前編
社内恋愛の予定が書いている間に変わってしまった。
VDがあっという間に過ぎた。毎年立派に雛祭りでお雛様を出してくれた母親と一緒に片付けをしていた。
「20歳もとっくに過ぎてる女が、お雛様の出し入れをするってどうなのかな」
「あら。まだ結婚していないんだから、出していいのよ」
彼氏すらいない私への嫌味なのかしら?
フォローで言ってくれた言葉と分かっていても、素直に受け入れられる気分ではない。
この前のVDにチョコを渡す前に失恋するわ、あげるつもりのなかった人に、そのチョコ奪われるわで踏んだり蹴ったりよ。
VDに渡さずじまいのそれを、失恋というより憧れに近い想いだったと納得したのはVDを過ごた2月下旬のことだった。
部屋の机にしまいこんでいたのを、高いチョコだし一区切りした仕事へのご褒美にと、自分で食べようと居間でご飯の後に出した。包装から出して豪華なチョコを目の前に、にやにやと嬉しさが増した時だった。
出したままの私も悪かったわよ。
いくつかあるチョコのうち、側にいた母にあげ、自分の好きなのをゆっくり味わおうと1つだけ残した。
ここで思い出すべきなのは、我が家では食べ物からは目を離すなという暗黙のルールがあったということだ。これを忘れて悔やむ羽目に陥ったのも一度や二度ではない。
5分くらい母に言われた用件を終えて居間に戻ると、あるのは中身のない空箱だった。
唖然とした表情の私に、チョコをお裾分けした母から教えてもらった。
少し離れた席に一人我が物顔で座る従兄が食べたと言うから思い切り睨んだ。
久しぶりに我が家にご飯を食べに来た従兄の存在を忘れていた。
視線に気付いたのか、従兄はこちらをちらっと見た。
「遅くなったけど、VDのチョコありがとう」
にやりと笑ったその表情で確信した。こいつは人が楽しみにしていたのを知りながら、罪悪感もなく私のお菓子を食べた。そもそもVDからは日付はとっくに過ぎているのに、あえて言うのがムカツク。
どうせ失恋したのも分かってるんでしょうよ!
食べ物から目を離すなという自分ルールを作るはめになったのはこの従兄が原因だった。
昔から我が家に従兄弟たちは遊びに来ていた。母はお菓子をよく作ってくれていて、一人っ子の自分には食べ物の奪い合いなど無縁だった。
昔から好きな物は一番最後にゆっくり食べるのが好きだった。
それがこの従兄の存在で早い物競争をするはめになった。
「残してるから食べないと思って……」
などと言いながら、人からお菓子をいつも奪う従兄に何度泣かされたか。
もちろん、やられたらやり返すのが家訓のため、こちらも負けじと仕返しをした。
そんないきさつを昔のこととはいえすっかり忘れて、従兄の前で油断していた自分に腹が立つ。
「危ないわよ」
はっと我に返ると、お雛様のしまわれた箱を蹴りそうになっていた。
慌てて足を引いた。
「お雛様には感謝はしても八つ当たりはダメよ。素敵な恋人ができるかもしれないのに、八つ当たりでお雛様のお怒りをかったら大変よ」
母親の発言を信じたわけではない。ただ物に八つ当たりをするのもみじめだからと、その後は丁寧に箪笥に片付けをした。
それからは特に何もなく、気がつけばWDになった。
義理で渡したチョコに、これまた義理でお返しをいくつか頂いた。仲の良い女子数人で、もらったお菓子を休憩にお茶請けで食べた。
社内恋愛をどちらかと言えば推奨している会社のため、あちこちにいるカップルたちはいつも以上に浮かれたピンクな空気を出していた。
予想外にヒットだったお返しのお菓子を、自分の分は残していた同僚から賄賂として受け取った。代わりに今日が残業になったが、普段は食べない高めのお菓子に残業の疲れも忘れてパソコンにキーを打ち込む。
ようやく終わったとデータを保存したのは夜8時近くになっていて、周りには人はいなかった。
ぼきぼきと肩をほぐす。
今日は夕飯何食べようかと思いながら駅への道を急ぐ。
「そこにいるのは俺の可愛い従妹ではないか」
今一番聞きたくない声が、後ろから聞こえてきた。