第八部「仲直り」
【旭side】
僕は、久光と喋るときだけ、“俺”になるらしい。だって、明奈と話をするときは、“僕”のままだから。
だから、“僕”のままで明奈と仲直りをしたい。明奈には知られていない“俺”じゃなくて……。
僕は、二重人格みたいだ。……笑えるよね。
少し笑みを溢しながら、明奈と仲直りをするため、明奈の部屋まで長い長い廊下を歩いていた……。
どんなことを言ったら明奈は許してくれるのだろう。なぁんて、らしくないことを考えてしまう。きっと……。許してはくれないだろう。
初めて明奈を“キミ”なんて言ったから。小さいときから言ったことは無かったのに……。
まぁ、あの時の明奈は小学校も上がっていなかったから、覚えていろ……なんて無理がある。
そんなこと考えても、明奈は振り向いてくれないよね……。
そんなことを考えているうちに、明奈の部屋までたどり着く事ができた。
そして僕は、木製の少し重たい扉を、ゆっくりと開けるのだった――……。
【明奈side】
私は、博士に嫌われているのだろうか。聞いたことのない低い声。怒っていることがわかった。あの時は本当に怖かった。博士ではない感じがして、……どうしよう、怖かったしかでてこない。
取り敢えず、泣くのを止めようかと思っているのだけれど、怖かったことを思い出してしまい、泣くのを止めることは出来なかった。
「ひくっ……、っく……」
その時だった……。
―――キィ……。
扉が静かに開いた。私はびっくりして、開いた方をじっと見つめると、博士がやって来たのがわかった。
「ハ……、博士……」
「明奈……」
博士が小さく私の名前を呼んだとき、机の椅子に座っていたけど、反射的にベッドの隅にまで逃げた。
「明奈!?」
「コ……、来ないでください……」
「っ……」
私が言っても無駄だったようで、私の言った事を無視して、ベッドの上に上がり込んだ。
「……っ!!博士!!」
「話を聞いてくれないか?……もう二度と、明奈を傷つけたりしないから……っ、この通りっ!!」
そう言った博士は、ベッドの上で土下座をした。ふかふかなベッドには正反対で、窮屈な空気が、この部屋に充満していて、息苦しく感じる。
「明奈のことを“キミ”とか、“関係ない”なんて言ってごめん!明奈には関わってはいけないって思っただけなんだ。僕のミスだ。本当にごめん!!」
「博士……っ……」
博士は心からの謝罪を今示している。私がいけないんだって言いたかったけど、博士が自分のせいだって言っている。
だけど、私はもう決まっている。
「博士!私こそすみませんでした!まっすぐ自分の部屋に戻っていたらよかったのに、寄り道なんかしたから……っ……」
「明奈……」
博士は私の手を引いて、抱き締めた。少し冷たい私の躯とは違い、人間として、生きている身として、暖かかった。
……博士のことを失いたくない。博士を失ってしまっては何もできなくなってしまうから。
そう思った私は、博士の背中に腕を回した。一気に距離が狭くなり、密着している。
今は色恋だとか、恥ずかしいだとか、そんな感情は持っていなく、ただ博士は、私が泣き止むまで、ずっと待っていてくれた……。
泣き止んだ私は、博士のことを聞いた。昔話みたいに語るように……。
博士はもともと、松田市に住んでいたが、用事があってこの清木市に移り住んだらしい。何でここに来たかは覚えていないという……。
博士の年齢は24歳で、大学を卒業している。頭が良いことがわかった。……てか、頭が悪かったら私を作ることできないよね(笑)
そして、博士は昔、久光と知り合いで仲良くしてあげていたらしい。兄貴同士が仲が良く、その繋がりでいたのだ。昔の久光の事もたくさん話してくれた。
……そして、16歳のとき、友達の妹の7歳年下の女の子に恋をしたのだった。博士がいうには、その女の子はもう博士の事を覚えていないという……。
「どうして、忘れてしまったんでしょうか?」
「さぁ、僕にも分からないかな。でも、大切なものが出来たのかもね……」
「大切な……もの……」
博士はクスリと笑うと、私の頭を撫でて、ベッドから降りていった。
「明日にしようか、制服……。じゃあ……おやすみ」
「あ、おやすみなさい」
「うん」
博士は、私の部屋から出ていった。出ていった後は、博士の爽やかな香りと不思議な感覚が、少しだけ残っているだけだった。