拉致(20XX年〇月22日)
拉致(20XX年〇月22日)
~人の心を浮き浮きさせるのか春の風~
一
遅れていた東京にも桜の開花宣言がされた。昨日の温かさが影響したようだ。これからは、各地で花見がされていく、共和国のメンバも花見をして帰国したいとの要望もあった。
共和国メンバは、帰国を控えて忙しかった。今日は、前回共和国に調査訪問したメンバと懇親会である。それまで東京を観光した。しかし、仲野、伊藤、藤本など代表団の中心メンバは今日も忙しい日となる事が予想された。
二
昨日の記者会見で伊藤局長が、電力事業と環境事業を推進するための技術協力先として日本企業を指名した事が話題となった。それと鉄道各社の電力を供給する事業を提案した。また、航空機について、海外への運航する路線についてレンタル方式で提供を検討している事を表明した。パイロット付きである。パイロットの条件つきで訓練・教育も提案した。この説明に記者達はざわついた。
「航空機を売却しないのは何故ですか」
「航空機の製造を規制していること、維持メンテ技術について高度な技術力が必要なこと、航空機製造業界に急激な圧迫を与えたくない配慮です」記者達はもっと質問をしたかったようだが、事前に専門技術者が用意されていないことが伝えられていたので質問を控えた。
「提携企業が指名されていますが。その条件はあるのですか」環境ビジネスを推進していく上で、提携して行きたいと思っている会社だと伊藤が答えていた。
「それらの会社は、共和国建設に協力した会社でないですか」鋭い質問もあった。伊藤は、個人的に知り合いの人達もいますが、協力云々については関係ないとした。
電力会社について、大手の電力会社との提携でなく別としているのは何故かの質問があった。
「条件が合えば大手の会社でもかまいません。中小を指定したのは、小回り利くのでないかと思っての提案です」医療について、共和国の最新医療機器が提案されていないのは何故かとの質問があった。
「日本企業を圧迫しないためです」色々と活発な意見、質問がされ、面白い記者会見となった。しかし、この記者会見を面白くないと見ていた関係者がいた。
三
共和国が指名した業者は、共和国と関係があると目星をつけていた業者だった。これらの業者に対して嫌がらせ等してつぶそうと目論でいたグループがいた。彼らは先手をとられたと思った。
該当企業が取材されることで、マスコミに取り上げられる。嫌がらせなどが簡単に出来なくなったのである。最後に東郷主席の訪日の可能性について質問があった。
「東郷は日本には、友人・知人が多い。日本政府が反対しない限り日本に来る事を妨げるものはありません。但し、主席としての職務が多忙な職務であることから調整が必要だと思います」と一般的な回答をしていた。
四
共和国には四季はなかった。あるのだろうが日本のように明確に感じられる四季は存在しなかった。しかし、いたるところに日本情緒が感じられる建物、庭等を造った。そんな建物の一角に孫がいた。共和国の財政を任されていた。天安門事件で中国を追われヨーロッパに逃亡した。当時40歳前でウイグル自治区の幹部であった。追跡を避けるために身元が判るものを全て消した。しかし、追跡は執拗だった。パリから東ドイツに逃れた時、整形しその後にパリに帰った。東ドイツは東西ドイツの統一直前だった。孫はパリに帰ると、中国人社会のなかで金貸しを始めた。これが当り本格的に金融事業の会社を立ち上げた。ロンドン、ベルリン、ニューヨークと拡大した。そんな時、ゴミ焼却場建設で融資を求めてきた人物がいた。代表はドイツ人だったが顧問として日本人がいた。ゴミ焼却などは国がやるべきと考えていたので、民間人が参入する事業として成り立つのか疑問があった。彼らは、公共事業の下請けとしてゴミの回収から焼却まで絡んでいた。そしてリサイクル事業を展開することも行っていた。ゴミの焼却とリサイクルは、各国とも悩んでいた問題である。産業廃棄物も出て来ていた。そこに着眼して、事業を行うための融資を大手金融機関や政府機関を通さないで依頼してきた。孫は会うことにした。
