春の嵐(20XX年〇月13日)
春の嵐(20XX年〇月13日)
~風に匂いがある四季の変わり目に吹く風匂いを伴う~
一
持ってきたものを持ち帰るだけだが、荷造りに手間取った。大量の土産を買ったわけでない。
昨日は、久しぶりによく飲んだ。カメラマンの仕事を20年近くしてきた。高校卒業して地元の工場に勤めたがすぐやめた。先輩に誘われて好きだったカメラの仕事についた。あまり何も考えなかった。どのように生きるかなど、今がよければと思っていた。結婚して子供もできた。バブル景気が崩壊したが、カメラマンの仕事は順調で独立しフリーのカメラマンとなった。バブル景気に酔った国民にとって崩壊は、人の心も崩壊させた。平良の仕事先も減った。そんな時、アフリカの取材の仕事が入った。初めての海外での取材で不安だったが、先輩からの推薦もあり高額な手当が魅力だった。アフリカは、広かった。人々は、純粋で、自然と向き合い、生きていく。単純な生き方が魅力だった。色々なことを飾り付けした生活が、自然を冒涜している気がした。着飾ったものを一枚一枚脱ぎ捨てた、カメラの技術も原点に返って被写体をそのまま受け入れる写真を撮ることに気持ちを傾けた。アフリカ取材中に、ODAや海外支援協力隊などや商社の人達と会った。そんな時に、日本語学校を開いている日本人に出会った。こんなところで地道に活動している日本人が居た。当時は、すごいね、日本人もすてたものでないなと思っただけであった。
「平良さん。準備できましたか」同じカメラマンの福西と静岡新聞の黒田が部屋に入ってきた。
「黒田さん。二日酔いですよ。ここにも、あんな飲み屋があるなんて安心しました」
「許可制のようですが、日本で小料理屋をやっていたようですよ。店をたたんでこちらに来たと言っていました。そっくり荷物を持ってこられたようですね」
「ここの国を造った人達は、すごいですね。奥が深いというか、色々な人達が、本当に心ひとつにして造ったのですよね。羨ましいですね。黒田さん、いつかここの人達をテーマにしたものを書いたらどうですか」
「そうだね。魅力的なテーマだね。ここの国が成功し、私も移りたいくらいだよ。ハハハ・・」
二
革新党の宮本議員は、燃えていた。昨日飲んだお酒でまだ足取りおぼつかないところもあるが、何か熱いものが消えなかった。大学に入った時に入党した。70年安保もすでに終わっていた。バブルの崩壊もみた。湾岸戦争、9・11事件・そしてイラク戦争などアメリカは、世界の紛争の当事者として、良くも悪くも中心にいた。日本では、日米軍事同盟が当たり前の状況で沖縄問題が論じられていた。アメリカも政権が代わり、日本も戦後続いた保守政権に代わった政権ができた。そうした状況の中で日本人が独立国を作った。かつて入党時に感じた俺達の国を作ると思った時の思いが、この国にきて思い出された。まだまだ、荒削りで頼りない感じがする。しかし、すごい国である。ワクワクした。昨夜参加した議員達とおおいに語った。自由党の佐々木君は
「宮本君とは考え方など異なるが、この国に関しては、共有できるね。この国については、政党の垣根を越えて一緒に支援したいね。成功したら、私を使ってくれるかな、移りたいね」
「この国は、“使う”“使わない”の国でなく、“働く”“働かない”の国だから、使われるという考え方がないよ」
「きれい事だね。うまくいくはずがない。皆金を儲ける。所詮、使用者と使用人の関係から逃れられないよ」こんな会話が交わされた事を思い出しながら帰る荷造りした。
三
1階のフロントの前には、すでに半分以上が集まっていた、酒の匂いが抜けないでいる人もいた。飛行機は、日本から帰国のために飛んできていた。この国は、飛行機を所有していないように見えた。しかし、パイロットはいる。それも皆黒人で若い、何故だろうと話題になった。共和国側は、今後飛行機を所有していくための準備だと言っていた。飛行機は近近購入する予定とのことであった。
「皆さん、忘れ物はないですか。今一度確認してください」全員集合した。調査団は、バス2台に分乗して空港に向かった。来る時と違って懐かしさを感じた街並み、景色を皆見ていた。また来ることになるであろうと思っていた。日本を出発して1週間たつ。日本だけでなく世界に衝撃を与えた国である。帰ったらさらに忙しくなる。一瞬このままこの国にいたいなと思った。総務省に入って20年公務員試験を受けて総務省に入った。当時は、自治省だった。省庁再編で総務省となった。今回は何気なく調査団として行くことに手をあげた、すんなり受け入れられ団長として参加した。みんなをまとまられるのか? うまく交渉できるのか? 調査は? しかし、そんな危惧は吹っ飛んだ。皆協力的だった。外務省、国土交通省、総務省の同僚、マスコミ関係者の人達、問題なかった。何より共和国側は協力的だった。出来たばかりの国、行政組織、よく働く国民、軍事力を持たない。圧倒された。昔生徒総会の会長をした。その時を思い出していた。
四
空港についた、飛行機は整備されいつでも飛び立てる状況にあった。アメリカ、中国、ロシアの艦船は、昨日消えていた。一応訓練航海が終了と日本政府に連絡があったようだ。出国手続きをすますと本山外務大臣をはじめ、調査に帯同してくれた案内人、関係省庁の人たちが見送りにきていた。
