想定外
警報が鳴り続けている。
「訓練区域Bにて事故発生」
演習ではない。
声色で分かる。
俺と七瀬は同時に走り出した。
「待ちなさい!」
背後から白衣の声。
止まらない。
区域Bは半屋外型の整備デッキだ。
上段の足場が傾き、支柱が歪んでいる。
二年の男子が一人、取り残されていた。
崩れる。
数秒以内に。
見えた。
“濃い未来”。
落下。
頭部強打。
即死。
別の線。
俺が飛び込む。
間に合う。
だが支柱が折れ、七瀬が巻き込まれる。
負傷。
骨折。
さらに崩落。
未来がいくつも枝分かれする。
その中で。
“他人が致命傷を負う線”だけが、異様に鮮明だ。
「神代!」
七瀬の声。
時間が引き延ばされる。
俺は踏み込んだ。
軋む足場に飛び乗る。
振動。
崩壊音。
男子生徒の腕を掴む。
「掴め!」
引き寄せた瞬間、支柱が裂ける。
落ちる。
そのはずだった。
だが――
違和感。
支柱の倒れる角度が、わずかにずれた。
ほんの数センチ。
だが決定的。
瓦礫が滑り、空間が生まれる。
俺と生徒の身体が、その隙間に収まる。
衝撃。
粉塵。
静寂。
生きている。
上から七瀬が覗き込む。
言葉が出ない顔。
白衣の女も、無言で崩落跡を見ていた。
偶然ではない。
誰の目にも分かるほど、崩れ方が“不自然”だった。
観測室。
映像が繰り返される。
スロー再生。
崩落直前、数値が乱れている。
「外的干渉なし」
白衣が呟く。
「衝撃波なし。磁場変動なし」
それでも、支柱は動いた。
「……あなたは」
こちらを見る。
「受けるだけではなかった」
俺は黙る。
自覚はない。
だが、否定もできない。
「事故が起きる前に」
白衣の指が止まる。
「結果を書き換えている」
重い沈黙。
「意図していない」
「それが問題です」
静かな声。
「無意識でここまで干渉するなら、意識した時はどうなるのか」
考えたこともない。
考えたくもない。
「上に報告します」
「上?」
白衣は答えない。
ただ、言った。
「あなたを、通常の枠で管理するのは難しくなりました」
夜。
寮の屋上。
七瀬が先にいた。
「見たよ」
短い言葉。
「今までと違った」
俺は柵にもたれる。
「たぶん」
「たぶん、じゃない」
七瀬は真っ直ぐに見る。
「崩れ方、おかしかった」
風が吹く。
「あなた、自分が壊れる前提で動いてる」
核心。
「今日もそうだった」
否定しない。
「ねえ」
声がわずかに揺れる。
「いつか、本当に死ぬよ」
「死なない線を選んでる」
「私が巻き込まれる線もあったでしょ」
言葉に詰まる。
あった。
確かに。
「……全部は守れない」
初めて口にする。
「だから、濃い方を消してるだけだ」
七瀬は目を細める。
「それ、守ってるって言うんだよ」
返せない。
屋上の扉が開く音。
白衣。
隈の濃い眼鏡。
「神代 湊」
フルネーム。
「明日から、あなたの訓練内容が変更になります」
夜風が止まる。
「個別管理下に移行します」
七瀬が眉を寄せる。
「それって隔離?」
「違います」
だが、その声は固い。
「観測範囲を拡張するだけです」
観測。
つまり――
試される。
より大きな事故で。
より大きな選択で。
白衣は続ける。
「あなたの能力は、まだ底が見えない」
静かな断定。
「次は、こちらが条件を決めます」
夜空に雲がかかる。
事故は偶然ではなくなった。
選択は、強制される段階へ進む。
俺は初めて思う。
もし。
“他人を守る”以外の選択肢を与えられたら。
俺は――
どうする。




