再現性
観測室を出た瞬間、空気が変わったのが分かった。
視線。
遠慮のない好奇。
露骨な警戒。
そして――
「おかえり、暫定一位」
軽い声。
二年の男子だ。腕を組み、壁に寄りかかっている。
「Eランクなのに、な」
笑っているが、目は笑っていない。
「偶然だろ」
俺はそれだけ返す。
「二回も?」
言葉が刺さる。
――二回。
最初の事故。
そして、さっきの破片。
周囲もざわつく。
「やっぱり何かあるんだろ」
「能力、隠してるだけじゃないのか」
「未分類って便利だよな」
七瀬が一歩前に出る。
「やめなよ」
静かな声。
だが、その一言で場が止まる。
「見てたでしょ。あれは事故」
「庇ったのは事実だろ」
「それだけ」
七瀬は俺を見ない。
庇っているわけでも、信じているわけでもない。
ただ、“今はこれ以上広げない”という判断。
賢い。
そして距離がある。
それが、少しだけ痛い。
放課後。
教室に残された空気は重い。
俺の席は、相変わらず最後列の窓際。
Eランクの指定席。
だが今は、そこに“観察対象”という意味が付いている。
「ねえ」
前の席の男子が振り向く。
「再現できるのか?」
「何を」
「さっきのやつ」
再現。
その言葉に、白衣の女の声が重なる。
再現性不明。
最低評価。
「できない」
即答する。
本当に、できない。
意図してやったわけじゃない。
ただ――
“起きそうな未来”が、分かった気がしただけだ。
訓練場。
放課後の自主練習時間。
なぜか人が集まっている。
「やれよ」
「見せてみろ」
「偶然じゃないなら、できるだろ?」
誰かが言う。
七瀬はいない。
観測室の上段。
白衣の影が見える。
……見ている。
俺は中央に立つ。
「何をすればいい」
「的を撃つだけでいい」
簡単な試験。
遠距離から金属片を射出する装置。
さっきと同じタイプだ。
「軌道が変わるなら、今度も変わるだろ?」
変わらない。
たぶん。
俺は目を閉じる。
未来は見えない。
ただ、ざわめきだけが聞こえる。
「いくぞ」
射出。
金属片が飛ぶ。
一直線に、俺へ。
避けない。
動かない。
ぶつかる――
鈍い音。
腹部に直撃。
息が詰まる。
変わらない。
軌道は、変わらなかった。
ざわめきが、失望に変わる。
「ほらな」
「偶然だろ」
「なんだよ」
膝をつきそうになるのを堪える。
痛い。
普通に。
観測室。
白衣の女が何かを記録している。
その横顔は読めない。
――再現性なし。
Eランクの証明。
俺は立ち上がる。
「もういいだろ」
人が散っていく。
期待は消えた。
疑念だけが、少し残る。
夜。
寮の廊下。
「止まりなさい」
低い声。
振り向く。
白衣。
「なぜ、動かなかったのですか」
「避けられたからです」
「……避けられた?」
「さっきは、避けたら七瀬に当たった」
沈黙。
「今日は?」
「誰にも当たらない軌道だった」
眼鏡の奥の瞳が揺れる。
「あなたは」
彼女は一歩近づく。
「事故を選別している」
「違う」
即座に否定する。
だが、声に自信がない。
「再現はできない。ですが」
白衣の袖が、わずかに震える。
「条件がある」
条件。
「第三者への被害」
俺は黙る。
「あなたは、自分ではなく“他人”に向かう事故だけを書き換える」
心臓が跳ねる。
図星。
だが、それを認めた瞬間、何かが決定的になる。
「……仮説です」
彼女はすぐに距離を取る。
「まだ、誰にも言いません」
廊下の窓から月明かりが差す。
「ですが、次は」
静かに。
「あなたが選べない状況を作ります」
「……何をするつもりですか」
「観測です」
それだけ言って、背を向ける。
「事故は、二度起きる」
小さく、続ける。
「三度目は、検証になります」
白衣が闇に消える。
俺はその場に立ち尽くす。
再現性。
Eランク。
未分類。
だがもし――
俺の能力が、
“他人の不幸だけを拒絶する”ものだとしたら。
それは、
異能なのか。
それとも――
ただの、呪いか。




