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心傷のマカブレア  作者: もにもに
事故は、二度起きる
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拒絶の波形

 管理区域に、警告音がまだ残っている。


 鋼塊は床にめり込み、わずかに煙を上げていた。


 俺は膝をついたまま、動けずにいる。


 七瀬の手が、肩を掴んでいる。


「……生きてる?」


「ああ」


 掠れた声が出る。


 確かに、潰れるはずだった。


 死亡確率九十パーセント。


 他者被害ゼロ。


 能力は沈黙するはずだった。


 だが、軌道はずれた。


 数センチ。


 それだけで、生死は分かれた。


「干渉波形、記録完了」


 白衣の声が震えている。


 端末に流れる数値は乱れ、規則性を持たない。


「今のは……あなた単体の反応ではありません」


 ゆっくりと、俺を見る。


「発動直前、外部脳波の急激な上昇を検知」


 視線が、七瀬へ向く。


「外部?」


 七瀬が眉をひそめる。


「あなたです」


 白衣ははっきりと言う。


「七瀬さん、あなたの情動波形が、神代の能力反応と同期しました」


 沈黙。


「……は?」


「強い拒絶反応。『死なせない』という意志」


 七瀬の手が、わずかに強くなる。


「それに、能力が応答した可能性があります」


 俺は息を整えながら、思い返す。


 鋼塊が落ちてくる瞬間。


 未来は確定していた。


 俺が止まれば、死ぬ。


 能力は動かない。


 はずだった。


 だが、あのとき。


 七瀬の声。


 表情。


 拒絶。


 それが、未来の濃淡を揺らした。


「仮説を修正します」


 白衣が端末を閉じる。


「あなたの能力は、“他者被害”そのものではなく」


 一拍。


「“強い否定”に反応している」


 否定。


 事故への否定。


 死への否定。


 喪失への否定。


「だから、これまでは他人の致命線に強く反応した」


 誰かが死ぬ未来は、強く否定される。


「そして今」


 視線が交差する。


「あなたの死を、七瀬さんが強く否定した」


 静寂が落ちる。


 七瀬は何も言わない。


 だが、視線は逸らさない。


「……つまり」


 俺が呟く。


「俺一人じゃ、限界がある」


「可能性が高い」


 白衣は即答する。


「単独では“利他的構造”が固定されている」


 自分を守れない構造。


「しかし外部からの強い情動入力で、優先順位が再構成される」


 難しい言葉。


 だが意味は分かる。


 俺は、誰かの“拒絶”を媒介にしている。


「だから言ったでしょ」


 七瀬が低く言う。


「一人で背負うなって」


 胸がざわつく。


 能力の問題じゃない。


 俺の在り方の問題だ。


 そのとき。


 管理区域の天井スピーカーが作動する。


『観測データ、上層へ転送完了』


 機械音声。


 白衣の表情が硬くなる。


『特別管理対象、フェーズ移行』


 空気が変わる。


「……早すぎる」


 白衣が小さく呟く。


「何が」


「あなたの能力は、もう“校内実験”の枠に収まりません」


 七瀬が一歩前に出る。


「どういうこと」


「外部環境での検証」


 短い説明。


「実地運用」


 嫌な言葉だ。


「事故は、校内だけで起きるものではない」


 現実。


 街。


 人。


「あなたを、外へ出す可能性があります」


 沈黙。


 俺はゆっくり立ち上がる。


 肩は痛む。


 だが、折れてはいない。


「断れるのか」


 白衣は、わずかに目を伏せる。


「形式上は任意」


 だが、その声音は違う。


「実質的には?」


「……難しいでしょう」


 七瀬が息を吐く。


「外で何かあったら」


 その先を言わない。


 想像はできる。


 校内と違い、被害は“疑似”ではない。


 本物だ。


 俺は天井を見上げる。


 管理区域の無機質な光。


 ここでは、まだ守られている。


 だが外では――


 未来は、もっと濃く、重くなる。


「準備期間は与えます」


 白衣が言う。


「ですが、時間は多くない」


 七瀬が俺を見る。


「行くの?」


 問い。


 能力のためか。


 誰かのためか。


 それとも。


 俺自身のためか。


 まだ、答えは出ない。


 だが一つだけ、確かなことがある。


 俺はもう、


 “事故に巻き込まれるだけの存在”ではない。


 事故を、


 否定の波形で、


 揺らす存在だ。


 そしてその波は――


 校内に、収まらない。

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