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心傷のマカブレア  作者: もにもに
事故は、二度起きる
11/18

解除

 屋上を出たあと、誰も何も言わなかった。


 観測員は機材の残骸を確認し、淡々と記録を取っていた。


 七瀬は少し離れた場所で、俺の背中の傷を見ている。


「縫う?」


「必要ない」


 浅い。


 致命ではない。


 だから発動もしない。


 それだけのことだ。


 観測員が立ち上がる。


「隔離は解除する」


 昨日、そう言った通りだ。


「ただし、監視は常時」


「好きにしろ」


「好きではない」


 即答。


 彼女は白衣の袖を整える。


「君は均衡点にいる」


「均衡?」


「死と生の境界」


 端末を閉じる。


「そこから落ちれば、反転する」


「落ちなければ?」


「何も起きない」


 単純だ。


 単純すぎる。


 七瀬が言う。


「じゃあ、落ちなければいい」


 観測員は七瀬を一瞥する。


「理論上は」


 感情のない声。


「だが戦場では、理論は崩れる」


 夕日が沈む。


 屋上の影が長い。


「明日から通常授業に戻る」


 観測員が告げる。


「ただし対外演習候補として記録は回す」


「候補?」


「決定ではない」


 わずかに間。


「上が揉めている」


 俺の扱いについてだろう。


 危険物か。


 兵器か。


 実験材料か。




 校舎へ戻る。


 廊下で数人の視線がぶつかる。


 昨日より露骨だ。


 恐れより、敵意。


 代表候補。


 特別観測指定。


 Eランクのまま。


 気に入らないだろう。


 教室に入る。


 空気が止まる。


 誰も何も言わない。


 俺は席に座る。


 机に指を置く。


 震えはない。


 七瀬が隣に座る。


「明日、また狙われるかも」


「かもしれない」


「怖くない?」


「判断するだけだ」


 彼女は小さく息を吐く。


「あなた、本当に壊れてない?」


「さあな」


 本当のところは、わからない。




 夜。


 寮の廊下。


 足音が止まる。


「おい」


 振り返る。


 二年が三人。


「代表候補だって?」


 笑う。


「試させろよ」


 囲まれる。


 人気のない廊下。


 逃げ場はない。


 能力の気配が揺れる。


 電撃。


 刃。


 衝撃波。


「ここで死ねば、発動するんだろ?」


 面白がっている。


 実験だ。


 俺を。


 電撃が走る。


 致命ではない。


 反応しない。


 刃が肩を裂く。


 浅い。


 反応しない。


 衝撃波が胸を打つ。


 壁に叩きつけられる。


 息が詰まる。


 骨が軋む。


 次が来る。


 同時に。


 出力が上がる。


 死ぬ。


 そう判断する。


 空気が歪む。


 三つの攻撃が反転する。


 電撃が放った男を焼く。


 刃が逆流し、腕を裂く。


 衝撃波が胸を打ち返す。


 三人が倒れる。


 血の匂い。


 焦げた匂い。


 静寂。


 俺は床に手をつく。


 呼吸は乱れていない。


 足音。


 白衣。


 観測員。


「やはり」


 それだけ言う。


 倒れた三人を確認する。


「生存」


 淡々と端末に入力。


「挑発に応じた?」


「応じてない」


「そう」


 視線が俺に向く。


 数秒。


「君は追い詰められないと発動しない」


「ああ」


「なら、追い詰められる状況を排除する」


 小さく呟く。


「今後、接触は制限する」


「過保護だな」


「合理的」


 即答。


 担架が運ばれる。


 廊下に赤い線が残る。




 翌朝。


 掲示板に追記。


 ――特別観測指定:接触制限。


 俺の周囲二メートル以内、許可制。


 教室はさらに静かになる。


 七瀬だけが、線を越えて座る。


「窮屈だね」


「そうでもない」


 本音だ。


 静かなほうが楽だ。


 観測席。


 白衣がこちらを見る。


 無表情。


 だが、ほんのわずかにだけ。


 安堵に似た影が差す。


 誰も気づかない。


 俺はまだ、生きている。


 均衡は保たれている。


 今のところは。

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