「またきてください」本山は、一人一人と握手しながら声をかけていた。
「本山さん。別れでなく、再び会うための握手ですね。お世話になりました」外務省の大谷は、握手しながら答えていた。
空港は、来た時と同じ、日本の専用機しかいなかった。ガラーンとしていた。全員搭乗すると轟音たてて飛び立っていった。
島はよく晴れていた。周りは青い色の海、正方形に近い島が見えなくなった。空から見る島普通の島に見えた。
五
羽田空港は、朝から調査団の帰国を待っている人達がいた。家族やマスコミ関係者である。総務大臣をはじめ対策室の主だったメンバがきていた。11時予定通りに専用機は、着陸した。
帰国会見室に調査団が現れると一斉に拍手が起きた。あちこちで“御帰りなさい”の声がかかった。調査団のマスコミ関係者も取材される立場になっていた。調査団長の挨拶ではじまった。すでに共和国の様子は日本国内に放送されているので質問は、承認するのか、交流はどうするのか、安全、食事などに集中した。
「政府としては、調査結果を検討して、皆さんに報告します。調査団のメンバは、疲れているので、会見はこれで終わりにしたいと思います」対策室の広報担当である倉持が、会見の終了を宣言した。マスコミは、もう少し聞きたい気持ちがあったが、仲間達のことを思い了承した。
調査団の全員は、一度対策室に集められた。「明日朝10時に、集まっていただき、皆さん一人一人の感想意見をお伺いしたいと思います。ご協力お願いします」解放される気持ちで一杯だった。今日は、ゆっくりさせてくれることがありがたかった。
六
内閣調査室は、特殊部隊の調査報告を分析していた。楽に侵入でき、何事もなく引き揚げてこられた。出来たてばかりだから、まだ手がたらないと言ってしまえばそれまでだが、周到に準備されて作りだされた島にしては、あまりにも無防備、他の国も侵入していたとの報告もあった。確かに軍隊らしきものはなく武器は、警察官が携帯している拳銃だけとの報告である。どこかに隠しているとしたら、短期間での調査では無理だ。電話がなった。
「影山さん。防衛省の前田がきています。調査団として参加していた前田です。どうしますか?」
「会議室にとおせ」
前田大尉が会議室にいた。
「帰ってきたばかりで疲れていないのか」
「冗談が好きですね。伊達に肩書をつけていないですよ」
「そうだね。何かあったかね」
「特殊部隊を出したでしょ。報告はどうだったかと思いましたので。補足事項があればと思い来たのです。対策室では話せないですからね」
「首藤さんから指示がでていたのか。あの人はタヌキだからね。防衛省の立場できたのでないだろ! アメリカの動きか?」
「アメリカ軍の動きは、特殊チームだけで大丈夫です。彼らを支援している組織の状況です。民主会とはどんな組織ですか」
「そうか、佐藤君から聞いたのか。・・・まだわからない。その組織が本当に支援していたのかも含めて実態が判らない」
「それだけすごい組織ですか」
「いや、表面に見えているものは、なんでもない組織だ。だから判らないと言っている。しかし、あの国を誰にも知られないで造った組織だ。疑うところは疑っている。今のところ別な組織が上がっていないからね」
「革新党とも関係ないのですか?」
「宮本さんが一緒に行ったのでないのか。私は関係ないと思っている。理念や国造りの仕方が違う」
「そうですか。あの国は、あまりにも無防備でした。質問すると、きれいごとでした。軍事力は、必要ないと云い切りました。多分、特殊部隊や他の国も特殊チームも簡単に侵入できたと思います。でも動き回るのに苦労したのでないでしょうか。私は、彼らは捕捉されていたと思っています。帰りに警備局長が言っていました。“この国に、武器を持ち込むのは不可能であると、麻薬も同様だ”とね」
「君は、反共主義者かね」
「私は、主義思想はもっていません。純粋に日本を自分たちで守ろうとの気持ちが強いだけで防衛省に入りました。しかし、あの国は魅力のある国です。危なっかしいところがありますが、私にとっては魅力のある国ですね。こんな考え方の人達がふえてきますよ」
「そうかも知れないね。そんなことを私に話してもいいのかね」
「喋りすぎました。忘れてください」
「でも助かったよ。彼らが我々を泳がせたとのことが、判ったからね。他の人は、知っているのかね」
「多分調査団では知らないと思います。このことについて疑問をもったのは、私と部下の二名です」
「今後、協力できることがあるかね」
「ありません」
「そうか。新宿の古里という店を知っているか? そこに桂子というママがいる。たまには飲みにいくのもいいかもしれないね」
「分かりました。失礼します」前田が出ていった。“若いとはいいな”と独り言をつぶやき影山は、会議室を出て行った。
日本に間もなく春が訪れる。しかし共和国の独立宣言は、春の嵐のようだった。本格的な台風シーズンの時まで今の政権は持つ事ができるだろうか。共和国の嵐はこれからが本番のようだ