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灰かぶりの賢者  作者: 夏月涼
第一章 目覚めた賢者
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10 『成果』

 三百年前、大陸を呑み込まんと侵攻してきた魔王は、集められた六人の英雄によって滅ぼされた。種族の垣根を越えて団結した六人の英雄は、歴史上最強のチームと謳われている。


『剣聖』カルロス・ディ・アルフォード

『聖女』フローラ・ベルトラム

『賢者』アルフ・レイヴァース

『霊姫』セルフィ・アルクイン

『堅王』ディエゴ・ボルダス

『竜帝』エディ・フリースト


 苛烈さを極めた魔王討伐の旅でも、彼らは誰一人欠けることがなかった。衝突や危機を乗り越え、無事に魔王討伐を果たしたのだ。そして、彼らは、誇りを胸に祖国へと凱旋した。


 国を挙げての祝祭が執り行われ、魔王という脅威が去ったことを人々は大いに喜んだ。これで人類は安泰。全種族が協力し、辛くも勝ち取った平和の未来だ。誰もが待ち望んだ、戦いの終息だ。


 ーーだが、一年後。


 各種族はいつの間にか他種族を疎むようになり、ついには争いにまで発展するようになった。原因は、魔王が侵攻していた領地が空いたことによる争奪戦。資源や領地を求めて、争いは留まることがなく、むしろその戦線を拡大させていった。


 もちろん、争いとなると戦力が必要になる。そこで目をつけられたのが、魔王を討伐した英雄達。彼らの力は単独で戦況をひっくり返すほど凄まじく、是が非でも戦線に立って戦って欲しいわけだ。


 しかし、争いを無くすために奔走した英雄達が、素直に協力するわけがなかった。

 一人は独自で争いを止めようと立ち上がり、一人はそれに追従した。一人は森に帰って結界を張り、大集落を築き上げた。一人は我関せずの姿勢を貫き通し、終始争いには関わらなかった。一人は一つの国を滅ぼし、やがて姿を消した。


 そして、最後の一人だけは、(つい)ぞ誰にも見つけることができなかった。


 だが、争いを止めようと奔走した二人の英雄の甲斐あって、一時的に土地の奪い合いはなくなった。平和には程遠いものの、仮初の条約なども結んだ。それの効力に関しては、言わずもがなだが。


 ともかく、『剣聖』と『聖女』を失えば、いずれまた戦争が始まるだろう。誰がどこに仕掛けるかは不明だが、それだけは間違いない。願わくば、英雄達の行動が無駄にならぬように。



「なるほどね……」


 パタンと音を立てて本を閉じ、アルフは瞑目して思いを凝らす。

 三百年の歴史の間に、何が起こったのか。仲間はどういった行動を取って、どのような結末を迎えたのか。ーー彼らの思いは、どの方向に向かっていたのか。記されていた事実を、アルフは知った。


「やっぱり、動いたのはカルロスとフローラか……。でも、瓦解した。セルフィとディエゴは引きこもって、エディは国を破壊後、隠遁生活。……僕はどうするべきかな」


 今しがた知った仲間の行動指針は、それぞれによって違う。とはいえ、アルフに悩む余地というのは存外に残されていない。シェリルを保護した時点で、道は確定したと言っていい。


「とりあえず、シェリルの安全優先は決定。あとは、エルフがどうなってるのか気になるところだけど……っと、お」

「やった!!」


 アルフが思考を進めていく傍ら、いつも通り魔法の練習をしていたシェリルが、思わずといった様子で声を上げる。彼女の前には、一直線に綺麗に裂かれた迷宮の壁があった。


「やっぱり、一週間前後だったか。成功だね、シェリル」

「はい!」


 ニコニコと笑みを浮かべ、魔法の成功を喜ぶシェリル。一先ずは、魔法の制御には成功した。かれこれ一週間同じことを繰り返す日々だったが、根気強くやった成果が出た。


「うん、扱える魔力量も増えてきてるようだし、好調、好調。……さて、まだ時間には余裕があるし、ちょっと本格的に迷宮に潜ってみようか」

「はい、行きましょう!」


 機嫌がウナギ登りのシェリルに苦笑し、アルフはシェリルの隣に並ぶ。


 現在、アルフ達がいるのは、一週間前から変わらずに五階層だ。青色の結晶に囲まれた五階層においては、結晶から放たれる光が光源の役割を果たしている。アルフも最初は幻想的だと感心したものだったが、慣れてしまえばそんな感慨も抱かなくなった。


 魔物との遭遇に備えているアルフは、ローブをくいっくいっと引っ張られる感覚を覚え、隣を見る。すると、シェリルが、


「そういえば、アルフさんって何歳なんですか?」

「……僕の年齢?」

「はい、アルフさんまだ若いのに、魔法の腕が凄いですから」

「……十八歳かな」

「やっぱり、私とそんなに変わらないんですね」


 純真なシェリルの笑顔を受け、耐性のないアルフは流れるように目を逸らす。だが、アルフが十八歳という点は、あながち間違ってもいないのだ。それはアルフが契約している精霊に関することなのだが……


