共和国の警備(20XX年〇月28日)
共和国の警備(20XX年〇月28日)
~北では雪が降っていた。南では星が降っていた。見る月は同じだった~
一
北海道は、まだ春が遠かった。昨日から雪が降り続いていた。北海道に造られた夢来は、雪かきに早くから起き精を出していた。道は工場から出される温水が撒かれ降り積もる雪は溶けていた。炭鉱の跡地にゴミ焼却場とリサイクル施設を早くから設置し、肥料や電力、ガスを産出しリサイクル出来る家具や自転車、自動車、電気製品などをリサイクル製品として売り出していた。農業試験場やビニールハウス栽培なども順調だった。この事により住民の減少を防ぎ、新たな雇用を生み出し街は、勝手炭鉱でにぎわった時と同じかそれ以上になっていた。リサイクルのための研修所など設けて技術者の育成も行い、中高年者の再生化が成功していた。
北海道は、厳しい冬の期間は、農業がストップする。その間は出稼ぎ組が過去においては定着していた。しかし、今日出稼ぎは不況の影響で出稼ぎするところもない状況が、この町では是正されていた。優先的にリサイクル研修をうけリサイクル事業に参加することで安定した収入が農業従事者には効果をもたらした。またゴミ焼却などで出てくる熱などで公共施設は、暖房費が賄われ余力がでると各家庭まで賄われるので、石油資源の節約など石油不足や石油燃料高騰の影響が少なくなっていた。
二
各地から視察、見学は殺到した。この事によりゴミの回収、資源ゴミの回収、産業廃棄物の回収にスポットがあたりお金になることが判ると、良からぬ人達の参入を招く場面もあった。しかし、最終的には焼却施設の善し悪しが左右していた。全てを有効なリサイクル化にするには、お金と技術力が必要だった。それを希望の会の技術者が技術を、民主会で資金を投入して事業を伸ばしてきた。北海道の民主会グループは、他の追随を許さなかった。大和共和国は、北海道の会社を商売の相手として指名したのである。こうした施設が日本全国に10か所あった。全て過疎化を余儀なくされた地域に施設が造られていた。その地域は北海道と同じ構成で、それぞれの地域のグループ企業構成を形作っているが、民主会が何らかの形で関与していた。
農業も個人が主体であるが、農作業などや機材、資料、研修会、販売ルートなどは、共同組合化していた。日本の農業は中小、零細農家が主体である。それらを前提とした共同体を農協とは異なった組織化を図り、それがリサイクル事業と結びついて、安定した事業になりつつあった。
この農業事業は、注目されていないが、農業研修を通じて全世界に向けて、日本語教育と農業指導の要員を送り出すことになった。その成果は、大和共和国で農業を推進する力となっていた。共和国が独立宣言した時は、基本的な主食では100%の自給自足を成り立たせていた。つまりゴミ焼却や中古品などのリサイクル事業と農業の2本柱が共和国の資金源を支えて来ていた。
三
北海道を始めとして、日本の10か所の地域は、視察、見学などを表向きに訪れてくる人が跡を絶たなかった。共和国と結びついているとの疑いが、さらに拍車をかけて訪問者を増やしていた。監視する人間や調査する人間、なんとか妨害しようとする人間などが入れ替わりにきて、共和国との関わりを根掘り葉掘り聞き廻っていた。寒い日でもやってきて聞き廻っていた。
四
北海道は、佐々木が中心となって先行して立ち上げた地域である。佐々木は共和国の戦略会議には出席しなかった。寺門と同じくマスコミ等の対応に追われていた。現在では、息子が後を継いで中心となっていたが、外部調整などは親父に任せていた。理由は、内部調整はできるが、外部との調整や駆け引きは苦手だった。
