第2話 雨音はフェリーを待つ
ワイパーが一定のリズムでフロントガラスを叩いている。
夕方から降り出した雨は、港町に入ってから本降りになった。
「……間に合ったな」
相原恒一は、フェリーターミナルのゲート前でトラックを停めた。
今夜はこのフェリーで海を渡る。出航まで、まだ一時間ある。
エンジンを切ると、急に世界が静かになる。
雨音だけが、キャビンの屋根を優しく叩いていた。
ラジオをつける。
流れてきたのは、深夜帯の音楽番組だった。
『雨の日に聴きたい一曲、というリクエストが多いですね』
少し掠れた女性パーソナリティの声。
続いて流れ出したのは、昔よく聴いたバラードだった。
——学生の頃、車も持っていなかった時代。
イヤホン越しに聴いたこの曲を、なぜか思い出す。
「若かったな……」
思わず苦笑いする。
小腹が空いて、恒一はターミナル内の小さな食堂に入った。
カウンターだけの店で、年配の女性が一人で切り盛りしている。
「何にします?」
「じゃあ……カレー、お願いします」
「はいよ。今日は港カレーね」
ほどなく出てきたカレーは、家庭的な香りがした。
ひと口食べると、少し甘くて、後からじんわり辛い。
「……落ち着く味だ」
「そう言ってもらえるとねぇ」
女将はにこりと笑った。
「お仕事?」
「ええ。トラックで」
「そう。雨の運転は気をつけてね。海も、今日は荒れ気味だから」
その一言が、なぜか胸に残った。
店を出ると、フェリーの汽笛が低く鳴った。
乗船が始まるらしい。
トラックを所定の位置に停め、甲板へ出る。
雨に煙る港の灯りが、ゆっくりと遠ざかっていく。
ポケットからスマートフォンを出し、イヤホンをつける。
さっきのラジオ番組の続きを、アプリで再生した。
雨音と波音と、音楽。
それらが混ざり合って、ひとつの夜になる。
「……悪くないな」
恒一は小さく呟き、海の闇を見つめた。
フェリーは静かに進む。
次の港へ、次の出会いへ。
ハンドルを握らない時間もまた、
彼の旅の一部だった。




