽く回した。
「あー、疲れた」
「な、何、し、たの……」
「……簡単なことだよ、魔法を使って君の魔力を撹乱させた。君の身体はしばらく魔力の正常な流れを失って、立つことすらままならなくなる」
「そ、んな、魔法、聞い、た、こと……」
「ないだろうね」
ディスオーダーと呼ばれる、相手の魔力を掻き乱す魔法。これは、アルフが開発した魔法の一つだ。相手に与える効果は大きいものの、アルフ自身にも多少の魔力の撹乱が起きる。一時的に、テンペストのような規模の大きい魔法が使用できなくなるのだ。故に、あまり使用したくない魔法の一つでもあった。
「……さて、君は何者だ?」
「わ、たし、は、“勤勉”な、人間。真面目、で、あな、たを、ころ、す」
「魔具はどこで手に入れた?」
「ころ、す、ころ、す」
「目的は何?」
「ころ、す、ころ、さ、なきゃ」
「……はぁ、無理、か」
一つ呟き、アルフは少女に手を向ける。もちろん、止めを刺すためだ。情報を抜き出したいが、まともに会話をする気がない相手には意味が無い。ならば、殺すしかない。
「殺す、殺す、殺す!!!」
「なんでそこまで僕を殺したがるのか……」
苛立たしげに殺すという言葉を繰り返すジーナ。アルフは、彼女の命を摘み取るために魔法を放とうとしてーー
「……救恤ぅぅぅ!」
「……それは反則でしょ」
突如、ジーナの身を包みこんだ淡い光。変化を確認した瞬間にアルフは魔法を放ったが、ジーナに傷は与えられなかった。どうやら、手遅れ。ジーナの身体が一際強い光を放つと、跡形もなく消失する。
「転移か……いや、召喚の応用? でも、魔力はまだ使えなかったはず……まさか、他に仲間がいるとか。……はぁ」
アルフは、ジーナを取り逃してしまったことにショックを感じたように、物憂げなため息をつく。そして、
「この死体……燃やしておこう」
積み重なった死体の山に火を放つと、燃え尽きるまでそれを見届けた。運び出すことはできないが、これで最低限弔うことはできただろう。
「……疲れた、帰ろう」
アルフは再びフライを使うと、迷宮の外を目指した。




