11 『変化』
迷宮を出て、直ぐ正面。
茜色に染まる空から注ぐ、西日を受けて煌めく噴水が、軽快な音を立てて水を撥ねさせる。探求者が集うその場所で、ヘロイーズは両手を空へ上げて、
「あーーー、死ぬかと思った!」
「ヘロイーズ、声が大きい」
「ヘロイーズ……!」
両者の注意を受けて、ヘロイーズは両手を合わせて謝罪。探求者達の無遠慮な視線が突き刺さる中、アルフとシェリルはおもむろにため息をつく。
反省しているのかしていないのか分からないヘロイーズは、苦笑いを浮かべるのみだ。怒るに怒れないその態度がまた、腹立たしい。アルフの内心を察している節があるヘロイーズが、それを利用しているのかもしれないが。
「……とりあえず、組合に行こうか」
「そうですね!」
「はい」
痛いほど感じる視線から逃げるように、三人は組合の方向へ足を進める。今日はいつもより迷宮探索を切り上げる時間が早かったためか、探求者達の人数も若干少ない。だが、視線から感じる圧力は大して変わらなかった。
それを誤魔化すようにして、アルフは口を開く。
「……で、ヘロイーズは何であんな量の魔物に追われてたの?」
「それがですねーー私にもよく分からないんですよ」
えへへと頭に手を当てるヘロイーズは、一見ふざけているように見えるものの、本当によく分かっていないらしい。
「よく分からない? じゃあ、突然あの量の魔物達が押し寄せてきたわけ?」
「はい、そうですね。死ぬかと思いました!」
「僕らがいたから良かったけど……突発的に魔物が大量発生するなんてこと、ありえるの?」
「んー」
ヘロイーズは顎に人差し指を当てて思考を表明し、やがて眉を八の字にして、困ったような表情を浮かべた。
「残念ですけど、私は聞いたことありませんね。シェリルはある?」
「ごめんなさい、私も知りません」
「なるほど、初めてという可能性も……って、そういえば……」
記憶の片隅に残っていた光景が、アルフの脳を刺激する。魔物の大量発生。それは、アルフが『外』に出て、直後に直面した事態だったはずだ。呆気なく終わった出来事だったため、今の今まで失念していた。
「アルフさん、どうしたんですか?」
「いや、この魔物の大発生、多分、一週間前から起こってる。ほら、僕がシェリルを助けた時。あの時も、かなりの量の魔物に囲まれてたでしょ?……だけど、それなら何で情報が伝わってないんだ?」
シェリルも今しがた思い出したようで、口に手を当てている。唯一その時の場面に居合わせていなかったヘロイーズは、得心顔をしているシェリルとは対照的な、どこか拗ねたような表情を浮かべた。
「アルフさん、私だけ置いていって、シェリルと盛り上がらないで下さいよー。質問だけじゃなくて、説明が欲しいです!」
「ああ、ごめん、ごめん。簡単な話だよ。僕がシェリルと出会ったのは約一週間前で、その時にも魔物の集団に襲われたんだ。だから、この魔物の大量発生が、一週間前から起こってるんじゃないかって。でも、それじゃあ今まで情報が上がってなかったことと矛盾するんだよね」
「……なるほど、理解しました! その上で一つ思い付いたんですけど……それって、襲われた探求者全員、死んでるってことじゃないですか?」
「!」
あまりにも合理的で当たり前すぎる答えに、身体を硬直させるアルフ。そうだ、それ以外ありえない。目撃者がすべて消されていると考えれば、アルフの推論が成り立つ。
なまじ自分の実力が高過ぎるため、魔物に負けるという可能性を考えることすらしなかった。その階層の魔物を圧倒する実力がない限り、普通は物量に押されて死ぬ。
筋道の整った一つの推論。これはあくまでも推論でしかないが、
「これは……伝えるべきだよね。勝手な妄想と切り捨てられるかもしれないけど、何も伝えないのは流石に酷すぎるし」
「そう、ですね」
「うん、私も賛成!」
妄言だと切り捨てられてもいい。しかし、分かっていて伝えないというのは、道義に反する。
アルフは僅かに顔を顰めると、歩く速度を早めた。二人も、アルフの後ろを黙ってついてくる。
