波紋
一位。
その二文字が、学園中に広がるのに時間はかからなかった。
朝。
廊下を歩く。
視線。
昨日までの嘲笑はない。
代わりにあるのは、警戒。
「本当にEだったのか?」
「測定ミスだろ」
「いや、あれは……」
小声。
俺は何も言わない。
灰色の腕章は回収された。
代わりに渡されたのは、黒。
暫定一位の色。
重い。
教室に入る。
空気が違う。
昨日、肩をぶつけてきた男は目を逸らす。
前の席の金ランクは、無言。
席に座る。
担任が入ってくる。
「昨日の結果は正式に承認された」
ざわめき。
「編入生は本日より暫定一位。異議は受け付けない」
静まる。
「ただし」
「能力詳細は依然不明。観測継続対象とする」
視線が窓際へ向く。
白衣。
眼鏡。
隈。
端末を持つ女。
彼女は何も言わない。
昼休み。
屋上。
扉の音。
「逃げ場所にしては分かりやすい」
振り向く。
白衣。
「別に逃げてない」
「そう」
風が吹く。
彼女は端末を操作する。
「昨日の歪曲。範囲は約三メートル」
事務的。
「意図的か」
「違う」
「発動条件は」
「分からない」
沈黙。
彼女は眼鏡を押し上げる。
「恐怖を感じていない」
指摘。
「普通は、死を前にすれば心拍が上がる」
「上がってるかもしれない」
「データ上は安定している」
見られている。
「俺は何なんだ」
初めて、口に出す。
彼女は少しだけ間を置く。
「特異点」
短い。
「この学園の中で、唯一理論に当てはまらない」
視線が合う。
普段は冷たい目。
今は、違う。
「あなたは例外」
小さな声。
「ずっと探していた」
風が強くなる。
彼女はすぐに視線を逸らす。
「……観測対象として」
付け足す。
「俺が暴走したら」
「止める」
即答。
「私が」
その言葉は、研究者の声ではなかった。
屋上の扉が開く。
数人の生徒。
「一位、こんなとこにいたのか」
空気が変わる。
彼女は一歩下がる。
無表情に戻る。
「私は観測を続けるだけ」
事務的な声。
生徒たちが近づく。
「次の順位戦、出るよな?」
順位戦。
「一位が本物か、確かめないと」
挑発。
俺は空を見る。
「出る」
静かに言う。
ざわめき。
生徒たちは去る。
屋上に残るのは二人。
「順位戦は連続戦闘」
白衣が言う。
「負荷は昨日の比じゃない」
「死ぬかもしれない」
沈黙。
「その時は」
彼女が言いかける。
止まる。
「……データが取れる」
冷たい言葉。
だが。
指先がわずかに震えている。
「安心しろ」
なぜか、俺が言う。
「多分、死なない」
根拠はない。
だが。
世界がずれる感覚は、昨日より鮮明だった。
彼女はしばらく黙る。
「そう」
小さく頷く。
「なら、観測する」
その目は。
他の誰よりも。
俺を見ていた。




