管理区域
翌朝。
俺の時間割から、集団訓練の項目が消えていた。
代わりに一行。
――特別管理訓練。
校舎の奥。
普段は使われていない管理区域へ案内される。
扉は厚い。窓はない。天井には無数のセンサー。
中央に、円形フィールド。
「今日からここが、あなたの主な訓練場です」
白衣が言う。
隈は相変わらず濃いが、目は冴えている。
「観測範囲を限定。外部被害ゼロ環境で検証します」
「俺一人で?」
「基本は」
“基本は”。
含みのある言い方。
七瀬の姿はない。
それだけで、わずかに胸がざわつく。
「まずは基礎確認」
フィールドの壁面がスライドする。
内部に組み込まれた可動装置が姿を現す。
「小規模崩落、落下物、弾道偏差。段階的に行います」
演習開始。
最初は単純な落下物。
頭上から鉄塊が落ちる。
回避可能。
俺は半歩ずれて避ける。
問題なし。
次。
左右から同時射出。
避ける。
当たらない。
「ここまでは通常反応」
白衣の声。
「では、条件を追加します」
フィールド中央に、ホログラムが浮かぶ。
人影。
「疑似対象A」
人の形をした立体映像。
「これに被害が及ぶ軌道を設定します」
嫌な感覚。
射出口が三つ開く。
開始。
弾道は俺をかすめ、背後の疑似対象へ向かう。
俺が避ければ、直撃。
身体が勝手に動く。
前へ出る。
衝撃が腹に入る。
疑似対象は無傷。
「確認」
白衣の声が僅かに低くなる。
「他者被害予測時、自動介入傾向あり」
分かっていたことだ。
だが、問題はここからだった。
「次段階」
疑似対象が二体に増える。
左右に配置。
「同時被害予測を発生させます」
射出。
四方向。
俺が右を防げば左が当たる。
左を選べば右が当たる。
完全防御は不可能。
未来が枝分かれする。
濃い線。
薄い線。
右は軽傷。
左は重傷。
俺は迷わず左へ踏み込む。
重い衝撃。
視界が揺れる。
右の疑似対象は、弾が掠めるだけで済む。
停止。
静寂。
「選択を確認」
白衣が呟く。
「より被害の大きい未来を優先的に修正」
呼吸が荒い。
「数値上、あなたは“総被害量が最小となる線”を選んでいる」
それは。
守っているのか。
計算しているのか。
「自覚は?」
「ない」
本当にない。
ただ、“濃い”と感じる方を消しているだけだ。
白衣はしばらく黙っていた。
やがて、端末を閉じる。
「最後の検証です」
フィールド中央が開く。
床が沈み、下層空間が見える。
「落下試験」
嫌な予感が走る。
「対象はあなた」
「……どういう意味だ」
「今回は疑似対象を置きません」
つまり。
俺だけ。
「あなたが落下した場合、致命傷確率六十七パーセント」
淡々と告げる。
「他者被害はゼロ」
沈黙。
「開始します」
床が抜ける。
身体が浮く。
落ちる。
未来が走る。
骨折。
内臓損傷。
死亡。
濃い。
だが。
“他人が傷つく線”は、ない。
何も動かない。
世界は変わらない。
俺は落ちる。
衝撃。
視界が白くなる。
緊急クッションが展開し、致命傷は避けられる。
だが、痛みは本物だ。
引き上げられ、フィールドに戻される。
白衣が静かに言う。
「自己被害のみの場合、能力反応なし」
確定。
俺の能力は――
俺を守らない。
息を整えながら、天井を見る。
センサーの赤い光が瞬く。
「神代 湊」
名前を呼ばれる。
「あなたは、自分を守るためには干渉できない」
分かっていた。
だが、言葉にされると重い。
「では質問です」
白衣の声が、わずかに揺れる。
「もし“他者被害ゼロで、あなたが確実に死ぬ状況”が発生した場合」
静寂。
「あなたは、それでも能力を発動できないのでしょうか」
答えられない。
発動するのか。
しないのか。
そもそも――
選べるのか。
管理区域の扉が閉まる。
外の世界と遮断される音。
観測は、次の段階へ入ろうとしていた。
俺の能力が“守るもの”なのか。
それとも“削るもの”なのか。
確かめるために。




