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一人、待つ夜の(名前も知らない、恋しい人へ)

作者: 夜薙歌茅

僕は、彼女の名前を知らない。住所も、素性も知らない。

けれど、僕は彼女を好きになってしまった。

どこで、なぜ、こんな出会いをしたのだろう。


行きつけの喫茶店で?

大学の広場ですれ違い?


僕は今日もまた、彼女に会いにいく。

パソコンの電源を入れる。

アプリを入れすぎたせいで、やたらと起動に時間がかかる。もどかしい。

新着メールを確かめる。怒涛の広告メールが降りそそぐ狭間に、オンラインゲーム会社からの数件を見定める。そこに、彼女のIDを探す。ない。

わかっていても、一つひとつ、メールを開く。


事務的な、お知らせばかりを、気を紛らわせるためだけに確かめていく。

それが終われば、ショートカットでゲームのサイトにアクセス。

ログインしたままなので、自分のキャラページに飛ぶ。

僕がジョブ、生まれ、スキルを組み込み、レベルという単位を持った、もう一人の「僕」だ。

すぐに「彼女」のキャラページに飛ぶ。

そこに、彼女の気配を求めて。


「僕」が「彼女」に告白したのは、去年の秋のことだった。

それは、ゲームキャラ同士の付き合いーーお互い、プレイヤーの名前も住所も素性も、顔も職業も、ひょっとしたら性別さえも知らない。

ただ、話をする。同じ時間を、寄り添っている。二人はそんな関係だった。


11月20日。そこで、付き合って一年になる。

「彼女」は、時々メールをくれる。そして、僕は自分の存在を確かめる。

それがない日は、どこか虚ろになる。自分が、宙ぶらりんな存在になってしまったようで。

「彼女」は、彼女そのものではない。「僕」だって、僕そのものではない。

わかっている。けれども、一年間。言葉でやり取りをつづけていれば、「彼女」と彼女の似たところ、物の見方、考え方、こういう時、どうするか……そんなものが、わかるようになってくる。

それは、彼女にとってもそうだろう。もう、「僕」の向こうにいる僕のことなど、お見通しなのだ。


大学の友達に、そのことを話した。


ーーどうせ、ゲームの中の付き合いだろ。のめり込むのはよせって。


サークルの女友達にも話した。


ーー新しい形の遠距離恋愛かな? 会えなくて寂しくないの?


僕自身にも問いかける。


ーーおまえはどうしたいんだよ?


暗闇の中、僕は布団の中で、スマホを握りしめて、小さくなったキャラページを眺めている。

スマホは最近買った。仲間内で持ってないやつはいないし、いい加減、スマホにしようと思ったからだ、たぶん。

ーーたぶん。彼女にいつでも会えるから……



僕は、この気持ちの呼び名を知らない。



彼女の何もかもがほしいわけじゃない、すべてを独占したいわけじゃない。

彼女にも家族があって、友達がいて、生活があって、日常もあって。

それを放り出して、ゲームにはまり込むような人なら、きっと好きにはならなかった。


画面の中のカッコいいアバターの「僕」は、僕の一部。全部じゃない。裏返せば、僕の生々しい欠点が見える。

不甲斐なさも、頼りなさも、年の若さも、未熟さも、一緒くたに持っている。

それは、彼女だって、そうかもしれない。


わかっている。


ただ、どこかでつながっていたいだけなんだ。


僕の一部が信頼し、初めて心を預けた人と。



ーー11月20日。メールは来ない。

異世界の舞台に、「彼女」はあらわれない。

いつも、待ち合わせをしている場所に、「僕」は手持ち無沙汰で立っている。



彼女はーー名前も知らない「彼女」のプレイヤーは……とても忙しい。

次に会えるのは、明日? 明後日? 3日後、一週間後、半月後ーーーそれとも、新年を待たなければならない?



小さな液晶画面を見つめながら、僕の瞼が落ちようとしている。

今日が始まると同時に、彼女にメールを送った。もうすぐ24時間がたとうとしている。


ただ、一言がほしい。


けれど、僕は待っているだけ。


彼女には、彼女の生活がある。手を伸ばしても届かない場所に。



僕はこの気持ちの、呼び名を知らない。





お読みいただき、ありがとうございました。

何か感じていただけたなら、幸いです。

感想など、ご自由にお書きいただけましたら、うれしいです。


しばらく、短編を書いてみようと思います。

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