「……っと、シェリル、魔物だ。僕は手を出さないから、一人でやってみて」

「はい……!」


 シェリルはどこか浮ついていた雰囲気から、まだ慣れない戦闘用の心構えに切り替えた。


 アルフとシェリルが見つめる先。

 そこには、小柄な体躯に、犬のような頭部を持った二足歩行の生物が、三匹ほど固まって歩き回っていた。その手には、木製の棍棒が握られている。


「コボルトだね」

「はい……いきます」


 シェリルは、歩き回る三匹に気付かれない程度に近付くと、緊張を含んだ吐息を漏らす。少し速くなった鼓動を意識の外に押し出し、一週間繰り返してきた魔法の感覚を腕に宿らせた。

 狙いは三匹の首。魔力の量を確認。大丈夫、少な過ぎず、多過ぎない、適切な量だ。


「ーーウィンド・サイズ」


 刹那、目に見えない凶刃が三つ発生し、微かな空気の揺らぎを起こして、狙い違わずにコボルト達の首に迫る。


「ギッ……!!」


 コボルトは異変に気付き、咄嗟に棍棒で防御を固めた。……が、ただの木材で凶刃が防ぐことができるはずもなく、棍棒は半ばから真っ二つにされて宙を舞う。

 そして、遅れて三つの頭部が血に塗れながら飛んだ。司令塔を失った肉の塊は、頭部の着地と同時に地に伏せる。命が途絶えたコボルトの身体は、淡い粒子へ。残ったのは、小さめの紫色の魔石だけである。


「やった!」

「これなら、慣れれば魔物を倒すのは問題ないね。何階層くらいまでいけるかな?」


 発動までに僅かな時間を必要とするとはいえ、シェリルの魔法は十分実用できるレベルにまで育っている。アルフも階層ごとの魔物の強さは把握していないため、シェリルがどこまで行けるかは分からないが。


「まあ、とりあえず、十層あたりまで行ってみようか。辿り着けなかったら、無理せず帰ろう」

「そうですね」

「じゃあ、行こうか」


 魔石を回収し、アルフとシェリルは迷宮の奥に進んでいく。時には危ない場面もあったが、そこはアルフのフォローにより事なきを得ていた。遭遇するコボルトを含めた魔物達を安全策を取って倒していき、着々とシェリルの経験を増やしていく。


 魔物相手に練習しつつ、シェリルが使用できる魔法の種類も増加した。もともと風魔法の基本的な攻撃魔法は使えているため、その他の属性の基本的な攻撃魔法は、割と習得は早い。


 そして、調子よく進むこと三階層。つまり、八階層目。いつしか見た、赤茶けた壁に囲まれたその場所で、アルフとシェリルは奇跡的な出会いを果たしていた。


「こんなところで会うなんて奇遇ですね!」


 そう言って朗らかに笑うヘロイーズの服装は、相変わらずだらしない。しかし、今はそんなことを注意している余裕はなかった。笑うヘロイーズの背後。ーー大量の魔物が、追いかけてきている。


「ヘロイーズ!?」

「君は、何故こんな量の魔物を……」


 驚くシェリルと、呆れるアルフ。ヘロイーズは申し訳なさそうにしながらも、舌を出して許しを得ようとしていた。あざとい。

 ともかく、このままでは三人まとめて魔物に呑まれて死んでしまう。アルフは嘆息をつきながらも、


「シェリル、調整しつつ、一つ上位の風魔法。君ならできるはずだ」

「はい!」

「おっ、助かります!」


 ヘロイーズは顔にへばりついている藍色の髪を整え、アルフ達の後ろで地面にへばり込む。清々しいほどの他人任せの姿勢だが、実際に魔物の量が洒落にならないので、仕方あるまい。


「ギャアギャア!!!」

「グルゥァァ!!!」

「ガラァァ!!!」


 大量の魔物の叫声が壁に反射して、煩わしくなるほどの音の反響がアルフ達の鼓膜を叩く。シェリルは顔を顰めながらもタイミングを測り、


「ディメンション・ストーム!」


 現在では中級風魔法と呼ばれる、ディメンション・ストームを発動。指定された区域内を風が覆い、その中で無数の風の刃が荒れ狂う。慣性によって咄嗟に止まれなかった魔物達は、そのままディメンション・ストームの中に飛び込んでしまった。


「うへぇ……」


 ミキサーで切り刻むような残酷な魔物の死に様を見て、へばり込んでいるヘロイーズが呻き声を上げた。確かに、耐性が無い人間が見たならば、気分が悪くなるような光景だ。

 助けてもらっている立場なのに、ヘロイーズの態度は心外ではあったが。


 舌を出すヘロイーズをアルフが睨んでいると、シェリルが戻ってくる。魔力調整が上達したため、彼女が魔力切れで疲弊している様子はない。


「終わりました」

「うん、やっぱり君の才能は本物だ」

「流石、シェリル!!」


 サムズアップをするヘロイーズに、流石のシェリルも苦笑。散らばった魔石を回収してから、三人は迷宮を出た。

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