管理という名の檻
目隠しはされなかった。
だが窓は黒く塗られていて、外は見えない。
車内は静かだった。
向かいに座る男は無言で、時折タブレットを操作している。
手首の手錠は、見た目ほど重くない。
逃げる気はなかった。
逃げたところで、彼女がいればどうにでもなる。
彼女は、俺の隣に座っている。
シートに沈むことなく、ただ“そこに在る”。
白いワンピース。
無表情。
十年前から、変わらない。
車が止まった。
扉が開く。
地下駐車場のような場所だった。
コンクリートの匂い。
白い照明。
ここがどこかは分からないが、普通の施設ではない。
「降りろ」
短い命令。
従う。
エレベーターに乗せられ、上へ。
数字の表示はない。
感覚だけが頼りだった。
扉が開く。
そこは白かった。
壁も床も天井も、すべてが無機質な白。
窓はない。
廊下の先に、いくつもの扉。
研究施設のようでもあり、病院のようでもある。
だが静かすぎる。
生きている音がしない。
案内された部屋には、机と椅子があるだけだった。
俺は座らされる。
向かいに、スーツの男。
年齢は三十代半ばくらいか。
感情の薄い目。
「ここは異能管理局だ」
初めて聞く名前だった。
「君が何をしたかは把握している」
タブレットをこちらに向ける。
そこには、昨夜の路地裏の映像が映っていた。
俯瞰視点。
遠距離からの観測映像らしい。
俺と、彼女。
そして、二人の男が死ぬ瞬間。
彼女は、やはり映っていない。
歪みだけが不自然に弾けている。
「未登録異能者。十七歳。発現時期は推定幼少期」
男は淡々と続ける。
「自覚は?」
「……ある」
短く答える。
嘘は意味がない。
男は頷いた。
「検査を行う」
別室へ移動。
円形の部屋だった。
床に幾何学模様のような刻印。
中央に立たされる。
数人の白衣が周囲にいる。
「異能を発現させろ」
命令。
俺は視線を横に向ける。
彼女が一歩前に出る。
空気が、わずかに揺らぐ。
白衣の一人が息を呑む。
「……人型、確認」
「随伴型だな」
「可視不可視の中間。干渉強度、高い」
専門用語が飛び交う。
彼女は無表情のまま立っている。
その姿を、彼らは“感じて”いるらしい。
完全に見えてはいない。
だが、確かに存在を捉えている。
「危険度判定を」
機械音。
床の刻印が淡く光る。
数値が空間に投影される。
出力値はそれほど高くない。
だが、干渉係数が異常だった。
「……危険度A」
部屋が静まる。
「登録外でこの数値か」
「人型随伴型は過去例が少ない」
俺は彼女を見る。
彼女は、ただ俺の隣に戻る。
検査は終わったらしい。
再び最初の部屋へ。
スーツの男が資料を閉じる。
「君は一般社会に戻せない」
断定だった。
「異能は秘匿されている。管理下に置く必要がある」
管理。
檻のような言葉だ。
「異能者専用教育機関へ編入してもらう」
学校。
俺は少しだけ考える。
拒否はできるのか。
男は俺の視線を読んだように言う。
「拒否権はない」
だろうな。
「監視も付く」
当然だ。
「質問はあるか」
少しだけ考える。
「……彼女は?」
男の眉がわずかに動く。
「人型随伴型のことか」
頷く。
「分離は不可能と判断された。君の異能の一部だ」
一部。
そういう扱いらしい。
「暴走の兆候があれば、排除する」
淡々とした声。
俺を見る目に、情はない。
ただの対象。
危険物。
「今日からここに滞在だ。明日、学園へ移送する」
部屋を出る。
案内されたのは、簡素な個室だった。
ベッドと机。
監視カメラ。
窓はない。
まさに、檻だ。
扉が閉まる。
電子音。
施錠。
静寂。
俺はベッドに座る。
彼女が、向かいに立つ。
無表情。
変わらない。
十年前から。
俺は小さく息を吐いた。
「……学校、だってさ」
彼女は何も言わない。
言葉を持たない。
それでも、そこにいる。
管理という名の檻。
だが俺には、すでに檻があった。
胸の奥の、冷たい空洞。
彼女は、その中にいる。
目を閉じる。
眠気は来ない。
ただ静かに、時間だけが過ぎていった。