ベルリンの壁は崩壊した。市民は歓喜し、つるはしで壁を壊す姿がニュースとして報じられた。数々の悲劇を作り出したこの壁も今では無用の産物になった。その壁から1キロはなれた西ベルリンの一角に孫がかまえた西ドイツの事務所があった。そこにゴミ収集業者を経営しているシュナイダと川地が訪ねてきた。川地さんとは、その時からの付き合いである。当時50前後の紳士だった。後で希望の会のヨーロッパ地区代表である事を知ることになるが、その時は、ヨーロッパの主要な都市からでるゴミ回収事業は、有望なビジネスであると熱っぽく語っていた。孫もそれなりに調査していた。低所得者層の働き手をうまく使い、裏社会とも付き合いがあった。汚いゴミを処理するのだから誰もやりたがらないが必要な事業であった。工業化が進み産業廃棄物が出るようになった。この産業廃棄物がお金になることに目を着けリサイクル事業のための工場を建て、環境問題にも配慮した事業展開をしていた。得意先として官公庁や大手の企業がいたが、企業規模は大きくなく、それぞれ独立した経営を行うことで目立たない努力をしていた。孫は融資を決断した。中国人労働者や移民労働者が働いていた事も融資する要因だった。孫は日本人である川地と付き合うなかで川地がドイツだけでなくフランス、オランダ、イタリア、デンマークなど手広くゴミ事業に関与している事を知った。企業連携を行なっていたのである。やがて孫は、川地に勧められ金融事業から手を引き、共和国建設に進むことになる。今思い出しても不思議な因縁である。東郷に会い、東郷が大和共和国構想を話した。鈴木が共和国における財務、資金ルートを話す。そして具体化する必要性を話す。いつの間にか財務責任者を押しつけられていた。孫は自身がないこと、中国亡命者であること等を理由に辞退していたが、引き受けた。騙されたのかなと今では苦笑いしながら回想することがある。
川地は、最初から亡命者である事を知って近づいてきたことを最近知った。すごい国、すごい組織、すごい技術力を持つ国である。
やりがいがあった。理想とは何か、国とは何か。中国で社会主義、共産主義とは何かを学んだ。そして実践した。しかし思ったように行かなかった。少数民族への弾圧があった。毛沢東の崇拝、紅衛兵運動その後の解放政策で天安門事件が起きた。孫は開放政策で民主化を求める学生らを支持した。運動は鎮圧され弾圧された。そんな中で国とか理想とか考えることを中断していた。それがこんな形で復活したのである。新参の私に組織を左右する財政を担当させるとは、通常考えられないことである。国の資金は1000万人の人間が贅沢しなければ5、6年生活できる資金を確保した。現在10万人の国民からしてみれば充分である。国内のインフラは整備されている。しかし、難点は資源がないことである。“お金は天下の回り物”で、持っていても唯の紙くずにすぎない、使わなければ価値がない。共和国は、技術立国を宣言した。これから理想を掲げながら世界戦略を打ち出していく。世界中に散らばっている有志と連携し、支援し、理想を追求する。国を守り、発展させていく、その役割を認識すると身震いするのである。
世界の技術水準は先進国と言えど、我が共和国からみれば低い。東郷主席は急激な技術輸出は禁止した。それぞれの国柄の実情にそった技術支援、技術輸出を目指すことを指示した。じれったい課題である。低開発国を中心とした展開を求めているのである。これでは資金があっても回収に時間がかかり資金ショートするかもしれない。さらに問題として人間の欲望が頭を擡げて、個人を全面に出してくるかもしれない。孫はそんな課題を前にして忙しい日々を過ごしていた。
五
仲野は、伊藤、森田、森、楊、ジョイナをしばらく日本に残す事にした。事務所の開設するために、場所を含めて準備させる事にした。
事件が起きた。仲野の携帯に緊急ランプがつき電話が鳴った。森下、林、スザンヌ、ポーラ、遠藤が何者かに連れて行かれたとの連絡が入った。一応日本の警察には、様子をみる事として連絡はいれなかった。仲野は、島、森、楊に森田と会へと指示した。白昼堂々と拉致するとは油断していた。林が一緒なので何らかの連絡が取れると思うが、無事解放される事を期待していた。
六
こんな状況が起きていたが仲野は、予定通り面談の申し込みがあった、日本以外の人達と会った。彼らは共和国の力を不気味なものとして捉えており、独立を支持していないアメリカや中国は、力でねじ伏せることも模索していたが、それらを伏せて打ち合わせに望んできた。多分力を行使する部隊と別部隊なのだろう。建前上共和国を認めない立場だが、不気味な力を持っている共和国から、より多く情報収集して分析しなければならない事も確かであった。
