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心傷のマカブレア  作者: もにもに
事故は、二度起きる
12/18

観測外

 止まっていた時間が、ようやく動き出す。


 ざわめきが遅れて押し寄せた。


「今の……何が起きた?」


「軌道が、変わったよな?」


「いや、あいつが……」


 背中に鈍い痛みが残っている。制服の布越しに、砕けた金属片が食い込んだ感触がまだ生々しい。


 だが、俺が気にしているのはそこじゃない。


 破片は七瀬に向かっていた。


 一直線に。


 それが、逸れた。


 偶然にしては、あまりにも不自然な角度で。


 七瀬が振り向く。


「……なんで」


 その瞳に浮かんでいるのは感謝でも怒りでもなく、純粋な困惑だった。


「俺が前に出ただけだ」


 そう言うしかない。


 実際、俺自身も“そうとしか説明できない”。


 前に出た。


 そして、当たった。


 それだけだ。


 それ以上のことは――何もしていない。


 はずなのに。


 観客席の上段。


 白衣の裾が揺れる。


 隈の濃い眼鏡の女が、じっとこちらを見ていた。


 無表情。


 だが、あの人は今、間違いなく“何かを理解しようとしている”。


 それが分かる。


 放送が入る。


「試験続行。軽微な事故と判断」


 事故。


 その単語に、胸の奥が反応する。


 二度起きる。


 そう言われたあの夜を、思い出す。


 試験はそのまま終わった。


 結果は、暫定総合一位のまま変わらず。


 だが、空気は違っていた。


 ざわめきの質が変わっている。


「Eランクのくせに」


「やっぱ隠してるだろ」


「再現性不明、ってそういう意味か?」


 聞こえるように言うな。


 いや、聞こえてもいいと思っているのか。


 七瀬は何も言わない。


 ただ一度だけ、俺の背中を見て、小さく眉を寄せた。


 怪我の確認か、それとも――


「来てください」


 低い声。


 振り向くと、白衣の女がすぐ後ろに立っていた。


 相変わらず酷い隈。


 だが、その瞳は異様に冴えている。


「観測室へ」


 拒否権はない。


 俺は無言でついていく。


 廊下は静かだった。


 窓の外には訓練場の残光。


 白衣の背中を見ながら歩く。


 この人は、俺を特別視している。


 それは分かる。


 だが、それを他人に見せることはない。


 徹底的に、無機質。


 観測室に入る。


 扉が閉まる。


 静寂。


「背中、見せてください」


 言われた通りにする。


 布を捲ると、赤く腫れた痕がある。


「骨には異常なし」


 淡々と告げる。


 だが、次の言葉は少しだけ、温度が違った。


「……よく間に合いましたね」


「偶然です」


「そうですか」


 眼鏡の奥で、視線が細くなる。


「あなたは、何をしたんですか?」


「何も」


 沈黙。


 数秒。


 時計の音がやけに大きい。


「あなたの能力は、未分類。未制御。再現性不明」


 前席の男が言った言葉と同じだ。


「だからEランク」


「はい」


「ですが」


 そこで、彼女はほんの僅かに息を吐いた。


「観測できないものが、存在しないとは限らない」


 その言葉は、俺だけに向けられている。


 他の誰にも聞かせるつもりはない声音。


「あなたは、“事故”を引き寄せるのか」


 違う。


 俺は、否定しようとする。


「それとも」


 白衣の袖がわずかに震える。


「事故を、上書きしているのか」


 心臓が跳ねた。


 その表現は、あまりにも正確すぎる。


 あの夜。


 あれは、確かに“起きるはずだった”。


 そして、俺は――


「……私はまだ、仮説段階です」


 彼女はすぐに無機質な声に戻る。


「外では言いません。安心してください」


 安心?


 そんなもの、できるはずがない。


「ですが」


 扉の前で立ち止まる。


 振り返らないまま、言う。


「あなたをEランクのままにしておくのは、危険かもしれない」


 それは昇格の話ではない。


 もっと別の意味だ。


「事故は、二度起きる」


 小さく、彼女が呟いた。


 俺は息を止める。


「なら三度目は――」


 振り返る。


 その瞳には、わずかに個人的な感情が滲んでいた。


「あなたが選ぶのかもしれません」


 扉が開く。


 廊下の光が差し込む。


 外では、クラスメイトたちが待っている。


 ざわめきと、疑念と、期待。


 俺は再び、その中へ戻る。


 暫定Eランク。


 未分類。


 未制御。


 再現性不明。


 それでも。


 確かに、何かは起きている。


 そしてそれは――


 偶然ではない。

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