余波
暫定総合一位。
その文字は、掲示板に残ったままだった。
評価欄は変わらない。
E。
未分類。
未制御。
再現性不明。
整合しない情報が並んでいる。
教室の空気は、重い。
誰も俺に話しかけない。
だが、見ている。
露骨に。
あるいは、隠しながら。
俺は席に座る。
机の木目を眺める。
指先でなぞると、わずかに震えた。
俺のせいかどうかは、わからない。
「なあ」
斜め後ろの席の男が声をかけてくる。
短髪。目つきが鋭い。
「お前、何をした」
「何も」
「ふざけるな」
低い声。
怒りというより、不安に近い。
「重圧が反転した。あれは能力だ」
「そうらしい」
「自覚は?」
「ない」
男は舌打ちする。
「気味が悪い」
正直だ。
否定はしない。
その通りだと思う。
前方で椅子が引かれる。
七瀬が立ち上がる。
白いワンピース。
無表情。
「やめて」
それだけ言う。
声は小さいが、教室は静まる。
「今は味方」
誰も返事をしない。
味方。
その言葉は、軽い。
だが、俺の隣に来て座る。
距離が、近い。
「あなた、平気?」
「問題ない」
「そう」
彼女はそれ以上聞かない。
沈黙が落ちる。
扉が開く。
白衣。
隈の濃い眼鏡。
観測員。
「全員、演習場へ」
感情のない声。
「順位変動後の再測定を行います」
ざわめき。
「またやるのかよ」
「今度は俺が当たるかもな」
立ち上がる。
廊下を歩く。
視線が背中に刺さる。
期待ではない。
疑念。
恐れ。
計算。
演習場は広い。
血の跡は、まだ薄く残っている。
「今回は一対一」
観測員が告げる。
「能力の発現条件を確認します」
俺の名前が呼ばれる。
相手は一年。
能力は火炎。
手のひらに赤い光が灯る。
「悪いな」
そう言いながら、火球を放つ。
速い。
避けられない。
熱が迫る。
死ぬ。
そう判断する。
視界が揺れる。
次の瞬間。
火球が、弾ける。
爆ぜた炎が逆巻き、放った本人を包む。
悲鳴。
焼ける匂い。
皮膚が焦げる音。
地面に転がる。
消火。
医療班が走る。
生きている。
だが、腕の皮はめくれている。
俺は、立ったままだ。
無傷。
観測員が端末を見る。
「反転確認」
淡々と呟く。
「外的攻撃に対する自動応答。死亡予測時のみ発動」
俺を見る。
ほんの一瞬だけ。
「制御不可」
それだけ言う。
周囲がざわめく。
「やっぱり危険だろ」
「味方にいたら最悪じゃねえか」
七瀬が一歩前に出る。
「巻き込まれてない」
事実だ。
攻撃は、攻撃した本人に返る。
選んでいるのかどうかは、わからない。
俺は何もしていない。
「次」
観測員が言う。
再び名が呼ばれる。
今度は二年。
能力は切断。
空気を裂く斬撃。
「運で一位か?」
笑う。
刃が振られる。
速い。
見えない。
死ぬ。
そう判断する。
空間が歪む。
斬撃が、反転する。
男の肩が裂ける。
血が噴き出す。
腕が落ちる。
絶叫。
地面が赤く染まる。
医療班。
止血。
腕は回収される。
繋がるかは知らない。
俺は、まだ立っている。
息も乱れていない。
歓声はない。
沈黙だけが広がる。
観測員が言う。
「本日の測定は終了」
端末を閉じる。
「評価は据え置き。暫定順位のみ維持」
Eランク。
一位。
矛盾したまま。
演習場を出る。
七瀬が隣に並ぶ。
「怖い?」
彼女が聞く。
「何が」
「自分」
少し考える。
「わからない」
本音だ。
俺は自分の能力を知らない。
ただ、死なない。
それだけだ。
「私は」
彼女が言う。
「あなたが死なないなら、それでいい」
理由は聞かない。
彼女も言わない。
校舎の上。
白衣の観測員が立っている。
こちらを見下ろしている。
無表情。
だが、視線は逸らさない。
誰もいないことを確認してから。
小さく、息を吐く。
「やはり」
呟きは風に消える。
俺は歩く。
暫定一位。
Eランク。
未分類。
事故は、まだ続いている。