取り分け、今まで見た事のない航空機を見せつけられた事は、ショックであった。軍事力を持っていないが、持っていると思う程の不気味な力が存在しているのでないかと疑心暗鬼に陥っていた。
彼らの共通的な議題は、技術者交流などの場が持てるかなどが中心的であった。国は表の顔と裏の顔を持っている。仲野に面談を申し入れてきたのは表の顔である。友好促進のためには良い事である。いずれにしても、今月末に共和国の戦略が発表されるが、まだ各国は知らない。共和国としても対応方法が変わるのである。仲野は、基本的には全ての国と友好関係を築きたい。そのために交流ができることならば拒否しないとの立場を説明していた。
仲野は、各国の要望が強いことから、日本における事務所の役割を見直す必要があると感じ、希望の会の寺門さんに支援を求めることを感じていた。
七
拉致された5人の女性スタッフは、六本木のビルに居た。薄暗い部屋だった。買い物をしている一瞬の隙に森下とスザンヌにナイフらしき物がつきつけられ、車のなかに連れ込まれた。林は仲間の安全を第一としてポーラと遠藤に騒ぐなと目で合図した。10人ぐらいの男達が周りにいた、皆仲間のようだった。林は緊急合図を携帯で流していた。
薄暗い部屋でサングラスをしている人間が椅子に座っていた。部屋にはパイプ椅子があるだけで何もなかった。5名全員椅子に座らせ、その対面に一つ椅子がありそこにサングラスを掛けた男が座っていた。両側の壁際には別の男が立っていた。
「強引にお誘いして申し訳ありません。私達の問いに選り良い返事をいただければ無事にお帰りいただく事ができます」勝手な話しである。有無を言わせずに連れて来て、選り良い返事をくれれば解放するなど考えられない事をする人達であった。
「私達が大和共和国の人間だと知って連れてきたのね。何を聞きたいのか判らないけど、貴方達は間違ったようね」森下が言った。森下は、局長を補佐する立場で女性のリーダであった。結婚もして、子供が2人いる。旅行会社に長く勤めていた。10年前に主人が希望の会の会員と知った。希望の会が悪い事をしていると思っていないが夢物語のような事を目指していると思った。3年前に共和国に家族全員で移った。葛藤があった。喧嘩をした。不安で一杯の中で伊藤住職が訪ねてきた。今回一緒に来ている伊藤局長の父親である。伊藤住職は、不安を抱えている人達に対して説得と言うか、慰める役割をもって訪ねてきていた。騙されたような気持ちで共和国の島に来た。生活は一変した。慣れるまでに時間はかからなかったのは不思議だった。しかし2カ月かかった。旅行業を長くやっていた関係で外務省のスタッフとして仕事をするようになり、今回サポート的な立場で日本にきた。帰国を明日に控えて買い物にきていた時にこの様な事件に巻き込まれたのである。「気の強い奥さんですね。私達は乱暴したくありません。皆さんの仲間になりたいと思っています。正式に申し込むと色々と手続きがかかるので手取り早く、貴方がたを支援している日本の仲間を教えていただければと思いますがどうでしょうか」沈黙した。単に連れて来て仲間に加えろとの話だ。恐怖を与えることも目的の様だった。
「皆さんがいなくなったことで、仲間の皆さんは探しておられるでしょう。傷ついてお帰りなると、当然皆さんの仲間は怒り狂うでしょう。我々はそこまでしたくない。お金をお支払いします」劇画の様なシーンである。本来ならばもっと生々しいところがあるのかもしれない。女性であることが幸いしていた。
「ここは、日本よ! 日本の警察も黙っていないわよ! 貴方方は、やっている事が判ってやっているのね。何を協力しろと言うの」森下は、部下を思い懸命に叫んだ。
突然林が立ち上がると、話しをしていたサングラスの男がひっくり返っていた。壁際の男達は驚いた。林に詰め寄って叩き伏せようとした時、男達2人は、たたき伏せられていた。一瞬の出来事である。林の動きも素早かったが、いつの間にか、島と楊が入ってきていた。
「片づいたわね。いきましょう」島が言った。森下は、林達の警護の力を聞いていたが、目の前で見た事は、それ以上だった。他のメンバも同様だった。何がどうなったのか判らない程あっと言う間であった。先ほどまでの恐怖感は薄らいでいた。林を残して皆出て行った。皆が出て行くと男達が入ってきた。何も言わないで林に出て行けと手で合図した。
