理想郷の設計図(20XX年〇月18日)
理想郷の設計図(20XX年〇月18日)
~北風が南風を誘っている春が来る~
一
日本政府は、昨日から対応に追われていた。国内、国外と数々の課題がある中で、スムーズに行くと思われた共和国との交渉が未確認飛行物体の登場により問い合わせに追われていた。日本政府は航空機の専門家や防衛省から航空自衛隊の技官などを呼び対応していた。
昨日の共和国交渉団の会見では、交渉団は笑いながら通常の飛行機と変わらない事、共和国技術者により開発され作られたと話し、性能等については、専門家でないのでと詳細は避けた。知りたいことがあれば、機密事項以外ならば後ほど専門スタッフを呼び説明させるとした。
訪日した交渉団は、女性が多かった。総勢30名のスタッフである。この事も驚きであった。
彼らは、間もなく総理官邸にきて表敬訪問する。その後交流における問題や貿易についてなど交渉にはいる予定になっていた。
二
アメリカ政府は、日本政府に打ち合わせを申し入れていた。勿論共和国問題が中心テーマである。監視衛星は共和国の飛行場に、日本に飛来した航空機が20機存在する事を確認した。中国、ロシア、そして日本も衛星からの写真で確認していた。
国連は、当初加入を認める方向であったが、日本政府の声明で、米国、中国が反対の意向を表明すると支持しない国が増えてきており加入は否決される見通しになった。
北朝鮮は、共和国の訪問を受け入れた。中国は黙認する事のようだ。共和国の独立を支持した国は、共和国からの訪問の申し入れに対して受け入れるとの連絡が共和国政府に入り始め、共和国外務省は日程の調整を始めた。
三
鳥取県中部の山の麓に夢来人寺と呼ばれているお寺がある、そこは宗教法人夢来人会の本尊を祭った寺である。伊藤は、父親が亡くなった後に宗教法人夢来人会を作り、新たに夢来人寺を建てた。敷地には田んぼや畑に加えて、宿泊施設や病院、学校、武道場、食堂・喫茶室など小さな村が構成する要素が、一通り出来ていた。
伊藤は朝の定例である御経を終わり、自室でお茶を飲んでいた。昨夜電話で寺門会長からマスコミの訪問の内容について連絡を受けていた。寺門を訪問した佐藤は、大和民主主義共和国へ調査した者であり、共和国の支援者として民主会が関わりを持っているのでないかと聞いてきたとのことである。共和国の東郷主席が民主会の2代目会長だったことを考えれば当然の質問である。色々と東郷について聞きながら民主会の動向を調査に来た感じだと連絡があった。当たり障りない回答で対応したとの事だが、そろそろ会としての見解を表明する時期かもしれないと寺門は言っていた。そうかもしれない、悪い事をしている訳でない。日本をどうするか、よりよくしようとしてきていることに変わりない、結果として理想郷を目指した国を外に造ったにすぎない。出来たばかりだ、これからはもっと色々な問題が出てくる。民主会は、我々にとって希望の会である。オープンにする時期が来たのかどうかについて判断しかねていた。寺門は近近、寺にやってくると言って電話をきった。
四
共和国は、攻撃に転じた、攻撃を始また。攻撃といっても武力攻撃を始めたのでない。昨日日本に飛来した共和国の航空機は、共和国が本格的に活動を外に向かって始めた事を示していた。日本に飛来した航空機の事は、昨日からあわただしく報道がされていた。
伊藤は、お茶を飲みながら回想していた。東郷が会長を引き受けてから1年後に、ある人物を連れてきた。それから今日に至る理想郷造りの活動が始まった。信じられなかった。架空の話、SFの世界、極端には法螺話となる話がされた。しかし、その人物から理想郷なる物の話は、何故か引き付ける物があった。
東郷はその話を受けて、2000年を目標に地球上に理想郷を造ろうと話を持ち込んできた。ゆっくり、そして静かに潜行して理想郷を造っていく、造った暁には、揺るぎない力を持った組織、理想郷にしようと提案した。東郷とその人物は、主だったメンバに話すまえに充分議論して計画を煮詰めていた。
東郷は、大学出身が多い民主会の中で、高卒出身であった。真面目で人情もろく、お人好しであったが、何故か皆の信頼があった。
先輩である60年闘争からのメンバは、色々な事を東郷に教えた。頭でっかちになりがちな学生出身仲間のなかで、東郷は現実派であり、内部での調整にたけていた。
伊藤は、東郷を推薦して次期会長にした。その東郷が民主会のマンネリを打開するための提案をしたのである。それも伊藤が構想していたが出来なかった理想郷の提案である。これには皆驚いた。しかも連れてきた人間にも驚いたのである。その人物は“出雲”と名乗っていた。東郷と出雲の結びつきは、東郷が10歳の時に知り合っていた。その後の結びつきはなかったが、偶然に東郷が上野で声をかけられて再会したのである。東郷は、最初は思いださなかったが、出雲は東郷であることに気付いていた。昔東郷に助けられたとのこと、おとぎ話のような話であった。
