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魔の娘と敬虔な王子  作者: かまこ
7/11

7

王の光は聖なるもの。王の威光ある限り、その息子らにも祝福を。



「祝福なんかなくたって、いい」


あたしの背中で子供はそうこぼす。


「なんでルーには祝福がないの?」


あたしは動物特有の無邪気を装って尋ねた。そもそも祝福ってなんだろう。


「……僕には必要ないから」

「ふうん。それならいいね」


ルーにいらないなら、あたしにはもっと関係ないことだろう。

けれどルーは、むしろあたしの無関心に背を押されるように口を開いた。


「祝福は、王の子供に与えられる特権みたいなもので……魔への抵抗力と、魔を捉える目を備えるんだって」


ふーん。

あたしはあくびした。

……んん、髭を引っ張るのはやめたまえ。


「あー、だから、ルーが祝福されると、あたしを怖がって逃げるってことだね」


あたしは話を合わせてやったのに、ルーは髭を離さないどころか、あたしの頭に顎を乗せてうなった。


「……逃げない」

「ふうん。じゃあ、祝福受けたらいいじゃない」

「無理」

「どうして?」

「……どうしても、無理」

「そう」


ルーがそういうのなら、そうなのだろう。



翌日、あたしは庭に出ることを許された。といってもよそ行きの籠の中から、外を眺めるだけだけど。籠は幾重にも布に包まれ、輿に載せられ、怯えた男手によってひどく揺れながら、屋敷の中を移動し、とうとう布越しにも自然光がわかるようになる。


ほとんど放り出すように、そこへあたしの入った籠を置くと、男たちはルーの非難の声も無視して走り去ったようだった。

布をむしってくれるのは、リルゼ。あたしを恐れない世話係。あたしがお礼をいうと、彼女は少しだけ、ほんの少しだけ笑った。吸い込まれそうな闇色の瞳が細くなると、ああなるほど、魔性の美しさだな、とあたしは思う。

親しみを込めて格子の隙間から鼻を寄せると、思い切り仰け反られた。そのままひっくり返って尻餅をつくリルゼに鼻を鳴らして、ルーは放置されたあたしの鼻先に触れた。労わるなら、そこに座り込んだ女性が先だと思うよ。まあこの口が言えたことではないので、撫でられるままに喉を鳴らした。


「手荒なことをして、ごめん」

「気にしてないよ」


おじさんたちだって、好きでこんなことしてるんじゃないからね。魔物は魔物らしくジメジメしたとこにいやがれよ、って気持ちにもなっただろう。あたしもそこまで引きこもりライフが苦痛じゃなかったし、もちろん外に出たいとこぼしたこともなかったから、朝一に少年が男たちを引き連れてきた時には結構驚いた。