佐々木の息子は、10年前と3年まえに共和国の島に行っていた。10年前は親と一緒に行き、農業の基盤を見て回った。そして3年前は、農作業をやるメンバと10年前にみた農業地域の状況を見て回った。
東郷主席には島に行った時に会っていた。10年前の東郷は、厳しい顔をしていた一緒に行った親父や仲間の人達は、島に感動し、涙を流していたことから対照的であった。
そして3年前は,自信に満ちた穏やかな顔をしながらも厳しい顔だった。意見を求められ、自分なりに精いっぱいの意見をいった。感心して頷いてくれた事を覚えている。
あれから3年立ち、世界に宣言した理想国家として、共和国に行った時に感じなかった震えが湧きあがった。感動なのか恐怖なのか判らない、震えて涙が自然とでた。親父は泣かないでにっこり笑った。東郷主席があの時、言った言葉を思い出していた。
「これからは、君達の時代だね。大志を抱け」クラーク博士の様な事を言っていた。
五
共和国は、昨日までの各省庁や、行政組織及び各団体などの戦略提案について審議していた。質問などは、提案時に質疑応答をしていた。本日からは、一つ一つ審議していくのである。予算的な物を加味していくのである。各提案について否定は禁止としていた。
午前中の審議の時に、東郷にメモが回ってきた。共和国の影部隊の隊長からである。共和国に影部隊が存在することは、だれも知らなかった。夢と影が存在し、夢は一定のメンバは知っていた。何故ならば、夢部隊は共和国の実作業を一緒になって行い、共和国の人材を補完し、技術力を提供してくれる部隊であった。しかし、影は本来存在しない部隊として諜報活動から武力等を行使する部隊であった。その影が東郷に会いたいと申し入れてきたのである。東郷は午前中の審議が終わると中央タワーの特別室に向かった。既に特別室には、夢を率いる王子の配下の白神と影を率いる因幡が席についていた。
「東郷主席突然お呼びして申し訳ありません。緊急事態が発生しています。王子は国に帰っているので、白神さんと相談した結果、東郷主席の判断を確認しておきたいと思います」
東郷は、二人の顔を見比べながら言った。
「我が国の内務省や情報室では対応出来ないようだね」二人は黙ってうなずいた。
「どの様に戦うかで違ってきますが、内々で処理するには不可能だと思います。これを表だって展開するのであれば、内務省の態勢でも大丈夫かもしれません。今、中米露英仏独を中心に、我が国に対して敵愾心を持っている勢力が、実力行使を企てています。この試みは多分近日中だと思います。既にグアム、ハワイに行使部隊を集結させました。中国、ロシア、アメリカ、イギリスの潜水艦がこちらに向かっています。多分アメリカは訓練などの名目で我が国の近海に向かっています。ロシアも同様です。それぞれの政府は、通常訓練か自分達に基地への寄港の途中として関与していないと言って来ると思います。暗黙には了解している節がありますが。軍需産業などに結びついたグループが、黒幕だと思います。我々の手の内を、どれだけ見せるかになります。大がかりな実力行使をしてきますので、被害がでる事が想定されます。多分この行動は、我が国の混乱と基幹部分の破壊と要人暗殺も視野に入っているとおもわれます」因幡が一気に話した。
「大和共和国は、危険な国とのイメージを作ろうとしていますね。軍隊を持たない国での内部抗争、治安の悪さを作りたいようです」
「判った。空からと海からの侵入かな?」
「多分そうなると思います。ミサイル攻撃はしないと思いますが、手動のものは持ち込んで打つかもしれませんね」
「空からの部隊について、因幡さんのところで対応していただけませんか。静かに武装解除できるようにすることは可能ですか? 海については内務省で漁業組合にかけあい漁船を周囲に配置する偽装漁業はどうですか?