アルフ達は、ほんの数分で組合前にたどり着いた。またもや大量の視線が探求者によって向けられるが、今は取り合っている暇はない。躊躇なく扉を開き、中に足を踏み入れると、
「ーーふざけんな、どうなってんだよ!!!」
怒鳴り声を上げている、一人の男。
「これは……」
アルフ達は不穏な空気を感じ取ったが、取り敢えずは扉を閉める。男が怒鳴って以降、静寂に包まれていた組合内には、扉が閉まる音はいやに響いた。
今だけは他の探求者達も、アルフ達に目もくれず、組合の職員らしき人間に詰め寄っている男を見つめている。彼の尋常ではない様子も視線を集める役目を買っているが、何よりも彼の姿。
身体の至るところに傷がついており、滲み出た血によって、血塗れになっている。幸いにも命に関わるような傷はないが、何かあったことだけは確かだ。
「ですが、こちらでも確認が取れておらず……」
「何でこんな急に、ありえねぇよ!!!」
「で、ですから、ただ今、依頼を出したところでして……」
「ふざけんな!!!」
男は激情にかられるまま、感情を発露させる。怒りに身を任せて言葉を発する彼には、理屈といったものが飛んでいるように思えた。いくら職員が言葉を並べようが、男は取り合おうとしない。
「一体どういうことだ、何で迷宮内にあんなに魔物が溢れてやがる!!」
「っ!?」
男と職員の話に耳を傾けていたアルフは、愕然とする。次いで、理解した。あの男は、大発生した魔物に襲われ、そして生き延びた男だ。身体中に傷が付いているのも、そのためだろう。
しかし、これで確定した。明らかに、魔物の数が増えている。あれだけ熱心に糾弾するということは、今まで起こったことがないというのも事実なのだろう。
魔物の大発生は事実。ならば、その原因だ。何故、今まで起こっていなかった大発生が起こってしまったのか。
「すみませんが、組合の方でもまだ原因は特定できておりません。現在は調査を進めている途中ですので、どうかご了承ください」
「っ……くそっ!!」
男は申し訳なさそうに頭を下げる職員の姿を見て、いくらか冷静さを取り戻したのか、顔を悔しげに歪めた。この場で職員を問い詰めたところで、有益な情報は何も得られない。組合すら予想だにしなかった事態だ。
「…………」
膝をつく男を見ながらも、アルフは思考を巡らせる。何故、魔物が増えたのか。アルフが『外』に来た時期と被っているが、これはただの偶然だろう。そんな影響を与える力は、アルフは持ち合わせていない。
なら、一体どうして。今まで起こってこなかったくらいなのだから、自然発生というのは考えにくい。可能性としてはありえるだろうが、今は排除していいだろう。
ならば、考えられる可能性の中で最も高いのは、
「……人為的に引き起こされた事態、か」
アルフは、シェリルやヘロイーズには聞こえない程度の声量で呟き、自分が出した結論を見直す。有り得る可能性の中で、他に何か最悪の事態はないか。見落とせば、取り返しがつかないことになるかもしれない。最悪を想定して動け。
そう自分に言い聞かせて思考を続けるが、何か思いつくことはない。アルフの中で一番疑わしいのは、迷宮内で何者かが、人為的に魔物の大発生を引き起こしているということ。
本当に人が行っているのか、そうだとしたらどういった手法で魔物を発生させているのか、それは想像もつかないが、人がやっていないならやっていないで、それでいいのだ。
アルフが何よりも警戒しているのは、行動を起こさずに事態が進行していくこと。不安の芽は、なるべく早く摘み取っておきたい。
「雲行きが怪しくなってきた……」
状況の変化に顔を苦々しく歪め、アルフは両隣のシェリルとヘロイーズを見る。アルフの視線に気付かずに、男を見ている二人。彼女らは、調査には連れて行けない。
「危なっかしいからね、これは僕が調べるとするよ。でも、なるべく何も起こらないといいなぁ……」
密かに決意を固めたアルフは、ただ何も起こらないことを願った。