でもまあ、たまには日光浴もいいか、くらいのノリで、用意された籠に入ったのだ。



「出たいよね」


施錠されたままの籠の隙間から手を差し入れてルーはあたしをさする。さすがに庭でフリーに遊ぶ許しは得られなかったようだ。


でもあたし、


「別に」

「なんで!?」


出してあげられなくてごめん、というトーンで語りかけてきたルーは、あたしの返事に素っ頓狂な声をあげた。

なんでって。


「みんな怖がるでしょ」

「やっぱり出たいよね」


あたしは首をひねった。


「出ても出なくてもいいよ」


正直に話したのに、気を遣われたとでも思ったのか、ルーは顔を歪めて、手はそのままに籠から目をそらした。

日の光を受けて、少年の髪が輝く。太陽の色だ。それなら瞳は透き通った海の色だ。少年は若い。未来への希望の魚が、その海ではしゃぐだろう。

その色が闇に染まるのは惜しい、と不意に思う。

だから何の気なしに呟いた。


「あなたは、あたしを手放すこともできる」

「……なんで?」


振り向いた少年から発される、無防備で、悲痛な声。あたしが答えに窮すると、彼は毛皮をつかんでいた手を離して、籠に背を向けた。


鼻をすする音。それだけでは収まらなかったのか、「ごめん」と小さく言って少年は駆け出した。


泣くのかな。


あたしは途方にくれた。でも、考えていても仕方ない。あたしは檻の中で丸くなった。暖かな日差しはあたしに長い思考をさせなかった。


「なんで?」


時々聞く声が、ウトウトと眠りの淵におりかけたあたしの耳を揺らした。


「なんでそういうこと、言っちゃうんです」


……ルーに言ったことだろうか。リルゼは、怒っているのだろうか。あたしに。


あたしが顔をあげると、気まずそうに口を噤んだ。


「リー、怒ってる?」

「怒ってません。でも、空気読めてないと思います」


あたしが檻の中にいるからか、リルゼはいつもより多く話した。


「空気」

「坊ちゃんはあなたのためにあれこれ手を回して、今日だって嫌がる男連中を無理やり働かせてるんですよ」

「そうだね」

「労って、嬉しい、とか、ありがとう、とか言わないし。それどころかいつものやつだし」

「いつものやつ……」

「あなたを手放せ、ってやつです」


ああ。


「ああ言うと、いつもルーは嫌がるね」

「……わかっててやってたんですか」


わかっている。それが何を意味するのか、完全な離別を示唆すると、全部承知している。ルーがあたしを手放すということは、すなわちあたしが処断されるということだから。そしてもう二度と、同じ記憶で会うことはない。


だけどその別れは、早ければ早いほど傷が浅い。守ると言われて嬉しかった。それは確かだ。だけど、ちょっと身勝手な感情だったかなと最近は思うのだ。あたしはルーの傷になりたくない。せっかく得た人の生を、前世の澱に引きずられるのでは、せっかくあたしが入れ替わった意味がないじゃないか。


「あたしはもう、よくしてもらったから」


心からの言葉だったが、お気に召さなかったらしい。世話係はふんと鼻を鳴らした。


「本当にそうされたいなら、逆の効果しかないと思いますよ」


あたしはきょとんとリルゼを見つめたけれど、さっとそらされた。


「自分で考えてください」





その籠は月明かりを受けて銀色に輝いていた。

こんな美しい籠の中で死ぬのなら、あたしはそれでも構わない。ううん、たいそうな贅沢だわ。次の生では、ここまで恵まれないと言い切れる。少年に会うこともなく、会ったとしてもあたしには彼が分からず、彼もあたしを認識しないだろう。それは当然のこと。生まれ変わるとは、本来そういうものだ。だからあたしは、ルーのためにここで、ルーの手によるこの月光の籠の中で、果てられる幸運に、心から感謝して、黄泉路をいこう。


ああ、そのはずなのに。

美しい銀の籠は木製の頑丈な檻になり、あたしの小さな前後の脚は全てひとまとめに縄で縛られて身動きが取れない。耳を震わせる風切り音と共に、掠める火の粉は体のそばに落ちて、すぐさま強烈な熱量と共に檻を飲み込んで燃え盛る。あたしは歯を立ててもがくが拘束は外れず、毛皮がはげて柔らかい皮膚が裂かれるばかり。


助けて。


助けて。


声をあげる。けれど誰に求めたらいい? 親も兄弟も森の生き物も、皆が自分を厭うのに。


助けて。


こんな声、無駄ではないか。


かさかさの体にとろりと赤い炎がはいよる。己の皮膚が溶けるにおい。己の毛皮があげる煙。炎の海の中心で、横たわる視界の中で、決して届かないと知りながら、その高い位置に腰を据えた『人』を呼んだ。


助けて。


呻きを聞き届けたのか、その人は小さく手を挙げた。瞬間、鉄の雨が降った。焼け落ちた格子の隙間から、ぐずぐずの体をなおも貫くために。



ああ、あの人が、死を望んでいた。


その顔が、炎と共に目に焼き付いた。

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