後編
振り返ると、うさんくさい笑顔をした従兄が立っていた。
「なんでいるの?」
「酷いな。家に行ったら、まだ会社だっていうから迎えに来たんだよ」
手に車の鍵を持って、こっちに来いという従兄に素直に従った。
「どうしてわざわざ迎えに来たの? 何かあったの?」
「たまには飯でもおごってやろうと思ってさ」
「新しい試作品?」
従兄は食事処を経営している。毎日ではないが料理人としても働いている。
幼い頃からの早い物競争は、この従兄の食へのこだわりを持つきっかけになった。調理師免許を取得し外国のいくつかの店で修行をしてから、今の店に落ち着いた。たまに試作品を食べさせてくれる。
学生の頃に、突然料理がうまくなった従兄に負けじと、自分でお菓子作りに一時期はまり、そこそこ作れるようになった。
料理は敵わないとすぐに悟ったからでもある。もちろん、一般的な家庭料理は作れるくらいにはなった。
「来月から新メニューで出すつもりだ。楽しみにしていろよ」
従兄が言うからには自信作に決まっている。残業でお腹が限界に達している身としてはありがたい申し出である。
従兄の店の裏にある駐車場で車は止まった。二人で裏口から店に入る。休みのため店には誰もいない。
「相変わらず休みを不定休にしているのね。そんなんでよくお店がやっていけるわね」
「腕がいいんでね。今持ってくるから適当な席に座ってな」
従兄の言葉に、いつも座っているカウンター席にコートを脱いで背もたれに置いて、勝手に店の冷蔵庫からレモン水を取って飲む。
しばらくしてテーブルに料理が並べられる。
「いただきます」
夢中になったご飯をあらかた食べおえる。
「おいしかった!」
素直に感想を述べると従兄は普段の作り物ではなく、本物の笑顔を浮かべた。
従兄のこういう笑顔は身内しか見れない。どこか冷めているらしく、目が笑っていないのだ。
一時期外国に行ってたり、こちらが地方の大学に行ってたりで何年かは正月くらいしか会えず、気がついたら笑顔が違ったので驚いたものだ。
最近はまた昔みたいに笑うようになったが、社会人で仕方ないにしても従兄の作り笑顔は嫌いだった。だが、本物の笑顔を見るとそれ以上に心臓がびっくりする。昔はそんなことはなかったのに、いつの間にか従兄だというのに変に意識してしまう。
きっかけはいつだったか、1年くらい前に会社帰りに寄り道をした。どこに行こうかあちこちの店に目をやりながら歩いていたら、反対側の道を従兄が綺麗な女性と一緒に歩いていた。相手からは見えるはずがないのに、思わず従兄から隠れた自分に動揺した。
それからは家に来たりする従兄が気になって仕方なくなった。
従兄だと何度も自分に言い聞かせた。あんなに綺麗な彼女がいるんだとも悲しみもした。でも、会えば憎まれ口を叩くのさえ楽しみだった。同時に女として見られていないと落ち込みもした。
だから、二人だけでいるのも実は緊張している。
食後にお茶を入れてもらい、いつの間にか片付けを終わらせた従兄が隣りの椅子に座った。
「ごちそうさまでした」
「おいしかっただろう?」
「うん! すごくおいしかった!」
素直に答えると、頭を優しく撫でられる。
「今日はWDのお返しはもらったのか?」
突然の方向転換に一瞬思考が止まる。
「えっ? ああ、WDね。うん。それがすごくおいしかったお菓子でラッキーだったよ」
「どうせお前のことだから、お菓子につられて残業でもしたんだろう?」
「よく分かったね。でも残業代もつくし、お菓子はおいしかったしで得しちゃった。あ、もちろん、従兄さまの料理も食べさせてもらえたからでもありますよ!」
最後にフォローのために慌ててゴマを擦る。
それを聞いた従兄は溜め息を吐いた。
「なあ。まさか俺が店に連れて来たのは、ご飯を食べさせてやるためじゃないんだ。いい加減この状態にはうんざりしたからなんだぜ?」
優しく髪を撫でていた手がすっと顔にくる。
思わずびくっと反応して顔を赤らめる。
この従兄は実は非常に色気がある。容姿が飛びぬけていいのではない。雰囲気が大人の男の色気を纏っているのだ。
身内にはめったにその色気を振りまく必要がないため、こうして見せられると、困惑以上に身体の熱が上昇するのが分かる。
「き、きゅうになんなの? 私たち従兄弟なのにこんな冗談……」
「冗談にして逃がすかよ。こっちが何年待ったと思ってる? 去年くらいからようやく男として意識されたと思ったら、すぐに逃げる。せっかく二人になれたんだ。今度こそ逃がさない」
従兄の顔を見ると、料理のときぐらいにしか見れない熱のこもった目をしている。妄想の中ではいつかこんな目で見られたいと願っていた。
でもあくまで、妄想の中での話であって現実ではない。
「さっきから何言ってるの? 私たちは従兄弟だし、それにそっちには恋人いるでしょう!」
「恋人? そんな女はいない」
「え? だって1年くらい前に一瞬に道歩いてたじゃない」
「1年前?」
「すごく美人だった!」
こんな発言をしたらヤキモチを妬いていたのがバレる。
案の定というか、従兄はこれ以上ない笑みを浮かべた。
「そうか。妬いたのか」
「妬いてない!」
「俺は妬いてたよ」
意外な言葉に目が丸くなる。
「めったに会えないのに、お前はどんどん綺麗になっていく。ようやく男に見られたと思えば逃げちまう。VDに失恋したようだが、他の男に取られたらどうしようって嫉妬の感情に雁字搦めになった」
落ち着かせるような優しい声音で呟きながら、いつの間にか抱きしめられていた。
「もう従兄だっていう逃げの言葉も関係ない。二人の問題だ。俺はお前を誰よりも想っている。お前は?」
この自分に対して意地悪だけど、いつでも正直だった従兄を信じないでどうする?
親族だからとか、恋人がいるとか自分で障害を設けて、この恋は叶わないと諦めていた。
でもそんなのはただの逃げだとようやく分かった。ここで逃げたらダメだ。
自分に正直になろう。
「……私も誰よりも大好き」
素直に告げた。WDがまさかこんな終わりになるなんて思いもしなかった。
初めて感じる従兄のぬくもりに、自分からもゆっくり抱きしめ返した。
「……これでお雛様に八つ当たりしなくなるな」
顔のいたるところに唇をあてながら、相変わらず意地の悪い言葉を言う従兄に、大きな溜め息が漏れる。
「お母さんから聞いたの?」
「ああ。娘が彼氏ができなくてお雛様を蹴ろうとしていたってな。だから早いところ彼氏に昇格してくれって催促された」
「……はあっ? それってどういうことよ? お母さん、知っていたの?」
「そうみたいだな。今日、電話でお前に夕飯を食べさせるって話をしたら、その話が出た」
「お母さんてば」
「おばさんにもそう言われたんだ。今日は泊まっていけよ。その内、お雛様のご利益通り嫁にもらってやるからさ」
不埒な手が洋服にかかるのをどうにか阻止しようとしながらふと思った。
こうなったのはお雛様のお陰ではないけど、蹴らなかったことで多少の効果はあったのかもしれない。
こうして予想以上に手の早い従兄は、私の恋人になった。
季節物として少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。とても短いですが拍手お礼小説のせています。よろしければそちらも合わせて読んでみてみて下さい。