「出雲さんが、我々と協力して理想郷づくりを手伝うと申し入れがあった」最初は、仲間が増えたと単純に思っただけであった。東郷が、緊急会議として会の幹部を招集し、稲島がやっている小料理屋“くらよし”の2階で話し始めたのである。稲島は、希望の会の親派である。妻帯したことで抜けたが経済的支援をしていた。
出雲を紹介しながら、東郷は理想郷のモデル図を示して説明をした。皆飲み会を期待しており、会合と称して飲み会のきっかけみたいなものと思っていた。
「冗談だろ。空想話より乾杯しようよ」川地がいった。
「待ってくれ。最初の1時間はお茶にしてください。一通り説明が終わってからにしてください」東郷が、真面目な顔でいった。笑っていなかった。そこで皆今日は、何かおかしいとの雰囲気に気がつき、東郷が広げたポスターサイズの図面と出雲なる人物をみた。各メンバには、10枚つづりでA4サイズの資料が配られた。
「ここに描かれている図は、理想郷の島の図面であり、この建設は始まっています。秘密厳守が守られるならば続けます。抜けるならば、今この場で言って下さい。これ以降は、すでに始まった、始まっている、理想郷づくりを実現するための打ち合わせとなります」東郷は、いつもの口調とは異なりあらたまった口調で話し始め、真実味があった。
「これは、どうしたのだ」伊藤や寺門は、資料を指しながら聞いた。
「今日来てもらっている出雲さんから提案されたものです」
「出雲さん。貴方は、何者だ!」伊藤が言った。咽喉が渇いてきていた。東郷は、ゆっくりとお茶を飲みながら皆を見渡した。出雲も同じように見渡した。
「これ以上、話を進めるには、みんなの覚悟が必要です。信じられない話をする事になるからです。念を押すけど、我々の決意に揺るぎがないか確認したい」東郷が言うと
「非常に慎重だね。それだけの価値がこの資料にはあるのだね」鈴木が聞いた。
「この資料は、イメージとしてはよくできているね。でも決意とは何を持って確認するのだね」森岡が聞いた。
「出雲さんは、我々と対等平等で事をあたりたいと言っている。念書等はいらない本当にやって行こうとの意思だけだ。秘密を守るだけで良いとのことだ。秘密が守れなかった場合、この事業は中断し、そこまで構築してきたものは破壊される。そして場合によっては全員抹消される」東郷と出雲を見ながら、皆一瞬シーンとなった。
「これは、冗談でないのだね。我々は、色々あったがここまで残ってきて夢を追う事にした。自分が生きてきた思いがどこまで実現できるか判らないが、俺はやってみたい」伊藤が言うと、“そうだやろう。やってやろうでないか”皆お茶を一気に飲みながら目に輝きをました。そこで出雲がはなしを始めた。
「理想郷は、南鳥島の近くに造ります。1950年からこの島の建設が始まっています。私達は地球人ではありません。俗にいう宇宙人となります。私達はすでに地球の人達の中に入り込んで生活しています。私達の科学力、技術力をつかい理想郷を実現させる共同作業です。私達は、当初私達だけで造ろうと思っていました。しかし、東郷さんに偶然会い、彼と話をしていく中で、皆さんと連携しても良いかなと思うようになりました。私達は、急激な変化をさせようと思いません。確かにこの国と言うかこの星は、未熟です。力を持ってこの星を変えることは可能です。私達の星は消えました。彷徨いたどり着いたのがこの星です。東郷さんとは、彼が幼い時に会いました。その時、あまりにも未熟な地球の人達の営みに触れ、私達は見守りつつ同化していこうと考えました。しかし、殺伐とした人間が多くなるにつれ、私達を守ることが生じるようになったのです。このままでは、この星の人達の悪い部分を吸収していくことになるのでないかとの恐れです。隔離する世界を造る必要がある。出来るだけ自然の様を装いながらと考え準備を始めました。そんな時に東郷さんと仲間の皆さんが理想郷を目指しているとの話を聞き、彼と話をして今日に至りました。新しい国の理念と言うか魂については、皆さんの理想郷構想を前提にして、私達は協力します。郷に入れば郷に従えと言う事です。つまり皆さんにあった理想郷の実現に協力することで私達の未来を確保する戦略です。現在の皆さんの力は未熟で弱い、無いに等しい弱体組織と思います。理想郷が登場するまでに力をつけなくてはいけません。最低でも100万人を構成し運営できる力です。国として認められ、自給自足できる国にする。これが理想郷です。皆さんの力が不足するところはスカウトしてでも補充する。当面私達が不足するところは補います。情報や人材も提供します。理念を学ぶ学校、教育を行い育てる必要があります」出雲は、ここまで一気に構想を話した。皆聞き入った。島の大きさは東京都より大きい広さである。目標は2000年である。
