推理2
でたらめな推理も、一応伏線ではあるんですけど……
その夜も迷惑電話に悩まされる。布団から追い出されるこっちの身にもなって欲しい。
……夜中ぐらいコード抜いてもいいよな。
翌朝。コードを差し込み、朝食を作る。
食事は簡単な物で済まし、執筆を再開する。
……
…………
どうしてだ? 全く進まない。理由はわかっている。でも、割り切らなければならない。この事件はこう始まる。そしてここにはこんな伏線が生じる。だから僕は、こう書かないと……
書かないと。こう考える事はすなわち、スランプの始まりである。僕はその事に気付いていなかった。
駄目だ。なんでだ?
あきらめて、電話の事へと思考を移す。
あの賞は、ミステリー作家の登竜門と呼ばれている。それだけに、かなり真剣に皆応募しているはずだ。それだけに落選を聞いた時の衝撃はかなり大きいはずだ。それでも範囲は狭まらない。どうすればいい。どうすれば。どうすれば……
電話の音がけたたましく着信を告げる。もう無視しようとも思ったがそれでもセッペーからの電話の可能性もあるので電話を受けざるを得ない。
「もしもし」
やはり無言だ。あーもう。うるさい。
そのまま受話器を叩き付け、机に向かう。
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ここまで書いた。どうしようも無く迷惑電話に関してまとめていた。
電話が鳴って、中断したが。
「もしもし」
不機嫌な声を出したが案に相違して電話からは声が。
「もしもしごめん遅れて」
「なんだセッペーか」
「なんだって何よー」
おどけた声に安心する。少なくともこうやって電話で話している内は迷惑電話に悩まされる事は無い。
「迷惑電話に悩まされるこっちの身にもなってくれよ」
「冗談よ。それはともかく、あの後いろいろ考えたんだけど、今からそっち行くね」
そう言っていきなり電話が切られる。僕は受話器をおろした。
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セッペーは推理力が高い。僕が試作として書いていたミステリーを、必要な手掛かりが出揃った瞬間に解き明かしてしまう。
それだけに、ミステリー作家としては、狙った所でちゃんと手掛かりが出尽くしているか、うまくミスリードは仕掛けられているか(彼女もミスリードには引っかかるのだ)を確認してもらえるという点でも、非常にありがたい存在なのだ。もっともミスリードなんて仕掛けた事は無いけど。
書かなければならないミステリーの筆が進まず、セッペーの紹介を書いていた。深い意味は無い。
僕はミステリー作家で、鳴かず飛ばずの下積み時代を経て、ミステリー作家の登竜門と呼ばれる権威ある賞を受賞する。恐らくそこで誰かからの逆恨みを受けていると思われる。その相手から脅迫状を受け取ったり、電話を執拗にかけられたりと、ひどい嫌がらせを受けている。
現実逃避にまとめていた。
とにかく、ミステリー作家が何の仮説も出せずに彼女の話をうんうんうなずきながら聞くのもどうかと思って、思考を張り巡らせる。
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「で、私の仮説だけど」
結局何の解答も示せず、僕は彼女の前に座っている。
「あくまで仮説なんだけど、最終選考まで残った人に範囲を狭めていいと思う」
「して、その根拠は?」
「確かに手掛かりは何も無い。だから、全部私の想像。アンフェアなんて言わないでね」
「ミステリーじゃあるまいし」
「やっぱり、そこまで期待させられてた分落差も大きいの。もちろん、その後何かしらの小説で成功してる人は抜きよ」
「……それだけ?」
「しかたないでしょ、手掛かり無しよ?」
「そうだけど」
「何の仮説もたてられ無かったくせに」
言葉を遮るようなセッペーの鋭い発言に、手も足も出ない。
「ま、あくまで仮説だし、この先ずっと待ってれば、手掛かりも出るかもね」
冗談じゃ無い。今でさえきついのにこの先ずっと待つなんて出来っこない。
「それとも調べる?」
「……そうさせてもらう」
僕は、こいつには勝てない。
「じゃあまずは最終選考まで残った人だけど」
「名前、か。ちょっと待ってくれよ……あった」
僕が受賞した回のあの雑誌は今でも保管してある。
「えっと、山名裕貴、平誠、長谷川透、芳原晃、か、ん?」
約一つ、見覚えのある苗字が。
「どうしたの?」
「ほら、この……」
僕はその名前を示した。
「たまたまじゃない?」
「そうかな……」
まあ、同じ苗字と言うのはよくあるものだけど。まあ偶然か。
「ちょっと調べてみるわね」
「長谷川透はデビューしたらしいわね」
「じゃあ除外か」
少なくともここまで陰湿な嫌がらせをするほど憎んでいるとは思えない。
「じゃあこの残りの三人を調べる、と言う事で」
「わかった。でも、どうやって調べるんだ?」
「それは……あ」
「住所、調べられるかね……そうだ。Yさんに聞いてみるか」
その出版社主催の賞だ。聞けば調べられるだろう。もっとも、教えてくれるかどうかは交渉次第だが。
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「あの、Yさん。最近、迷惑電話がかかってくるんです」
「え……そ、そうなんですか」
「その容疑者を僕が受賞したあの回の最終選考まで残った人に絞り込みました」
「え、あ、そうですか」
「だから、その四人の住所、というか現在の状況を教えてほしいんです」
「え、でも勝手にそんな……」
「この迷惑電話のせいで、小説が進まないんですけど」
必殺の殺し文句。彼女にとって、僕の小説が締切に間に合わないのはデメリット。結局僕は情報を手にしていた。
一応完結が見えて来ました。