林は初めて見た、共和国の裏組織である。その後に何が起こるかわからないが、林も出て行った。ビルに居た男達の消息は消えた。何事もなかった様に、新聞なども報じていない。消息が消えた事は、男達の組織しか判らなかった。
八
夕方に前回共和国の調査に訪れた調査チームとの懇親会に共和国代表団は、全員参加した。調査チームのメンバは半分近くが参加して総勢60名を越える懇親会となった。共和国のメンバは半分以上が調査チームと面識が会った。調査チームに参加した記者やカメラマンは全員きていた。お互い再会を喜びながら色々と話が盛り上がって行った。
記者クラブの幹事である佐藤記者が、仲野のところに来て民主会の寺門さんに会ってきた事を話した。
「仲野さん。東郷主席は結構ロマンチストだったのですね。民主会での東郷主席の話しを結構きいてきました。2000年以降は判らないとのことでしたけどね。でもそれは嘘ですね。民主会と大和共和国は結構繋がっていると思います。黒田君らが北海道にいって炭鉱の跡地でゴミ焼却事業から色々と地域の活性化を図った企業の社長が民主会の人だったと調べて来ていました。その企業が今回共和会から指名されたので確信しているのですけどね」笑いながら話しかけてきた。
「色々と調べているのですね。知り合いの人は確かに民主会の人が多いかもしれませんね。東郷主席が一時期その会の会長をやっていたと聞いていますから」仲野も笑いながら答えていた。
「仲野さん達は、もっと色々と日本に提案したかったのでないですか? あれだけの技術力を持っているし、自主防衛と言うか軍隊を持たないで国を維持しようとしていることから、日本の現状にいら立っているのでないですか」
「ハハハ・・。佐藤さん。日本は日本です。私達は、一番近い国、一番友人・知人が多い国なので仲良くやって行きたいだけです。長く付き合うためにはそれぞれの実情にあった付き合いが必要です」
「今度寺門さんを呼んで大和共和国を語る会の企画が、あるテレビ放送局で企画されていますが何か要望がありますか」
「寺門さんは出席すると言っていますか?」
「判りません。多分出席出来なくてもその企画はやるそうです」
「どんな人達がでるのですか」
「今回は多士多様のようです。色々な専門家や評論家、議員の参加を企画しているようです」
「選挙や沖縄問題を控えているのに、話題を共和国で盛り上がっては申し訳ないですね」
「今や共和国の話題は、世界の注目の話題ですからね。アメリカ、中国、ロシアなども動き出していると言われていますから、仲野さんに申し入れがあったのでないですか」仲野は、すでに色々な国から話し合いたいとの申し入れがあり会っていると話した。さらに北朝鮮、台湾に訪問をしていると話した。今後は中近東とアフリカ諸国へ訪問団を派遣する予定である事も話した。佐藤との会話を聞いていた周りの記者達は驚いた。すでに全方位外交を推進している素早さと、各国が支持とは別に交渉を開始している事に驚きざわめいた。記者達は、共和国代表団が女性中心の構成だったので独立支持しない事から弱小編成のチームと思っていたが、誤っていた事を思い知らされていた。皆目的をしっかり把握しており話題が豊富であった。知らないものは知らないと明確に答えながら国について語っていた。さらに仲野がすでに色々なことを着手している事を話してくれ、懇親会に参加した意義があった。時間はアッという間に、過ぎ去って行った。会の終わりに仲野が、挨拶した。
「皆さん。今日はお忙しい中ありがとうございます。私達は明日帰ります。皆さんとまた会う事を期待しています。5名程は、色々な準備のために残していきますのでよろしくお願いします」と残るメンバを紹介した。
「今後は、彼らを中心にメンバを追加して行きたいと思っています。さらに、日本のスタッフとして日本人スタッフを募集して行きたいと思います」と仲野は挨拶した。
この挨拶は、好感を持って迎え入れられた。着実に浸透していく共和国は、日本を東アジアを、引っ張っていくかも知れなかった。
桜前線の上昇で、上野の桜は7分咲きであった。週末の花見は多くの人に美しい花をを見せることになるであろう。共和国のメンバは花見をしたかった。日本人なのかもしれない。