「今日は、ここまでにしましょう。私はみなさんが参加してくれた事に感謝します。次の土曜日に箱根で打ち合わせしましょう。その時に疑問、不安を出し合い、分担、その後の進め方など一気に話し合いたいと思いますが、どうですか」東郷が話すと、“異議なし”の声が上がった。皆から緊張感がとれて行った。
伊藤は、昨日のように思いだしていた。寺門は、日本の組織づくりを担当するようになった。判らないように、しかも組織を広げていくためには、人材不足を補う事から始めた。伊藤は、散らばったメンバの調整役と理想郷の理念の教育、そして人材の発掘を担当した。東郷が、宗教法人夢来人会の設立を提案し、夢来人寺を造り、夢来人村を造って行った。伊藤は、走馬灯のように今日に至った出来ごとを感慨深下に思いめぐらした。
五
東京都知事は、政府の対応に反対であった。都民は、政府対応に賛成が多かった。それだけ共和国が勝手に独立を唱えたことに対する反発が多かった。行政上、共和国は遠く、東京都の配下に置くには巨大であった。経済的にも自立しており単純に東京都の配下と打ち出した政府に反発した。知事は、来日した共和国交渉団との交渉を渉外局に指示した。
六
北朝鮮は、在日朝鮮人組織に、朴、孫の照会をしていた。さらに共和国が北朝鮮へ訪問したいと言ってきたことから、日本の動向や共和国情報についての問い合わせをしてきていた。この点は、韓国も同様であった。韓国の財界は、共和国の技術が日本と連携してくる事に懸念を持っていた。これは、全ての先進国が持っている共通の思いかもしれなかった。IT技術、環境技術など比べ物がないほど高い技術力を見せつけられて期待や不安など複雑だった。韓国は、独立を支持した。アメリカや日本から遠まわしの圧力を受けたが、北朝鮮が支持していることから反対する理由がなかった。韓国人も共和国建設に関与している人達がいるだろうと想定していた。
今、日本は、共和国情報を収集するための唯一の場所であった。各国の諜報機関を含めて裏社会の人間も活発な活動を展開していた。
七
日本政府と共和国側との交渉は始まった。渡航に関しては、お互いビザなしで渡航を可能とした。但し、共和国は宿泊場所が確保された人に対しての渡航とした。就労に関しては、他の国と同様に就労ビザを取得することを必要とした。また、日本人を保護する目的として領事館の開設を要請し、お互いが事務所を早急に設けることとした。
懸案になったのは、空港であった。共和国は、旭川、茨城、鳥取、高知、熊本、石垣島の空港を指定してきた。地方空港の活性化のためには喜ばしいことであったが、保留となった。
渡航と並行して、貿易についても話あわれた。貿易は日本円をベースに行うこととし、お互いの国の産業を圧迫するものについては、関税をかける事とにして、お互い話し合いで決める事にした。技術協力については、民間ベースで行い報告をあげて許可をとるものとした。
日本においては、すでに台湾や香港などで
行っており特に注文をつけるものはなく、共和国としても問題を挙げる事はなかった。
しかし、共和国での外国企業に掛ける税金が大きいことについては、注文をつけたが、共和国は、企業責任を持つ事が必要とのことで軽くはねつけた。日本としても民間が考えることであるとして強くこの問題を取り上げなかった。企業進出は厳しいかもしれないと感じていた。
話し合いは、順調にすすみ、2日後にお互い書面を交わすことで会議は終わった。
交渉対策室は、身構えていたことからホッとしながらも、何故か不安を感じていた。あまりにも順調に行き過ぎているのである。地方空港を指定してくる事以外は、問題なかった。交渉に臨んできた女性メンバも柔らかい対応で感じは良かった。
「これからの予定は、何かありますか」対策室の室長が聞くと
「夕方は、昔の知人から招待をうけていますので日本政府の方が何もなければ、その招待を受けたいと思います」と答えた。
「分かりました。明日以降の日程ですが、次の予定をお願したいがよろしいでしょうか」
日本政府に来ている要望を整理した結果で、次の打ち合わせをお願いしたいと打診してきた。
沖縄からの県議会、市議会からの有志による打ち合わせ、東京都庁への訪問と打ち合わせ、電力会社との打ち合わせ、環境庁との打ち合わせ、そして前回訪問した調査団との懇親会を滞在期間に入れてほしいとの要望をした。
「それでは今決めましょう。私達もスケジュールが明確になれば動きやすいですからね」といって、要望されたものをスケジュール化していった。
共和国メンバの来日は、突然と思われたが彼らの宿泊する場所は、いつの間にか予約されていた。一応日本政府としては、警備体制は取っていた。
今日は暖かい日差しが降り注いでいた。春が間もなくやってくる。桜のつぼみは、まだ咲いていなかった。