調整
隔離は、形式上と言われた。
だが、席の周囲には誰も近づかない。
目に見えない線が引かれている。
俺はその内側にいる。
黒板の文字を追う。
能力理論基礎。
発現条件と安定化。
俺には縁の薄い内容だ。
「異能は感情、記憶、外的刺激など様々な因子で変動する」
担任が言う。
「再現性の確保が最優先だ」
再現性不明。
俺の評価欄の文字が浮かぶ。
七瀬が小さくノートを押してくる。
ページの端。
短い文字。
――放課後、屋上。
視線は前を向いたまま。
俺は頷かない。
反応もしない。
昼休み。
廊下で二年とすれ違う。
会話が止まる。
笑いが消える。
俺が通り過ぎるまで、何も起きない。
触れなければ、安全。
そう思われている。
それでいい。
午後。
実習。
小規模な模擬戦。
だが俺の名は呼ばれない。
「本日は見学」
観測員が告げる。
白衣。
隈の濃い眼鏡。
端末を抱えている。
俺を見ない。
だが、常に測っている。
演習が始まる。
風刃。
電撃。
氷結。
能力が飛び交う。
悲鳴。
血。
倒れる音。
それでも発動しない。
俺が死なない限り。
つまらない能力だ。
受け身でしかない。
夕方。
屋上。
風が強い。
七瀬が先にいる。
白いワンピースが揺れる。
「来た」
「ああ」
金網越しに街が見える。
ここは高い。
「ねえ」
彼女が言う。
「自分から発動させられないの?」
「たぶん無理だ」
「試した?」
「死にかけるのは効率が悪い」
七瀬は少しだけ目を細める。
「冗談?」
「事実だ」
沈黙。
「私が攻撃したら?」
視線を向ける。
「やめておけ」
「致死量なら?」
「たぶん、返る」
「私に?」
「そうだ」
彼女は考える。
「じゃあ私は安全」
「保証はない」
風が吹く。
「あなたは」
七瀬が言う。
「自分が死ぬときだけ動く」
「ああ」
「誰かを守るためには動かない?」
少し考える。
「俺が死ぬなら、結果的に守るかもしれない」
「打算的」
「合理的だ」
彼女は小さく笑う。
ほんのわずかに。
「嫌いじゃない」
扉が開く音。
白衣。
観測員。
「ここにいた」
無表情。
「次の段階に進む」
「段階?」
「調整」
屋上に機材が運ばれている。
簡易シールド。
自動砲台。
「外部からの致死圧力を段階的に上げる」
「また撃つのか」
「効率的」
七瀬が一歩前に出る。
「私も残る」
「不要」
「でも」
「不要」
冷たい声。
だが。
「……離れて観測するなら可」
わずかに譲る。
準備が整う。
「開始」
空気が震える。
高出力の圧縮弾。
直撃すれば即死。
迫る。
死ぬ。
判断。
空間が歪む。
弾が反転。
砲台を破壊。
爆発。
破片が飛ぶ。
七瀬の方へ。
わずかに軌道が逸れる。
それでも足りない。
俺が割り込む。
背中に衝撃が走る。
血が滲む。
致命ではない。
だから発動しない。
観測員が記録する。
「対象は攻撃源のみ」
小さく呟く。
「副次被害は無関係」
七瀬が駆け寄る。
「大丈夫?」
「問題ない」
観測員が近づく。
俺の傷を見る。
「痛覚あり。耐性なし」
「便利じゃないな」
「万能は存在しない」
即答。
彼女の指が、血を拭う。
一瞬だけ、動きが止まる。
「君は兵器ではない」
小さな声。
「少なくとも、今は」
すぐに無表情に戻る。
「本日の調整は終了」
機材が片付けられる。
夕陽が沈みかけている。
「どうだった」
俺が聞く。
「確信が一つ増えた」
「何だ」
「君は“自分の死”しか条件にしていない」
淡々と。
「だからこそ、扱いやすい」
それは褒め言葉ではない。
「隔離は解除」
短く告げる。
「ただし監視は継続」
「そうか」
七瀬が俺を見る。
「一位は?」
「表示は戻さない」
観測員が言う。
「波風が立つ」
すでに立っている。
だが彼女はそう判断した。
屋上を出る。
夜風が冷たい。
Eランク。
未分類。
監視対象。
それでも。
俺はまだ、ここにいる。
死んでいない。
それだけで、十分だ。