海上保安庁と連携することにしますか」
「実力行使してきた場合は、自爆した形にしますがそれでよろしいでしょうか」
東郷は許可した。二人が部屋を出て行くと石立と朴副主席と佐古情報室長を呼んだ。東郷は執務室に食事を用意させた。
「朴さん。本日から臨戦態勢を敷いてほしい。監視は空海体制を強化する。詳細な作戦については朴さんの所に本部を置く。この1週間以内に、武力行使を厭わない勢力の侵入があると報告があった。午後の会議については、朴さんか堺さんかどちらかは、警備体制会議に出てください。白神さんが会議に参加して協力してくれることになっています」東郷が言うと
「私がでます」と朴が言った。緊張感が走った。
「準備手配が出来次第、戦略会議に復帰します」東郷はにっこり笑った。
「私は、戦略会議を欠席します」佐古が言った。
「よろしくお願いします」と東郷が言うと朴と佐古は急ぎ足で出て行った。
「主席。本日の夕食はキャンセルしますか」
「皆が楽しみにしているのに、それはないだろう。彼らに任せておけばいいさ」
戦略会議の期間中の夕方は、海外の組織メンバとの食事会を行っていた。今日は日本のメンバとの食事会が予定されていた。昔のメンバの再会で思い出話に花が咲くのを楽しみにしていた。
六
日本から来た内調メンバは、仮住まいのホテルから、大和共和国での拠点となる事務所探しをしていた。伊藤局長の紹介でホテルは、西区のホテルに宿泊していた。事務所探しでは国土建設省から担当者が彼らの案内に付き添っていた。土地・建物は全て国有であり、各行政区に貸し出されていた。彼らは、中央区の区役所の近くの5階建のオフィスビルを候補に挙げていた。さらに、各行政区の区役所近くのビル、空港近くのビルの1フロア、漁港近くのビルの1フロアを候補に挙げていた。今後日本の関係者が多く来る事が、予想されそれらの事務所を兼ねての候補場所とした。宿泊場所については、1戸建ては厳しいとしてアパートになるものを探していた。
日本語が通用し、見かける人達はほとんど日本人いや今では元日本人となるが、その人達と接している限り、ここが外国とは感じられなかった。
「海原さん。日本に居る時は、外国にいくのだと思っていたけど、来てみると日本にまだいる感じだわ。何をしにきたのか判らなくなりそうだわ」武藤が言った。筧は笑っていた。
「前回来た時もそうだけど、日本の地方都市にきた感じですよね。日本人顔でない人達と玉に会うけど、その人達が日本語をしゃべりますから余計に錯覚しますよ」こんな雑談を交わしながら暑い日差しの中を見て回った。
「どうもこの国では、お偉方は会議をやっているようだね。挨拶しに行っても中々会えないね」筧が言うと
「どうもそのようですね。前回来た時の知り合いに連絡したのですが、来月に国会がはじまるので、その準備に忙しいようですよ」海原が言った。今日は、女性メンバの要望で湾岸線の鉄道でなく、中央を走っている中央線の鉄道に乗ってまわることにした。この鉄道は、各行政区の役所の近くを走っていた。
七
その頃、グアムと沖縄に大和共和国襲撃チームが、集まっていた。まだ数名は、集結していないが、29日までに集合と言う日程より早く集まり始めていた。空からの襲撃に使う飛行機は、アメリカ軍の飛行機を使うようだ。
アメリカ管轄の地域に、他国の軍用機の飛行は許さないようだ。この事をみてもアメリカが本格的に力を入れている事が伺える。それにしてもアメリカ政府が関与しないで軍の設備を使用させ実行させる力が、この組織にはあった。
八
内閣調査室の影山の所に、電話で沖縄に傭兵らしき人達が数名いるとの連絡がきていた。観光地の沖縄だから特に気をとめなかったが、今日も数名見かけたとの連絡があった。
アメリカは、イラクから撤退しアフガンに増派する事を発表していた。その影響かもしれないと影山は思っていた。今年は、サッカーのワールドカップが行われ、中国の上海で万国博が予定されていた。これらのイベントを控えて問題が起こらないように各国は気を配っていた。影山は、気のせいと思うようにしていたが、気になることからアメリカCIAの知人に連絡を執った。
九
戦略会議は、午後の部が始まっていた。東郷は何もなかったような顔して会議に出ていた。朴は、堺局長には戦略会議が、終了したら内務省に来るように連絡し、寺地課長にAクラス体制のメンバを至急招集するように指示した。Aクラス体制は最高度の防衛体制を執る体制である。各行政区の警備課長、各組織の警備課長が招集された。皆緊張した顔を隠さなかった。
色々な事を予想し、訓練してきたが、この国始まって以来の警備体制を求められた。しかも最高度の防衛を要求する会議である。会議室に入っても誰も話す者はいなかった。青木とジョンソン主任、金も出席していた。
朴大臣と一緒に夢組織の白神が入ってきた。白神については、情報局と大臣しか会った事はなかった。
「本日からAクラス体制を内々に敷きます。国民には、出来るだけ伏せて敵と戦うので、非常に厳しい戦いになる事を覚悟して下さい」
朴は前置きなく話し始めた。
「今回は正式な戦闘部隊は、介入しない。多分闇の部隊です。破壊、混乱、殺戮を目的とした侵入が計画されているとの情報が、入りました。我々は、戦争経験も人を相手に銃を使った事がありません。しかし、今回は使用する必要がでてくる可能性が大です。空と海から侵入が、行われると思われます。経験不足なので、ここに居られる白神さん達に協力してもらう事にしました。情報も白神さん達からの情報です」朴は、白神を紹介した。白神は黙ってお辞儀をした。
「その情報は確かですか?」金が聞いた。
「残念ながら確かです。今日の夜に侵入してくるかどうか、日時は不明ですが、近日中であることは確かです」白神が初めて口を開いた。
「我々は、武器が貧弱です。武装集団に対抗できる装備はどうしますか」ジョンソン主任が聞いた。
「今回の狙いに、我々の装備力の洗い出しもある。軍隊を持たない、武力を持たないで国を守れるかとの挑戦だ。表だった攻撃はしないで、闇の世界で片付けようとする。失敗しても、表の顔は関知していないとなる諜報部隊が主役です。我々の戦いが、我が国が掲げている制約のなかで、戦うので厳しい事は確かだが、今以上の装備を与えることは出来ない。そこで警備と戦略的な作戦が必要となる。その作戦については、佐古さんに説明してもらう」朴が語った。
「本日の夜から、24時間体制を敷きます。白神さんの部隊が、協力していただけるので合言葉は“夢”です。白神さんの部隊で侵入者の武装解除を図ります。漏れた人達は、警備隊でお願いします。武装解除の部隊は、白神さんが指揮します。拠点の警備は、訓練通りです。湾岸道路についてはパトロールカーを一時間置きに巡回させてください。海上については、イカ釣り漁船の体裁をして、10隻単位で各行政区の海上に出して下さい。海上保安庁の船舶と警備飛行艇は準備してください。飛行艇は各行政区に10機配属します。病院の体制を訓練名目で強化させてください。その他は通常通りです。店の夜間営業は、9時にしてください。電力設備の点検の名目でやるしかないですね」佐古が説明した。朴が質問あるかと聞くと、東区の警備課長が手をあげた。
「緊急避難訓練を明日から1時間程入れましょう。老人、子供、女性がいますから。それと、もし警備が突破された場合どうしますか? ミサイル等の攻撃があった場合は?」
当然な質問だった。朴と佐古は苦虫をつぶした顔をしていたが、白神を観るとうなずいていたので、次のように語った。
「今回の作戦は、主席も承認しています。確かに皆さんが、一番疑問と不安を感じていることだと思います。出来るだけ国民が知らないうちに片付ける事など、相当難易度の戦いを皆さんに強要しています。皆さんにここだけの話しで抑えていて下さい。今回の作戦には、我々に協力し助けに来ていただいている夢組織の戦闘部隊が、参加します。この部隊が突破されると総力戦になるでしょう。被害がでることを覚悟してください。強力な殺人部隊が侵入してくると想定していますが、最悪の場合、我々が戦える武力まで低下させます。ミサイル等の攻撃については、監視システムが起動して、自爆するようになるでしょう。しかし、人間にたいしては適応できません。人間にたいしては皆さんの力を借りることになります。出来るだけ彼らを捕捉し背後関係を洗い出したい。また彼らに、我が国の脅威を与え、以後この様な攻撃ができないように完膚無き打撃を与えたいと思っています。我が国が掲げた理想の旗は、守るだけでありません。実現するための理想です。リスクは当然あります」朴が語ると、皆シーンと聞いていた。初めて夢の監視システムが起動するのである。朴副主席があらためて理想の旗を執り上げた。また、初めて“夢”という組織の力を話した。恐ろしい程の力を持っている事を始めてしった。朴は使いたくなかった。しかし、今回の敵は、最悪な殺人集団であることから使う必要があった。
外は、暗かった。空にはいつもの星が輝いていた。流れ星が流れていた。ジョンソン主人が、青木に声かけていた。
「青木、金を呼んだのは俺だ。もう金を許してやれ。本人は苦しんでいる、立ち直っていない。今回は厳しい戦いになるだろう。お前も苦しんだ。何のために苦しむのか、立ち直るだけでない、生きて行くために苦しむのだ。俺も歳とった。お前達が幸せになる事を願っている。彼女を死なせるなよ」青木は、黙って出て行った。